「川尻筆」
Description / 特徴・産地
川尻筆とは?
川尻筆(かわじりふで)は、広島県呉市川尻町で作られている、書道用を主とする筆製品です。古くから高級筆として日本全国に広くその名を馳せています。最近では画筆や化粧筆も作られており、幅広い需要に対応しています。
川尻町は広島県呉市の東部に位置しており、背後に野呂山を控え、眼前には穏やかな瀬戸内海の広がる、この界隈でも特に温暖で自然の恵み豊かな地域で筆作りに適した環境です。
川尻筆の特徴はその作り方にあり、「練り混ぜ」という毛混ぜの高度な手法を用います。工程の最初から最後までを分業せず1人の職人が担い、1本ずつ手作りされているのです。そのため大量生産には向かず効率が悪いように思われますが、反面で高水準の品質を保っています。
そのしなやかな切っ先は書道家や日本画家の緻密な要求にも十二分に応え、多くの専門家の方々に愛用されています。
History / 歴史
川尻筆の始まりは江戸時代末期までさかのぼります。1838年(天保9年)川尻の筆商・菊谷三蔵が摂州(現在の兵庫県)の有馬まで出向いて筆を仕入れ、寺子屋などに持ち込み販売を始めました。菊間は商売の成功を受け、村人に農閑期を利用しての筆づくりが有利であると勧めて回りました。そして1850年(嘉永3年)上野八重吉が出雲から筆づくりの職人を雇い入れ、筆の製造を始めたのが始まりと言われています。
その後筆づくりは順調に発展し、特に明治末期から昭和初期にかけて全盛の時代を迎えました。以後、第二次世界大戦中に職人が多数徴兵に取られたことなどによる衰退の時期もありましたが、戦後は徐々に筆の需要も盛り返し、川尻筆産業も上昇気運に乗ります。その後経営を時代に合う形へと合理化するなど更なる発展を続けました。
今や全国で一定の年間出荷量を占める名産地へと成長を遂げています。
*https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/kawajirifude/ より
静かな町の静かな伝統工芸と職人
眼前には島々が連なる瀬戸内海が広がり、背後には瀬戸内海国立公園の野呂山がそびえる海岸の町、広島県呉市川尻町。風光明媚なこの町では江戸時代から筆づくりが続けられている。
川尻筆の愛用者には、書道家をはじめ陶磁器の絵付や漆器の職人など、筆使いのプロフェッショナルが多い。そうした中で、特に書道家に好まれる羊毛筆を専門に製作している筆職人のひとり、畑義幸さんを工房に訪ねた。
職人の息子の気概
畑さんは筆職人の家の三代目。一般的な筆の製作をしていた初代や二代目とは異なり、羊毛筆を専門としている。羊毛筆は筆の中の最高級品。中でも特に高級なものが一本物と呼ばれる特注品である。畑さんの製作の中心はそうした特注品だ。
子どもの頃から家業の手伝いをしていた畑さんにとって、筆職人となるのは自然な流れだった。その流れを単純に引き継ぐのではなく、独自の道を切り拓こうとしたのには理由があった。
「同じやるんなら、一番上を目指さにゃあ」という気概と「おやじと同じことしてたら、おやじにゃ勝てん」という思い。それが畑さんに羊毛筆を選ばせた。
筆の最高峰「羊毛筆」
羊毛筆の「羊毛」は、緬羊( ひつじ) ではなく山羊( やぎ) の毛を意味する。山羊の毛のみで穂先を作った筆が羊毛筆である。山羊の毛は、丈が長く、毛先が柔軟でまとまりや墨含みにも優れている。また、その柔らかさゆえに摩擦による消耗が少なく、毛の寿命も長い。毛筆の材料として理想的な特徴を備えている。
上質な羊毛筆であれば、20年から30 年は使い続けることができるという。使えば使うほど毛の弾力が増し、書きやすくなる。まさに一生ものである。
優れた性質を持つ羊毛筆だが、その製作は一般的な筆よりもはるかに難しい。
羊毛筆の職人には、同じ様に見える毛を性質によって見分ける眼力と、それぞれの毛の特徴を充分に引き出す技が求められるのである。
筆一本一本が真剣勝負
畑さんは、素材の毛の買い付けから完成までを自分の手で行う。
そこには、作る筆一本一本に対する熱意が込められている。分業で行われることの多い筆作りの工程を、ひとりで全て行うのは容易なことではない。職人として一本立ちするまでには時間もかかる。しかし、それだけに充実感も大きい。「ひとりで全部やったものに対して、筆を使う先生方から『おかげで賞がとれたよ』なんて言ってもらった時は、ものすごく嬉しいですよね。そこまで苦労したことや怒られたことが、みんな無くなるような気がします」
世界にたったひとつの筆
一本物の筆に求められる要求は厳しい。書道家は自らの作品に細かい指示を添えて、表現したいと思う線のイメージを畑さんに伝える。
畑さんはそのイメージを筆に移し変えるのだ。
筆を作る際には、原料の毛の性質やその組み合わせだけでなく、書道家の手の力や動かし方なども考慮される。最終的な表現は、全て絡み合ったところに生まれるからだ。
今でこそ、依頼主が一度で満足する筆を作り上げる畑さんだが、駆け出しの頃には何度も作り直しをさせられたという。駄目出しが出れば、完成した筆を壊してやり直しである。そうしたやりとりの積み重ねが現在につながっている。
芸術家の表現へのこだわりと、経験に培われた職人の技が、世界にたったひとつの筆を作り上げるのである。
毛一本の重み
筆作りは地道な作業の繰り返しである。どんなに上質な毛を使っても、工程が進み異なる加工が施されるごとに、曲がったりヨレたりする毛が現れる。それらを各工程ごとに見つけだしては丹念に取り除いていく。
こうした地道な作業の積み重ねがあってこそ、質の高い筆を作ることができるのだ。
川尻の筆作りには、素材の組み合わせから、使う人の手の特徴まで考え抜くイマジネーションと、真摯なものづくりの姿勢が共存している。筆使いのプロたちが川尻筆に信頼を寄せる理由はこんな所にあるのかもしれない。
職人プロフィール
畑義幸 ( はたよしゆき)
昭和26 年、川尻町で祖父、父と続く筆職人の家に三代目として生まれる。父の元で筆づくりの基礎を身につけた後、東京や大阪の職人を訪ね技を磨く。昭和53年、常陸宮・同妃両殿下へ毛筆を献上。昭和57 年、全国最年少で全国書道用品生産連盟技能賞を受賞。昭和59 年には2 回目の技能賞を受賞。平成9年以降はテレビでも実演を披露し川尻筆の紹介に努めている。平成16 年度全国伝統的工芸品公募展入選。
こぼれ話
川尻町筆づくり資料館
町を見下ろす野呂山の山頂に、川尻の筆づくりに関する資料を集めた「川尻町筆づくり資料館」がある。1階が研修室、2階が展示室になっており、展示室には筆づくりの道具や材料が展示され、筆づくりの工程を見ることができる。
村上三島、金子鴎亭、青山杉雨などの現代書家の作品や、中国の書家たちの作品( 複製) も展示している。
*https://kougeihin.jp/craft/1008/ より
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