リスト著のショパン伝、
「フレデリック·ショパン その情熱と悲哀」
ショパンがなぜ、演奏会を滅多に行わなかったか、そのようなことも書かれています。
印象に残ったことをひとつだけご紹介。
ポーランドでは死装束を生前に自分で選ぶと。
ショパンは現代最高の演奏家の一人でありながら、誰よりも演奏会に出る機会の少ない演奏家であった。それにもかかわらず、自身が数少ない演奏会でまとった衣装で葬られることを望んだ、と。
リストはショパンの音楽を、
「この詩人と未来の音楽家の間には、断つことの出来ぬ絆が結ばれていくことだろう。
その場所が、地球上のどこであろうと、どの時代であろうと、互いの心情を深く理解できる絆が」と。
ショパンが遺したポーランドの精神、魂は、
170年の時が過ぎても生きています。
革命が起き、自分の意に反し祖国に戻れなくなったショパン。
単に祖国を懐かしんでマズルカやポロネーズを作っていた人ではない、ということ。
そんなことをリストの本から学びました。