初めて下野した自由民主党が、党を挙げて政権奪還を目指しているためか、【 平成22年綱領解説 】は以前の構成と異なっています。
本文の前に谷垣総裁の挨拶文が入り、【 平成22年綱領解説 】の全文は「政権構想会議座長・伊吹文明氏による解説という組み立てになっています。
以後見直されていませんので、この文書が自由民主党の最高法規、憲法ということになります。労を厭わず、姿勢を正して、息子たちと「ねこ庭」を訪問される方々に紹介したいと思います。
〈 谷垣総裁の挨拶 〉「新たな綱領策定にあたって、党百年の礎として」
・昨夏の総選挙での歴史的大敗の結果、わが党は政権与党の座を降りました。
・そして私が自由民主党第24代総裁に選出され、わが党史上二人目となる野党党首・自民党総裁として、党再生という重い職責を担うこととなりました。
・就任以来、私は全国各地へと足を運び、有権者の皆様の声に耳を傾けてまいりました。その中で、「自由民主党とは一体どういう党なのか。」「国民のために何をしてくれる党なのか。」とのお尋ねを、多くの方々から頂きました。
・「しっかり反省して立ち直ってほしい。」とわが党再生を期待してくださる皆さま方からも、「自民党の顔が見えない。」と歯痒さを感じまた忸怩たる思いでおられるのが、伝わってまいりました。
・こうした国民の皆さまのお気持ちにお応えすべく、「自由民主党とはこういう政党である」というものを、早く示さねばならないとの思いを強くしておりました。
・それに対する答えとなるのが、今回採択されたこの新しい綱領です。総裁に就任時、「私自身が先頭に立って党再生に取り組む」との決意を実行に移すため、伊吹文明先生に座長をお引き受けいただき、「政権構想会議」を立ち上げました。
・この会議では、自由民主党はどういう理念で政治を行い、その政治理念を具現化する政策体系は何であるのかという、党の拠って立つ、基礎となる部分の議論を重ねて参りました。
・わが党の理念、政治姿勢、基本的政策、目指す国家像を示し、党の正式文書としてまとめたものが、「平成22年綱領」であり、まさに党再生の礎となるものです。
・わが党が永らく護り抜いてきた自由と民主の価値観の上に、「日本らしい保守」の旗を高らかに掲げたこの「綱領」の精神は、時代の流れの中でも普遍的価値を持つものであると共に、自助・自立を基本としながら、困っている人がいればお互いに助け合う共助の精神を大切にし、さらには国が支える公助があるという、私の考える「絆の政治」「おおらかな保守主義」と通ずるものであります。
・日本の将来を憂慮しておられる良識ある国民の皆さま、私たちの掲げる旗への理解と共感を広げ、共に誇りと活力のある日本をつくっていこうではありませんか。
・この「綱領」を党再生の礎、党結束の象徴として、私は不退転の決意で自民党再生の道を切り開いていくことを、お誓い申し上げます。
・皆さまのご理解とご協力を、こころよりお願い申し上げます。
谷垣総裁の挨拶の全文を、紹介いたしました。党再生にかける氏の意気込みを知りましたが、読後の感想は「失望」です。
戦後79年が経過しても、アメリカが作った憲法を一字一句変えようとしない自由民主党に疑問を抱きますが、党の憲法とも言える「立党宣言」を簡単に作り変える姿勢にも同じ疑問を抱きます。
ここまでの反省をするというのなら、過去二回の「立党宣言」のどこに不都合があったのか、どの点を変えようとするのかを国民に伝えなくてなりません。
「日本国憲法」に対し自由民主党がつくった「改正案」は、現行憲法との逐条対比で国民に公開しています。
「自由民主党とは一体どういう党なのか。」「国民のために何をしてくれる党なのか。」と問いかけた国民の声を重要視するというのなら、谷垣総裁以下党の幹部は的外れな対応をしているのではないでしょうか。
党の拠って立つ、基礎となる部分の議論を重ねてきたというのであれば、なおさら具体的な逐条対比を国民に示すのが本筋でしょう。
日の丸を背負いながら、自信に満ちて小泉首相が国内外に示した「50年宣言の」どこに問題点があるのか。どこに下野の原因を見たのか。氏の挨拶文では何も語られていません。
「保守でもなく左翼でもなく」「右でも左でもない」、「50年宣言」を小泉首相が策定したとしても、同じように「曖昧な言葉」を並べた「綱領」を作る意味がどこにあったのでしょうか。
「戦後の日本史の大河」を眺めている「ねこ庭」に言わせてもらえば、「自由民主党とは一体どういう党なのか。」という国民の質問に対する対応は、「立党宣言」の作り変えではありません。
・自由民主党は、先輩の議員諸氏が臥薪嘗胆して作った過去の「立党宣言」を国民に伝える努力を怠ってきた。
この一言に尽きます。
松下村塾で育った勤王の志士たちは、「尊皇攘夷」を宣言する小冊子を懐に抱いて全国を歩き、明日の日本のため同志を集めたと聞きます。藩を超えた往来が困難な時代であるにもかかわらず、命懸けの啓蒙活動をしていました。
谷垣氏と共に「綱領」を検討した各氏は、ご先祖さまが実行した地道な努力を少しは見習っていたのでしょうか。反省すべきはまずこの点ではないかと、「ねこ庭」は考えます。
学徒を自認する私が80才になり、初めて自由民主党の「立党宣言」の存在を知ったことが、いかに啓蒙活動が手抜きだったかの証明になると思えてなりません。
自民党の議員諸氏は党の「憲法」と口で言いながら、国民に伝える仕事をしていないのですから、「自由民主党は何をする党か」と、そんな質問が出てきます。
党是の存在を知らなかった「ねこ庭」にも責任があるのかもしれませんが、ここは重要な点ですから、次回も検討作業を続けたいと思います。