~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

修学旅行

2007年11月03日 08時39分51秒 | 家族・友人等
予想どおりかなりの冷え込みをみせた昨夜7時10分くらいに、修学旅行の帰還があった。

予定時刻よりは15分ほど遅れたが、この時間帯の道路状況を考えるとまず順調といっていいだろう。
たった1泊にもかかわらず、お母さんたちなかには「昨日の見送りの時は涙が出た」とか(このお母さんはいまでも息子と一緒に入浴するらしい)、娘が降りてきたとたんに駆け寄って抱きしめるという、それなりに感動の場面もあったのだが、そういうお母さんたちに「昨日はお兄ちゃんがいなくて寂しかったねえ」と言われたうちの娘、「あたしはもう5歳じゃけ、さびしくなんかなかった」となんとも空気の読めない(読めるわけもないが)返答をし、こちらもへへ・・と笑うしかなかった。

コースは
初日が、<秋吉台&秋芳洞><マリンワールド>を経て、志賀島国民休暇村泊
翌日が、<いのちのたび博物館><スペースワールド>
というわけで、めちゃくちゃ忙しそうな旅だ。
志賀島国民休暇村は2年半ほどまえ、私と子ども二人で泊まりにいったことがあって、そのとき温泉を掘っていたのだが、それも完成したそうで、息子は楽しみにしていた。
この休暇村は私の小6のころは、いかにも「公共の施設」という雰囲気だったが、いまでは、一流ホテル顔負けのリニュアルぶりで、修学旅行で使うときいて正直驚いた。

息子にとっては<秋芳洞>と<スペースワールド>は初めてのところで、なかでも鍾乳洞は生まれて初めてだったので、それなりに感動していた。
私が中2の時にいったことがあるというと、「そのとき入り口にある石筍は上下くっついていた?」ときいてきて、いくらなんでも鍾乳石に変化が生じるほどの年月ではなかろう、と笑った。

宿では、お定まりのコースを一通り体験したようだった。
露天風呂で、ある男子が大変エキサイトして、女湯との仕切りの壁に向かって、なにやらパフォーマンスをみせたとか、
枕たたき(投げはしなかったらしい)のあと、好きな女の子の名前を告白しあったところ、なかの二人が同じ子を好きなことが発覚し協議にはいったが、「でも、その子が全然別の子を好きだったら、どうでもいいことじゃないの?」のひとことで終結してしまったとか、
そんなことをなんと3時間もしゃべっていたら午前1時ごろ、「ガタガタガタガタ」となにか音がしてびびったら、「お前らいい加減にせーよ」という見回りの先生だったとか、
さらにそのあとペタペタと廊下に足音がしたかと思ったら、「・・シェ・・」と一言残して別の先生が去っていったとか、
まさに古典的修学旅行を体験してきたらしかった。

こづかいは4000円までと決まっていたのだが、残金15円という、思い切った使い方をして帰ってきた。
私はあらかじめ<金印の根付>をリクエストしていたので、私にはそれと博多織の<金印しおり>
お父さんには<マリンワールドのゴーフル>
妹には<カッパのハンカチ>
自分には、鍾乳石を3つと、石でできたぐい飲み(酒を飲むわけではないだろうけど)、金印のキーボルダー、小さいぬいぐるみと、鉛筆2本、ステンドグラス風の亀のストラップ、ふぐのしおり・・・・と大盤振る舞い(爆)。
お土産好きの彼としては堪能したことだろう。


「ケガ人とかいなくてよかったね」といったところ、「いやいやそれが・・」と。
スペースワールドのお化け屋敷(?)で、ビビッた男の子が、全力で駆け出して壁に激突し、頭を縫うケガをしたとか。「お化け屋敷の中で、頭からダラダラ血を流すの図」はちょっと怖すぎる・・・・。

学校から帰る道すがら、近所のS君としゃべっていた息子だが、坂の途中でそのがS君がくるりと振り返っていうには
「お母さん、今夜タキオンと二人でどっかで飯食ってきていい?」

・・・いいわけないだろう!!
というより「よくそんなこと考え付くよね」とそのお母さんとびっくりした。こちらは急いでご飯作って、お風呂用意して、ダッシュで迎えにきているのに、と。
こうやって、クリスマスとか誕生日とかも「あ、外で友達と食べて帰るから」とか言われるようになるのかねえ・・と、修学旅行の絶大なる親離れ効果を呪ったり祝ったりした(殴)。


・・・・たかが1泊、されど1泊・・・・・