風は東楡の木通りから

クリスチャンフルート吹きパスピエの愛する音楽、猫たち、薔薇の毎日

マロンちゃんのお尻から虫が・・・・

2008-06-26 17:32:32 | 我が愛猫たち
びっくりしたよ~。

昨晩、長男が叫んだのだ。「寄生虫だ!マロンのお尻から虫がでた!」

「まっさかぁ。どれどれ・・・ひぇ~!!!!」と私。

白いご飯粒のようなものが、よ~く見ていると伸び縮みしているではないか!

ああ、何かの猫マガジンにこういうシチュエーションがあったな。「たしかうりなんとかむし・・」猫の病気の本を調べると条虫症とあり、ノミを食べる事によって胎内に寄生虫がはいるとあった。そんなぁ、家猫なのに。どこからノミが?なんでだ?


そして、今日は昨日長男が採取したそのわずか何ミリかの寄生虫らしきものとマロンのやりたてのウンチを持って朝一番で動物病院にいったのである。

「瓜実条虫ですね。」

顕微鏡で拡大されている映像を見る。パンフレットにある写真にそっくり。しかも卵まであった。瓜実条虫は元々長い寄生虫で長い身体が一つ一つの節になっていて、私達が寄生虫の本体だと思ったのはその節の一つだったのだ。しかもその節の個々に卵があるという。

げ~!おそろしい! ということは・・・まだおなかにいるということじゃない!

でも薬を飲んでノミよけの薬を首につけておけばOKだという。
よかった・・・。

「マロンちゃん、外に行くことないですものね。家猫ですものね~。」と首をかしげる獣医。

「ええ、そうなんですよ。ベランダに出しているのが悪いんでしょうか?うちは一階なんで。」

「外から持ち込まれる事もありますよ。草むらとかにノミはいるのでそういうところを歩いた靴とかにくっついてくる事がありますよ。」

「!ああ!います。うちに1人。山男が!」もちろん長男のことである。黒姫実習に2回も言って山歩きしてるからな。

マロンも脱走した事があるし・・・・。


「アルバちゃんも一緒に生活していますよね。アルバちゃんも条虫症になっていると思われますのでまた、つれてきてください。」とのこと・・・・。

アルバは厄介なのだ。病院では暴れん坊将軍で知れている。

アルバは賢い。マロンがどこへ連れて行かれたかわかっているのだ。
「さて、アルバちゃ~ん。」といってつかまえようとすると、私を威嚇し、逃げる、逃げる。

何とか捕獲し、病院へつれていくと、抗議の鳴き声「にゃお~ん!」。
そしてブルブルふるえている。

先程の獣医さんもちょっと身構える。「アー、怒ってますね。」
薬を飲ませようとするのだが、暴れる・・・。つめを立てる・・・。
暴れる寸前で、ドアが少し開いて、動物病院の院長先生がぴょこっと顔をだしてこちらをうかがっている。

「アルバさん、ごきげんななめだね~。」

そして俺の出番といわんばかりに鮮やかに薬をのませてしまった。

首にのみよけの薬をつけられたアルバはほっとしたのか私にしがみついてはなれない。「もうおうちに帰るんだよ。」といってつれて帰った。

さあ、家に帰ったら、掃除。どこにノミだとか寄生虫の死骸があるかわからないから徹底的に掃除機を掛け捲った。もちろん、布団も。

マロンは病院がとってもこわかったらしくどこかにくもがくれ。
アルバは「もう連れて行かないよな」という抗議の顔でこちらをみているし・・・・。

回虫の駆除よりは軽くてすんでよかった。あれは何回も注射しなきゃなんないからな。

でもあんな寄生虫、もう見たくな~い!

優しさに包まれました

2008-06-26 00:21:22 | キリスト教(行事、他)
小さい頃は神様がいて~
不思議に夢をかなえてくれた~
優しい気持ちで目覚めた朝は~
大人になっても奇跡はおこるよ~

ユーミンの「優しさに包まれたなら」という曲があったね。

その曲を思い出させるようなことがあった。



今日は沖縄のY姉の話。

目鼻立ちがはっきりしていて、モデルさんのように美しい人だ。初めてグリニッチの教会にいらした時、なんだか不思議に打ち解けて話す事ができた人だった。

マンハッタンでルームシェアをしながら働き、学校に通っていた。9.11の後、働き口もなくなり、体調を崩されて私達より一足先に帰られた人だった。

その後、私は彼女の事が心配で励ましのハガキや手紙など送っていた。
もちろん、自分が勝手に送っているだけだから気を使わないでね、なんて書いていたのだが、自分が鬱になって初めて彼女の辛さがわかるような気がした。

手紙に「頑張れとか書かなかったけど、彼女にとって気が重たかったかな。」ときになりつつ年賀状だけは送り続けていた。

この頃、朝の祈りのとき、特に彼女の事が気にかかっていたのでずっと祈り続けていた。たまには電話でもかけようか、でも彼女の調子が悪い時だったら・・・。
そんな感じでかけるのをためらっていて、彼女の癒しを祈り続けていたのだ。

そんな時に、彼女から電話が!

「もしもし、パスピエですが。」
「あの、Yです。」
「え!!!!!」

Y姉は私からの年賀状に少し具合が悪いと書いてあったのをずっと心配してくれていたのだそうだ。どうしているだろうと気になりつつ今日まで来てしまったといってくれた。

それから教会のことやお互いの身体のこと薬の事、ローヤルゼリーがいいみたいとかいろいろ話した。マンハッタンにいた時の過酷な生活などなど。Y姉がこれだけ話せるのはかなり元気になったんだなと感じられた。彼女は彼女で私が元気そうで良かったといってくれていた。

不思議だ。
同じ時に同じ事を同時に考えていたのかと思うとこんな風に粋なとりはからいをしてくださった神様に感謝したい。

Y姉からの優しさに満ちた気持ちが伝わって本当に嬉しいひと時にだった。

中学最後の演劇発表

2008-06-21 15:19:12 | 次男の事
金曜日、次男の文化部発表会を見に行った。

今回の美術部の演劇発表は中3の彼にとっては最後の舞台となる。
今回は私の母も見に行きたいといっていたので一緒に行ったのだった。

さて、今回の演劇はまた劇団四季のミュージカルから「ユタと不思議な仲間達」。
もちろん先生が、今度の発表会用に短くアレンジされている。

次男の役は「寅吉じっちゃん」という村のおじいさんの役だった。本当はいじめっこの役をやりたいなんていっていたが、今回の役も彼に合っていると思った。

いじめられっこの勇太(ユタ)が村の子どもらにいじめられているところに怒鳴り込んではいってくる。そしてユタに座敷わらしの話をする役だ。

今回も大きな声で堂々と演技していたと思ったが、後でおばあちゃんにこっそり「足がガクガクしていたんだ」と打ち明けていた。

そんなふうには見えなかったんだけどな。(親の欲目)

次男はおとなしくてよっぽどの事がない限り自分から何かをしたいといわない。
舞台での彼からは想像がつかないほど大胆。やっぱり好きなことにかける情熱はちがうんだな。

舞台背景は東北だからなまりのある台詞。座敷わらしが「ざすぅきわらす」となる。中学生俳優達みんなは、よくそのなまりをこなしていたと思う。

次男の出番はそれほど多いわけではなかったが、結構脇役としては美味しい役だったと思うぞ。

よくやった!上手かった。

I'm proud of you!!!

今日の発達障碍のニュース見た?

2008-06-19 22:07:33 | 発達障害・アスペルガー症候群
フジテレビで6:15くらいから放映してたと思う。

湘南ライナス学園と発達障碍の子供たちの特集。

湘南ライナスは名前だけは聞いていた。以前親の会で知り合ったお子さんがその学校に入るために引越しされたことがあった。

人懐っこくてかわいい子で私の膝枕をしたこともあった。どうしてこんなにいい子が学校でやっていけないんだろうと思った。

TVに出ていた子どもも笑顔がかわいい人懐っこい感じのする子供さん。
でも、思いがけない事が起こると感情をコントロールできなくてパニックになってしまう。彼は高機能自閉症ということだった。

また、18歳の青年、長男と同じくらい彼は衝動性を止められないADHD(注意欠陥多動性障害)であった。勉強するのは好きだがやったことのない問題が出るとイライラがつのり教室を出て行ってしまう。あちこちのものに自分のやり場のない怒りをぶつけていた。また、「薬飲んでるだけで変な目で見られる。」前の学校での陰湿ないじめを語っている彼の言葉には心が痛む。

2人の言動をみていると長男と重ね合わせてしまう。長男も同じ、薬から始まっていじめが始まって居場所がなくなって・・・・。

長男はこの2人の行動を併せ持つ。

今日のライナス学園の特集を見て子どもにとって安心して勉強できるところこそ、その子にとっての学校なのだと思った。
湘南ライナス学園は言われもない中傷をネットに書き込まれひどいダメージを受け、名誉毀損で訴えた。そしてやっと勝訴したとき、その18歳の青年は泣きながら彼を受け入れてくれた学校への感謝の思いをマスコミを前に立派に語っていた。

さて、ここからは長男の話だが、彼は初めいじめに耐えていた。
でもよくよく彼と話をして彼が受けていた陰湿ないじめを知り、先生が彼の障碍について理解がないとわかった時、私は彼にこういった。

「もうあんな学校いかなくていい!あんたにあった学校みつけよう。」

こうして私はわが子を不登校にさせたのである。



友人達は、後から来る発達障碍の子のためにも学校と戦うべきだといった。確かにそういう姿勢も大事かもしれない。でもまず初めに自分の子どもの居場所を作ってやらなければもうこのままではつぶされてしまうと思った。

そうしてフリースクールにいくことになった。フリースクールではどんな時でも彼を受け入れてくれた。居場所を与えてくれた。フリースクールで星槎国際高校の事を聞き、その学校に行くことができた。私もダンナもフリースクールとこの高校の先生にはほれ込んでいる。それだけ生徒のために労苦を惜しまない先生方ばかりなのだ。

先日高校の3年間、担任をしてくれた先生から、電話があった。「どうですか?彼は元気ですか?」そのとき、知ったのだが、長男は不安があると、この先生やフリースクールの先生に連絡を取っているという。親ではない第3者に相談できる事は大事なことだと思う。あまり遅い時間にかけてはいけないといっておいたが、先生のほうはいつでもどうぞ、という感じである。「僕はOOO君がかわいくて仕方ないんです。それにフリースクールの先生とも連絡とってますし、今の専門学校にも知り合いがいるのでいろんなところからOOO君の情報ははいってきますよ。」とのことであった。

なんてありがたいことだろう!
高校もフリースクールも卒業したというのに、まだバックアップしてくださるとは!

いろいろな意見があるかもしれない。
でも長男はこれらの学校でいろんなことで悩んでいるクラスメイト達を見て、先生方の熱心な指導のおかげで確実に成長できたのだ。

もちろんこの先生方に出会わせてくださり、成長させてくださった神様に感謝している。


長男の卒業アルバムの家族への感謝の欄にこう書いてあった。
「(この)学校へいかせてくれた事」

彼らには理解してくれる人が必要なのだ。
わざとわがままに振舞っているのではない。コントロールできないだけ。
でも彼らのスペシャルニーズを理解し、支えてくれる環境さえあれば確実に成長できるのである。



お願い~、マロンちゃ~ん

2008-06-16 16:52:18 | 我が愛猫たち
マロンには困ったものです。

マロンはもともと数十匹の野良猫の中でリサイクルショップのおじさんにえさをもらいながら暮らしていました。だからエサにありつけないこともあったのかとおもいます。

だからなのかいつもハラペコのマロンちゃん。

私の家に来たときからずいぶんがっついて食べる子だなと思ってたんですが、まだその癖があって、カリカリのご飯はほとんどかまずにブルドーザーのように食べ、それでもまだ足りないらしくアルバが残したカリカリを食べて、しまいには吐いてしまうんですよ。

そのたびにシンデレラのように雑巾がけをする私・・・・。

だからマロンのは少しずつあげて、アルバのは食べ終わったらとどかないところにあげることにしていますが・・・。

マロンがたべるのはこれだけにかぎらず・・・。

先日は飛んでいるハエを網戸に追い詰め華麗なジャンプ&猫パンチでとり、クッチャクッチャと・・・・。

ベランダに出せばバラの柔らかい新芽や他の植物をクッチャクッチャと・・・。


それに猫が2匹になったので猫トイレを匂いが気にならないボックスタイプにしたのだが。。。マロンは砂をシャッシャと掘らず、壁を引っかくのでうるさい。特に夜中。。。

その上、夜中には目がギンギラギンになり、部屋中を走り回る!
脱走もしてくれましたし。

この頃のアルバたんはすっかりおとなしくなってしまってマロンの行動にいささかうんざりの表情。

だってアルバのテリトリーを全部うばってしまうんだもの。


だれにでも愛想が良くてすりすりしてくる、おちびのかわいいマロンなんだけど、いたずらがすぎるぞ~!

もういい加減にしてマロンちゃ~ん。



たんぽぽミニストリー

2008-06-14 23:29:43 | Weblog
今年もまた、チャパクワ・グリニッチ福音キリスト教会のたんぽぽの会があった。

アメリカのグリニッチ教会、その前進であったチャパクワの教会で信仰を持った人は多い。それぞれの教会に集っていた人達が信仰を持って日本に帰国し、それぞれの地で信仰の根をはって福音を伝えていく。たんぽぽの種のようだからたんぽぽミニストリーと名づけられた。

今日の会は礼拝形式だったが久しぶりに当時とおなじようにワーシップソングで賛美を捧げた。

なぜだかここでの賛美は特別に感じる。集った人々が一体となって捧げる賛美。だれも賛美をリードする人がいるわけではないのにどうしてこんなにも一体となって力強い賛美になるのか。きっとイエス様の愛を感じられるからだと思う。

宣教はテモテの手紙第2の1章3-12節。「私は、夜昼、祈りの中であなたの事を絶えず思い起こしては、先祖以来きよい良心を持って仕えている神に感謝しています。」

宣教を聞きながらグリニッチの教会の日々を思い出す。
不思議な出会い。私達が教会に集ったのは2年間。いろいろな事があった2年間。帰国してからも受けている主の恵み。いつだったか日本からT先生が教会にあてた手紙のなかで私達夫婦に「イエス様は真実なお方です。信頼してください。」とメッセージをくださったことがあった。私初めその方に不信感を抱いていたけど本当に信じる心を家族全員に与えられ、救われたのは主の恵みとしかいいようがない。

流動の激しい教会だったからまったく会わなかった兄弟姉妹やすれ違いだった兄弟姉妹もいるのだが、そこは主にある家族、昔から知っている人のように感じるのも不思議だ。主が中心にいてくださり祝福してくださったのだと思う。

久しぶりに兄弟姉妹と再会し楽しいひと時をすごした。


P.S.: akiさん、いろいろと準備をご苦労様でした。

お仕事あれこれ

2008-06-13 16:43:04 | Weblog
前の日記に仕事で重い荷物を・・・・とかいていたが、実は2ヶ月前からまたポスティングの仕事をしている。

今度のは地域情報誌を配る仕事でチラシの折込も仕事のうち。だから、チラシの折込がちょっとした内職みたいになっている。最低でも6ヶ月続けられる人という条件。

折込を終えたその地域情報誌はまとまると結構重くなる。
だから200か300部ずつ自転車に積んでの配布作業になる。
折込作業も収入に入るのだが1部0.6円とかいう金額・・・・。そして折込もチラシの種類が多ければ作業に時間がかかり夜中までという事も。。。

だから、以前の不動産のチラシのときより収入は若干少なく、配る日も決まっていて、雨の日でも配らなければならないので以前のポステティングの仕事としては以前より大変だ。。

でも、地域情報誌は思いのほか「うけ」がいい。
知らない方からも「いつも楽しみにしてるわよ。ありがとう。」なんていわれたり、「こうやって人の手で1つ1つ運ばれて来るんだからねぇ。ご苦労様。」なんていわれたりする。

前の不動産のチラシのときは1人暮らしのお年寄りの家のポストに入れる時なんかいかにも「出て行け」と受け取られないだろうかなんて心が重かったから今回の地域情報誌は気が楽だ。
お金の面では増えないけど、いい運動と気分転換にはなる。

そして2つ目の仕事。
モニター。これはスーパーでモニターを募集していたのでやってみることにした。アンケートとか会議なんかで意見を述べるのが仕事だ。2年契約だが、1年の仕事はすごく少ない。だから収入もすくない。


そして3つ目。
ボックスショップで手作り小物を売っている。
この頃、クイリングがよく売れる。でも場所代のほうが高いので毎月赤字だ。
それでも自分が作ったものを買ってくれるという人がいるのは嬉しいし、感謝だね。

この頃作る気力がなくてもう辞めようかと思ったけど、もうちょっと頑張る事にした。

不安な2週間、錯乱な5日間

2008-06-10 23:15:29 | Weblog
な日々を送っておりました。


身体がだるくて眠くて仕方ない。。。
これって長男を身ごもった時と同じような。。。
まさかね。。。可能性はある。。。でも。。。はっきりしない微妙な時期。

そして薬! ずっと飲んでる! もしも新しい命が授かってたら! どうしよう! とずっと不安だった。もしも、命を授かったとしたら、薬は胎児に絶対いい影響なんてあたえない。すごく怖くなった。

怖くて、怖くて、それで一切薬をやめた。

もともと、薬がきいているのか、いないのかこの頃わかんなくなってきていたから大丈夫だろうと思ってた。

不安はどんどん大きくなっていく。眠る事ができない。

薬をやめて2日後、情緒不安定が頂点に達して長男とのちょっとしたやり取りで発作が起きてしまった。息が苦しくて仕方がない。怖い、怖い、怖い。

仕方なく発作時の薬デパスを飲んだ。
「あ~あ、のんじゃった。」というダンナの何気ない一言に傷つく。。
薬を飲んだことによって怖さが倍増。めまいがすごい。

この状態をわかってもらいたいのにダンナはわかってないと泣きわめいた。もうわかってくれなくていいと音楽に頼り、CDを片っ端から聴くがもうだめ。だれもだすけてくれない!

神様、助けてください!

それから薬が効いて眠る事ができたけど。。。おきた時からひどいめまい。

ちょうどメンヘルの日だったので今まであったいろんな事をぶちまける、先生と薬について話し合う。精神医学的な考え方から産婦人科側の考え方、もちろん薬が与える危険性はあるが飲んでいない時より数パーセントぐらい。もし、気になるなら虎ノ門病院に薬について専門医がいるので紹介してくれるという。

でも絶対嫌だ。ほんの少しでも妊娠の可能性があって薬が胎児に危険性があるのだったら絶対飲まない。

また、子育てについてわたしが1人で背負いすぎているからよくダンナと話し合うように言われた。

薬局の薬剤師の前でも泣きそうになるくらい調子悪かったので薬剤師さんが心配してくれて後でご親切にも薬についての資料をFAXしてくれた。

そして家に帰ったら、なんと出血してる。。。それも微妙に。。。
下腹も鈍い痛みがある。

生理はまだまだ先の予定。。焦る。だって次男がおなかにいた時切迫流産になったことがあったから。そのときにそっくりな状況。何で? 昨日、今日と仕事で重いものを持ったから?

もうやだぁ!怖い!何でこんなに微妙ではっきりしないことばかりなの?

頭の中は雑音が響き、そのたびにめまいがする。なんなのこれは?


もしも、あなたから授かった命がこの中にいるのなら、お願い守ってください。守ってくださいと神様に何度も祈った。

私はあまり母に弱音を吐いたことがない。心配性の母に心配かけたくないから。けどたまたま母からの留守電があったので電話したらもう今の状況を話さずにいられなくなって泣きながら言った。

母は、私の下に1才違いで生れてくるはずの弟か妹を流産した経験がある。
「明日、すぐ医者に言ったほうがいいよ。他の病気も考えられるし。お母さん一緒にいってあげようか。」「いい、OOちゃん(ダンナの名前)と一緒に行く。」

その後半狂乱になってダンナに電話。すぐ帰ってきてくれた。めまいがひどくたっているのもやっとなので、ダンナがしばらく家事を変わってやってくれた。

10年ぶりに産婦人科にダンナと一緒にいった。私が長男、次男を産んだ病院とは違って最新設備でとってもきれい。それに産婦人科ではなく「レディースクリニック」という名前になっている。

その中に男はダンナ1人。ダンナ気まずそう。。。。その雰囲気にたまらず外に出たいというだんなを「こんなめまいのひどい私を置いていかないで」と引きとめ、何とか受診した。

超音波で初めて見る自分の子宮。(長男、次男の時は昔ながらの病院なので先生は使わなかったのだ。)

いなかった。

私の赤ちゃん。

婦人科の病気でもないらしい、一応子宮癌の検査だけしておいた。結果は1週間先。


家に帰っても頭の中をざっざと雑音が響いてぐるぐる眼が回る。異常に音が響く。これってもしかしたら薬をやめたことから来る禁断症状?

精神科から処方された薬を飲んで少し眠ると不思議なくらい気分が良くなった。
薬ってこんなに効いているものなんだと改めて納得した。



情緒不安定な上、思い込みでなんだか馬鹿みたい。

はっきりしてホッとしたけど、ちょっと寂しかったな。