この書は、その後の人に常に引用されている。が、これまで、手に取ったことはなかった。
文字どおり、ベートーヴェンの生涯を音楽的な面に限らず、彼の生き方にも切り込んで、ロマン・ロランの共感とともに、書き記している。
「空気はわれらの周りに重い。旧い西欧は、毒された重苦しい雰囲気の中で麻痺する。偉大さの無い物質主義が人々の考えにのしかかり、諸政府と諸個人との行為を束縛する。世界が、その分別臭くてさもしい利己主義に浸って窒息して死にかかっている。世界の息がつまる。--もう一度窓を開けよう。広い大気を流れ込ませよう。英雄たちの息吹を吸おうではないか。」
とい書き出しで始まる。
ベートーヴェンのあの革新的な音楽は、どこから来たのか、不屈の精神をなぜもちえたのか。読むべき本である。
「つらい子供時代――そこには、いっそう幸運なモーツァルトの洋二を取り巻いていたような家庭的な愛情の雰囲気が無かった。最初からすでに彼にとっては人生は悲しく冷酷な戦いとして示された。父は彼の音楽の才を利用して、神童の看板をくっつけて子供を食いものにしようとした。彼が4歳になると父は日に数時間もむりやりにクラヴサンを弾かせたり、ヴァイオリンを持たせて一室に閉じ込めておいたり、過度な音楽の勉強を強いた。子供はもう少しで徹頭徹尾音楽が嫌いになるところだった。」
「11歳の時に劇場のオーケストラの一員となり、13歳でオルガン弾きになった。」「17歳のとき一家の主となり、2人の弟の教育の義務を負わされた。一家の主たるの能力のない、酒飲みの父を無理に隠退させ、父を差しおいて自分がその役を引き受けるということは彼にとっては恥ずかしいことだった。」