ドックおじさん(父)は競輪が趣味。
競輪場ではノロウィルスや風邪ウィルスが浮遊しているかも知れないので、健康のため行かせないようにしたが、「今日は京王でグランプリがある」うんぬん・・・・。
「競輪場に行かなくてもインターネットで投票できるから、そのシステムを利用したらどうか」と勧めてみると、ネットで購入することになった。
まず、ネット銀行に契約手続きなどに手間取り、やっと購入できる段階になった。
じゃあ、私も次いでに父の予想していたものに100円ずつ賭けてみるかと、600円に100円を加えた金額、700円で申し込み。
購入する前に一度画面を確認したほうがよいのでは、と思い、父を呼んだ。
「あれれ!?700円になっているじゃないか!?600円のはずなんだよ、600円に訂正せよ!」
「は?何で?」
「700円で申し込むのはできないんだよ」
意味を呑み込めず、600円に訂正して車券購入。
購入一覧をプリントアウトして父に渡すと、「「ボックス」という表示がないわな。ボックスで申し込んだ?」
「ボックスって何?」
「ま、ま、まさか・・・あんたが買ったのは、単なる1着-2着-3着・・・の車券じゃないか!?どうしてくれるんだ!?」
「私は競輪を熟知しているわけじゃないし、券の購入を頼むときに「ボックス」に注視して申し込んで、と言えばよかったじゃない」
「ボックス」とは、1~3着はどの選手なのか予想し、うまく当てはまっていれば、当たり車券になるシステムで最低600円が必要とのこと。
それを購入を頼む前に詳しく説明してくれれば、間違って発券することはなかったのにね~。
12月上旬、ニュースや新聞、ネットでも騒がれていた鬼畜教師。
小笠原新聞にアクセスしてみたところ、12月5日付の記事にあの教師が6年間も小笠原小学校に赴任していたことがわかった。
今は問題になったホームページのデザインが似ているからと閉鎖されている。
以前、現地の情報を集めようと小学校のホームページにアクセスしたことはあるが、東京から1000キロ離れた小さな島とは思えないような奇抜なデザイン、英語版も立ち上げたりして内容も充実しているなあと思ったら、あの教師が作っていたのはびっくり!!
小笠原村では高速インターネットのブロードバンドがまもなく導入されるが、現時点ではISDNかアナログ止まり。
村役場の住民基本台帳ネットワーク、郵便貯金のオンラインなどに1Mの衛星回線を使っているらしいので、まさか、この教師もこの回線を使って・・・!?
美しい大自然に囲まれた、のどかな常夏の島にこのような教師が潜んでいたなんて信じられない!
去る12月26日、中央線に次世代電車の営業運転が始まった。
JR東日本八王子支社のホームページによると、来年(2008年)の3月までに東京~大月・河口湖(富士急電鉄)間の中央線、青梅線・五日市線、中央線から高麗川に乗り入れる電車がすべて新しくなるとのこと。
車両の画像は → E233系写真館
その新型電車はなんとフルカラーの行き先表示、ドアの上部についている液晶もカラーで停車駅案内などが付いている。
しかも、空気清浄器も付いているので、ラッシュ時にドアを開けたとたん、中から体臭や口臭の不快から開放されそう。
金曜日の夜になると、車内のアルコール臭さが漂うけれど、これで少しは快適になりそうだ。
東京の最果て地と呼ばれる山岳路線の奥多摩、檜原村の玄関口、武蔵五日市駅までもその電車がまもなく導入される。
先端的なフルカラーの行き先表示で「奥多摩」や、車内の液晶案内部も「次は白丸」その駅を出ると「次は終点・奥多摩です」とか、車内のアナウンスが聞こえなくても、視覚的なバリアフリーもすごく進んでいるらしい。
さて、うちの住んでいるボロ房線はバリアフリーのない国鉄車両を死守しているのか、全然新しいのが来ないのですよ(ー_ー)!!
先日の奥多摩旅行でハン尚宮(母)が味見のつもりで1袋買ってきた、奥多摩地味噌の「樽だし一番」の手造り味噌。
あまりにも美味しかったので、楽天市場で調べたところ、1件もなかった。
そのような逸品を楽天市場で登録されていれば、マイル(ポイント)を獲得できるカードで買え、購入履歴も残るのでリピーターの獲得につながるのに、残念。
獅子口屋ホームページによると、Eメールやネット決済などのデジタル的な受注ではなく、紙に欲しい商品を書いて送信、代引きで配送されるという昔ながらのシステム。
ファックスで送信後、受注確認の回答はなかったが、翌日にはもうお届け。
超迅速な対応にびっくりしてしまいました。
送料800円と代金引換手数料400円なので、北の最果てから小笠原、台湾まで目の前の与那国島まで全国どこでも商品代金プラス1200円でお届けが可能。
ホームページはずっと更新していないせいか、リストに「地味噌樽だし一番」の項目は付いていないが、1袋500円でした。
ここの味噌汁はすごく美味しいですよ~!
ピンポーン!!と玄関のフラッシュベルとともに来訪者の顔が写るモニターが付いた。
白黒画面でどんな人なのかはわからないが、今の時世、お歳暮の配達員かなと思い、ドックおじさん(父)がドアを開けると、ビニール袋を片手に何かしゃべった。
「耳が聞こえません」と身振りを示すと、(ああ、この家はろう者だな)と空き巣や忍び込みのターゲットにされると困る。
何も言わずに手で追っ払うようにして、無表情でドアを閉めた。
モニターでその人の動きを追うと、すぐにお向かいさんの家に向かっていった。
ハウスメーカーの定期点検、浄化槽の点検などハウスケアに関わる業者だと前もって訪問日時を知らせてくれるので、業者の来訪者があってもすぐには応対ができる。
必要としていないのに、突然訪ねてきては非常に迷惑だということはわかっていないのだろうか。
誰が住んでいるのかと家族構成の情報を盗み、泥棒の下見も兼ねて有名企業の社員を装い、訪ねる悪質な人もいる。
今まではピンポーン!と鳴れば来訪者を待たせないようにすぐに出ていたが、モニターでよく人物を観察する、ドアに付いている覗き穴で人物の容姿(宅配なら制服に名札が付いている、お届けの荷物を持っていないか)をよく確認する、ただのスーツ姿ならドアを開けずに無視をするといったわが家のルールを設けました。
ドアを開けたら、そこに刃物を振りかざす強盗だったら、怖いし・・・。
私が東京の多摩地域に住んでいたときからずっと使っていた、折りたたみ式の机と折りたたみ椅子を使っていたが、集中するには向いていない。
年末年始は国王さまのお出まし、こんなボロ机で修士論文を執筆させるのは失礼千万になってしまう。
ボーナスももらったことだし、思いっきりデクス、チェアも新調。
背もたれがついているチェアだと、だらだら・・・・と集中できなくなる懸念もあるので、シンプルなフレームがついているチェア。
ちょっと疲れたなと思えば、部屋の片隅に置いてあるソファでリラックスするのもよし。
本立ては余った木材をドックおじさん(父)が組み立てたもの。
今は人形で飾っていますが、国王さまがお帰りになられたときは、人形をソファに移動し、莫大な資料などが載せられるのだろう。
国王さまのブログによれば、集中するのにスターバックス詣りをなさっているそうだけど、わが家でもスターバックスのコーヒー豆を挽いているので、注文あれば部屋までお持ちします。
今日は今年最後の月曜日、私の職場は休み、チャングムの内医院も休み。
家族そろってクリスマスの食事会として幕張に誘われました。
まず、カルフールで買い物。
カルフールはフランスに本社があり、アジアではタイ、マレーシア、中国、韓国、日本にも店舗を持つ、大型スーパー。
国内だけではなく、外国からの輸入品も多く揃えている。 カナダ産ロブスター 2万9800ウォン也。
どういうわけなのか、真ん中のロブスターだけ透明なラッピングから脱出を試みようと一生懸命に動いていました。
他のロブスターは遠いカナダからの旅で衰弱しているのか、ぴくっと動かなかったのですが、真ん中だけは元気いっぱい。 今日はここで食事。「奈のは」というお店でバイキング形式のランチタイム。
ここのお店は料理の種類が数だくさん。
1品ずつでは1つのお皿では盛りきれないので、2、3皿もおかわりしてしまいました。
食後はペットショップへ。
ハン尚宮(母)が可愛くてお気に入りのケースに顔を近づけると、眠っていた仔猫がハン尚宮に気づき、興味深そうにじっと見つめているシーンをパチリ。撮影したのはチャングムの携帯。
この頃のチャングムは携帯でも写真の構図がうまく撮れるようになった。 NHK手話ニュースを見るマナちゃん。
新聞記事を読んだり、手話ニュースを見たりして、人間の情報発信に興味津々。
数日前、マナちゃんがペロペロ・・・と舌を出しているときにポロリと口から何か落とし、ジョンホ先先がビックリ!
よく見たら、歯だったのです!
病気で抜けてしまったのかと心配になり、ネコの医書で調べてみたところ、乳歯の生え変わり。
これでもう成猫になったそうです。
抱っこしているのはジョンホ先生。
何気なくドコモのホームページにアクセスすると、「全国のJR駅、道の駅・サービスエリア・パーキングエリア、高校、大学、短大、高専が100%FOMAのエリアになりました」というトピックスが・・・。
山口の実家では辛うじてアンテナが1本立ったり、圏外になったりして非常に大変な思いをしていた。
人口200名の青ヶ島村ではすでにエリアになっているのに、山口のは圏外といった状態が続いていた。
今回はトピックスに書かれてあったとおり、長門二見駅周辺に基地局が置かれたみたい。
東京から南へ1000キロ離れた小笠原村にFOMAが使えるようになったのは今年の6月、奇しくも父島に同じ地名を持つ、西へ1000キロの「二見」にも使えるようになったのですね。(笑)
もしかしたら、1日3本しか走らない日本一秘境路線のJR岩泉線(岩手県)も携帯が使えるようになったかと調べてみると、あの押角駅でもエリアになっていました。 ここでもドコモが使えます!!
押角駅時刻表
下り 岩泉方面 7:24 15:58 18:58
上り 茂市方面 8:30 17:50 20:02 1日の平均利用客 0人
平成の大合併で2005年6月から「宮古市」になってしまいましたが、もともとは「下閉伊(しもへい)郡新里(にいざと)村」。
auさんのホームページでサービスエリアマップを調べたところ、なんと、ドコモ独占だった、小笠原村にau参入!!
父島・母島の地図も付いていることから開局準備中だと思われる。
auユーザーに吉報ですね!
12月23日の夜11時半頃、「感動をありがとう!チャングムの誓いスペシャル」という番組が1チャンネルのNHK総合で放送されました。
韓国では3年前の2003年に放送、その2年後にBS放送、今年も一般の地上波で放送。
その反響がすごく、来年も再放送の予定があるだとか・・・。 54話もある「チャングムの誓い」を21回も視聴したという、大阪のご住職さんも紹介されていました。
「チャングムの誓い」のセリフを引用し、仏の教えを話されていました。
たとえば、ミン・ジョンホさまがチャングムに本を貸そうとしたとき、チャングムが「見習いにすぎぬ私が詩経などもったいのうございます」と断ると、「人が身分を問うのであって、書物は身分を問いません」と諭す場面。
これは「本は人を差別しない、人が人を差別する」という例えだそうです。
たかがセリフ、読み流してしまいそうだけど、そのセリフに対して深い意味があったのですねぇ・・・。
とにかく、「チャングムの誓い」は韓国ドラマの中で最高の作品なので、もし、再放送が予定されていたら、ご覧になるのをお勧めします。
父の姉(つまり、私の伯母)からクリスマスプレゼントが届きました!!
なんと、わが故郷の「サザエ」!!
さっそく、つぼ焼きにすると、サザエちゃんが(熱い!熱い!)と、よじるように動いていました。
私が山口に帰っている間は、ほとんど父の獲ってきたサザエのつぼ焼き。腐るほどたくさんあり、毎日サザエのつぼ焼きはもう勘弁・・・といった状態だったのに、今日は故郷の懐かしさもあり、本当に美味しく戴きました。
アクアラインのパーキング「うみホタル」でも活きサザエを見かけたが、1個なんと500円。サザエの食べられる部分はほんの一口だけなのに、バカ高いですねぇ・・・。
千葉のもっと南のほうにも活きサザエが売られているところがあるが、万年売れずに水槽の中で暮らしているせいか、殻の色がおかしくなっていると父の指摘があった。
天然物は敵に見つからないように自分の殻を岩の色に似せているが、天敵のない水槽の中だと気の緩みなのか、色が変わるらしい(?)
映画で注目の硫黄島 私たちが行くのは無理?
このニュースによると、小笠原観光協会に「硫黄島に行きたいのですが・・・」と問い合わせが急増。
年に5、6件の問い合わせが1週間に1、2件。
太平洋戦争が始まる前までは一般の住民およそ1000人が暮らしていた島だが、島全体が陥没してしまうほどの多量の火薬で激戦。
未だ11,000余柱の日本軍兵士の遺骨が未収集のまま放置されているし、地盤も隆起が激しく、定住が困難と判断し、島全体を防衛庁が借り上げたとのこと。
交通手段は基本的に自衛機のみで自衛隊関係者と施設などを管理している鹿島建設の関係者のみが駐在。
年2回の春と秋の彼岸の日に自衛機による旧島民の墓参りを実施、日帰りだと慌しいと小笠原村が年に1回のみ6月に東京からの定期船「おがさわら丸」による訪島を1997年から開始。
これも旧島民、戦没者の遺族、小笠原中学校、小笠原村に住所を有する村民のみに限られている。
「おがさわら丸」のような大型船を寄港できるところがないため、沖で停泊し、小型ボートで上陸。
さらに年に1回のみ「おがさわら丸」が北硫黄島、硫黄島、南硫黄島の3島を回遊する小笠原海運のイベントも実施。島の周りを遊覧するだけで上陸は不可能。
いずれも東京~父島の定期便の合間を利用し、硫黄島まで延ばしている。
ドキュメンタリードラマ(実際にあった事件などの記録を中心として、虚構を加えずに構成された作品)の「硫黄島 戦場の郵便配達」(フジテレビ)は12月9日(土曜日)放送されましたが、字幕付きでDVD録画。
時間があったときに見ました。
映画「硫黄島からの手紙」と関連付けるかように戦場への郵便配達員をクローズアップ。
家族と戦地を結ぶ唯一の通信手段は軍事郵便というシステムだが、自分の赴任先を家族に知らせるのを禁じられていたため、あて先は「木更地航空基地気付」と書かなければならないそうだ。
木更津航空基地で集められた手紙を航空パイロットの少年たちに託し、硫黄島へ運ばれるといった、ストーリー。
今回の主役は当時の陸上攻撃機の機長だった、根本正良(1920(大正9)年~2002(平成14)年)さん。
今みたいに携帯電話やメールもない時代、戦地からの手紙が届くと「まだ生きている」と安堵感を覚えるとか・・・。
でも、手紙の内容に自分のいる場所や戦争の状況を記すのも禁じられ、該当する部分に黒墨で消すなどの検閲が行われたという。
なんとか、自分の居場所を家族に知らせたいと実在しない「小笠原硫蔵様」と書いて検閲を逃れようと考えた人もいた。 最近、硫黄島に関する新刊がぞくぞく出版されるようになった。
発売されたばかりの「硫黄島の戦い」の本を読んでみると、映画「硫黄島の手紙」は本物の硫黄島で撮影が行われた。
本物そっくりな「摺鉢山」と先日のブログに書きましたが、それは本物だったのです。
・硫黄島の航空写真(グーグルマップ)
戦時中は空港が三ヶ所あったのですが、今は長い滑走路に集約。
空港の近くに白い建物がたくさん見えます。(自衛隊の宿泊施設なのか?)
海岸にも爆撃を受けた船がたくさん座礁しているのが見えます。
上陸できるのは自衛隊、遺族などの関係者のみなので、このグーグルマップで上陸した気分を・・・。
「読売新聞に田門弁護士(ろう者)からの反論記事掲載」という国王さまのブログを見つけ、真っ先に図書館の新聞コーナーに行って調べてみた。
森川氏が寄稿したスペースと全く同じところの「論点」に田門弁護士の反論が本日(12月20日付)掲載されていました。
この新聞は全国版であり、手話やろう文化を知らない読者に誤った認識を与えてしまいましたが、それを訂正する記事が載り、内心ほっとしました。
ろう者自らの経験からの結論なので、ろう教育に携わる方々も参考になれば・・・と思っています。 手話やろう教育に関心をもつ、チャングムの家に田門弁護士の寄稿をファックスすると、なんと、マナちゃんが顔を近づけ、記事を読むかようにしていました。
「田門弁護士は素晴らしいお方だニャー」でも言っているのでしょうか。
2004年12月19日(日曜日)
「父は二見トンネルを抜けるときずっと目をつむっていました。(補足:あわびやサザエなどの漁場まで直結する、二見トンネルが開通したのは2003年、わずか2シーズンのみの利用でこの日の出口は遠い異郷の国へ・・・。もしかしたら、38度線「帰らざる橋」のようで特別な思いをしていたかも知れない)
母はいろいろな思い出がぐるぐる頭の中をかけめぐって、車中では作業疲れから寝ていようと思ったのに一睡できなかったと言っていました」
(国王さまの記事より) 今までは両親が東京に来るときの航空券は必ず行きと帰りのセットだけど、今日に限っては片道券。
出国審査を終え、後ろに振り向くと・・・屋上にたくさんの親戚の方が見送りにいらしていました。
国王さまと両親の乗っている航空機。
東の方角に飛び発ってしまった、航空機。
撮影した母の姉いわく「飛行機が米粒になるまでずーっと手を振り続けていました」、とのこと。
市民課で転入届を出したあと、障害福祉課へ千葉県発行の手帳申請手続き。
あれからもう2年経とうとしているが、最近は歳月の流れが非常に早過ぎたような気がする・・・。