アマゾンわんわん日記 2018

復活しました!
のんびりやっていきます。
また よろしくお願いします。

年末進行

2018年12月21日 | 生活
朝、大きなスーパーに買い物に行きました。

毎週木曜日は買い出し日。
夫と手分けして、一週間分の買い物を済ませるの。

クリスマス間近ということもあって、スーパーの中にはクリスマスのごちそう用の材料がいっぱい!
計量カウンター(ブラジルでは ジャガイモなどの野菜は量り売りが一般的)の近くには、輸送用の袋に詰められたままの「栗」がおいてありました。
「栗」もクリスマスのごちそうの一つ。
国内では採れないから、国外からの輸入です。

値段を見ると「8.90」。
あら 安いじゃない?

ペケママ ほんの一握りほどの「栗」を、ビニール袋に詰めました。
料理に使うのは、日本から持ってきた「むき栗」があるし、ちょこっとゆでて食べる分ぐらいね。

だって、1kg8.90レアイスだったら、安いしね!

量ってもらって…
お値段を見て… 

びっくり!

27レアイス(520円)???!!!

重さを見たら 300g強。

計量カウンターのお姉さんに文句を言いに行こうと、「栗」売り場に表示されているお値段を もう一度確かめて

あら??!!

気が付きました。
「8.90」の隣に添えられた、小さな「100g」の文字。

100gあたり 8.90レアイスだったのね!

せっかく重さを量ってもらった「栗」ですが、ビニール袋を破って、売り場の「栗」の棚の中に戻させていただきましたわよ。
お値段の高いものを売る時の、スーパーのお値段表示テクニックの一つだわよ。
計量が別のところにあるスーパーでよかった。
最近はレジで計量するところも多いからね。

皆様も 注意してくださいね!

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イゾラド考4ーなんか 本題とずれちゃったけど…-

2018年12月20日 | ブラジル雑記
イゾラドの話とは ずいぶん離れちゃったけど、今日でまとめとします。

前回で日本人入植の方でも、「イゾラド」的な存在になりうる可能性があった。
というようなことを書きましたが…

全く根拠のないことではないのよね。

ある日、夫とショッピングセンターにやはり日本人らしい行きました。
駐車場で、声高に話をする女性のグル―プの声が耳に入ってきました。
うーん、前を行く婦人たちは、明らかに東洋人だが、言葉がわからん。
韓国人?
中国人?
いやいや、やはり日本人らしい。

そのうちに、「買い物が終わったら、アイスクリームを食べて云々」と言っているのが理解できました。
彼女らは かなり強い訛り言葉で話していたのね。

       *     *     *     *     *

今でこそ、インターネットとかTVとかで、日系2世3世4世の方たちでも、リアルタイムの日本語が耳に入るようになってきました。
なので、今のブラジルの日本語学習者は 本当に自然な日本語を話しますよね。
でも、少し前、少なくても私がブラジルに来た1992年には、日本のテレビの放送もなかったし、インターネットもなかったのよ。
日本のテレビを見るためにはビデオで撮って送ってもらわなくてはなかったのよ。
1996年NHKの放送が始まって、日本語の放送を日常的に耳にできるようになったときは うれしかったわ。

それ以前は、ブラジル在住の移住者にとって(駐在の人は別だと思うけど)、「生の日本語」と触れ合える機会ってのは本当に少なかったと思う。
そういう環境の中で、ブラジルの日本人入植地の中では「コロニア語」と呼ばれる言葉が発達(?)していったのね。
具体的には その地方に入植した人たちの故郷の言葉とポルトガル語とが混じり合った言葉なんだけど、場合によっては、そういう呼び方は差別的なだと思われることばありました。
前述したおばさんたちが話していたのは そんな言葉だったのね。
でも、そうやって日本から遠く離れたブラジルに渡ってきた人たちは、言葉とともに故郷の文化を伝え、ブラジルの文化と融合させ、自分たちの独自の文化を育んでいったのだと思います。


    *     *     *     *      *

まあ、そんなわけです。

「イゾラド」と呼ばれる人たちも、特別な存在ではない。
言葉のわからない「外国人」というだけなのではないかと思うのです。
同じ人間同士なのだと。
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イゾラド考3-イゾラドとなったかもしれない人ー

2018年12月19日 | ブラジル雑記
イゾラドを書いていて、「一つの言葉がこの世界から消える」って言葉が あらためて「すごいことじゃない?!」って思っちゃった。
そんなことを考えていたら、最近読んだ本のことを思い出したよ。

垣根涼介さんの「ワイルドソウル」



読まれた方も多いと思います。

主人公の青年は 幼い時にアマゾン奥地の入植地で、唯一の「家族」であり「自分と同じ人種の人間」だった両親を失い、インジオの助けを受けながらも ほぼ一人で生き抜いていきます。
入植地は「劣悪」な環境で、とても人が人として生きていくことができるような環境でなく、入植した人々は次々に逃げ出していきます。
最後に残ったのが青年の家族だったのです。
青年はかつて一緒にここに入植した「隣人」によって見つけられたのですが、その時には「人間らしい言葉」というものを ほぼ失っていました。

この小説の話、決して誇張されたものとは思えません。
なぜなら、マナウス近郊の入植地でも、本当に悲惨な状況があったからです。

たとえば、現在では大きな橋が架かり、マナウス市内から車で20分ほどで行き来できる 対岸の町イランドゥーバ。
今でこそマナウスの通勤圏内になり、大きな道路も通り、大学都市の建設なども始まっていますが、1950年代ここに入植してきた日本人たちは、それこそ小説そのままのような悲惨な状況でした。
入植してくる人たちのための準備は すべて整っていますとの話を信じ、アマゾン河を長い時間かけて船でさかのぼり いざ入植地についてみると…
人々が耕すための耕地もない、雨風を防ぐための家もない。
人々は森を伐採し、家を建てるところから始めなくてはなりませんでした。
また耕作作物ができるまでの営農資金も底をつき、入植地を出たくても出られない人も多くいました。
多くの人が入植地から逃れるために、闇にまぎれてこっそりと小さなカヌーで、アマゾン河に漕ぎ出していきました。
多くの入植家族が逃げ出したため、入植地への入り口になる港には、これ以上日本人が逃げ出さないように、見張りがいたほどだったそうです。

マナウスにごく近い場所でもそうなのですから、もう少し奥地の入植地などでは、小説に書かれているようなことが起こっても 不思議ではないのではないかと思いました。

「ワイルドソウル」の主人公の青年は、探しに来たかつての「隣人」によって発見され、現在の社会に適応するような教育を受けていきます。
発見された当時、彼の話す言葉は 理解のできないものでした。
しかしかつての「隣人」は、「日本語である」という前提で彼の話すことに耳を傾けたので、何とか彼の言葉を理解することができました。

でももし、この青年を発見したのが日本語を全く理解しない人だったら?
もしかしたら「青年」は、妙な言葉を話す「インジオ」と思われたかも。

    *     *     *     *     *

「イゾラド」を見ながら、想像してしまったのです。
もしかしたら 人知れず「イゾラド」となってしまった、かつて日本人入植者であった人がいたのかもしれないのでは?と。
もちろん厳密な意味での「イゾラド」ではないのですが。

すべてはペケママの「想像」です。
あしからず。








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Nos somos EDUCANDOS

2018年12月18日 | ブラジル雑記
昨夜マナウス市内で 史上2番目ともいわれる大火事が起こりました。

夕方6時半、夕食の準備をしていたある家庭で、圧力鍋の爆発が起こりました。
爆発のショックで 近くにあったものに火が燃え移り、あっという間に家中に燃え広がりました。

この家のあった場所は、マナウス市内でも南部に位置するエドゥカンドスという川沿いの場所。
パラフィッタと呼ばれる、多くの高床式の家がある場所です。
増水期にはほとんどの家が水の上に浮かぶような光景になるのですが、渇水期の現在 周囲はまだ草原が広がっています。



道路があってなきような場所もあり、また道路のある場所も幅が狭く消防車が現場に近よれないようなこともあり、火の勢いはどんどん増していきました。



周囲の住民たちも消防の働きに協力。



また、被災した人たちもお互いに助け合い、家財道具を運び出したり、逃げられない人に力を貸したりしました。
そのおかげか、600軒の家が被災したにもかかわらず、けがをした人は4人、亡くなった方はありませんでした(火災当日現在)。



市内の獣医学科を持つ大学の何校かが、火事で健康を害した犬や猫などの動物を無料で治療をする対応をしています。
とはいうものの、火災にあって気がたっている動物たち。
ワンコにガブリとされる学生の姿も見られました。 

火災は12時間ほどたって、ようやく沈火宣言がありました。



ナタール(クリスマス)を控え、家財道具等すべてを失ってしまった人たちに、様々な団体が援助を呼び掛けています。



また、市や州当局は各種証明書の再発行の手続きをする場所を開設しています。

家や家財道具を失った人たちも素敵なナタールを迎えられるよう、少しでも手助けしていけたらと思います。



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イゾラド考2

2018年12月17日 | ブラジル雑記
森の中から出てきた「イゾラド」の二人。
一人が癌で亡くなった後、残った一人はポツポツと語り始めました。

「大きなカヌー」「煙」 「火花」等々…

そこからは、彼の部族が何者かに攻撃を受けたのではないかと思わせるような緊張感が伝わってきました。

彼を保護したFUNAI(インディオ保護局)の担当官は、彼が発見された森に まだ部族の生き残りがいるのではないかと、探しに行きました。
そこでFUNAIの担当官たちが見たものは…

森を切り開いて作った鉱山。
鉱山に至る道路。

二人の仲間が残っているのではないかという期待を抱かせるような光景は、どこにも残っていませんでした。

現在 アマゾンの森は年々急速に減少しています。
乱開発の主な原因は まずは木材の乱伐。


こうして乱伐された木材は、正規に出荷されたものよりも かなり安い価格で取引されます。

また、鉱山開発
ボーキサイト、鉄鉱石など、アマゾンの地下には多くの地下資源が眠っているのです。




金の採掘などもあります。



金の採掘については、ガリンペイロと呼ばれる採掘人による場所の占有のほかに、金を精製するために使う水銀による水質汚染も大きな問題になっています。


水俣病と同じような症状を示すヤノマミ族の女性

そして 農地への転換





税制上 優遇措置を受けられることなどもあって、多くの牧場やサトウキビ畑が作られました。



こうした乱開発は、森の住人である野生動物やインディオの居住範囲をどんどん狭めていきました。
それだけでなく、狭めるべき土地がなくなってくると、野生動物たちだけでなく、森の住民であるインディオ達の命を奪い、その土地を奪っていったのです。

イゾラドの残された「彼」がポツポツと語っていました。

「大きなカヌー」「火花」「煙」…「矢」「死んだ」「みんな」「子供」「いない」
                                …「歩く」「たくさん」
「イゾラド」の二人は 二人きりで 何日も何日も生き延びるために 歩き続けたのかもしれません。





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イゾラド考1

2018年12月16日 | ブラジル雑記
NHKで「イゾラド」を見ました。
「イゾラド」はポルトガル語で「ISOLADO」。
孤立したとか、隔絶されたとかいう意味です。


森の中で発見されたイゾラド(今日の記事とは 関係ないのですが...)

1987年 ブラジル北部のアマゾン開拓村に二人の男性インディオが現れました。
彼らは二人きりで村のはずれの森の中に 木を組んだ囲いのようなものを作って暮らしていました。
開拓村からの報告により、政府は「イゾラド」接触チームを派遣。
ところが、接触チームが近隣のインディオの言語を用いて会話を試みますが、全く会話ができません。


彼らが使っていた言語は、近隣のどのインディオが使用している言語とも違っていたのです。

政府は二人をインディオ保護区内に連れてきて、ほかのインディオたちとの接触なども試みましたが、うまくいきません。
いつも二人で狩りをし、食べ物を作り、そして二人にしかわからない言語でずっと語り合っていました。
言語学者が彼らの言葉の聞き取りを試みましたが、二人は多くの時間を彼らだけで過ごし、なかなか周囲と打ち解けおうとしないため、聞き取りはうまく進みませんでした。

2012年二人のうちの一人がなくなりました。
癌でした。
一人残された「彼」は少しずつ言語学者や周囲の人たちに話をするようになりました。
それでも現在までに言語学者が聞き取った言葉は800ほど。

言語学者は、その800ほどの単語を用いて彼の話を理解しようとします。

「火花」「煙」「大きな音」等々

その中に、彼らが二人だけになってしまった理由や、どのようにして開拓村までやってきたのかなどの理由が語られていたのです。
しかし、言語学者、そして言語学者が提示してくれる単語だけを知ることができる私たちが理解できるこ想像の中でとはごくわずか。
あとは、想像していくことしかできません。

残された彼の推定年齢は65歳。
彼が旅立つ日も そうとおくはありません。
そうなると、この世界から 一つの文化が一つの言語が消えてしまうわけです。

2007年には32部族ほど確認されていた未接触部族ですが、先日の調査では27部族ほどになっているそうです。
おそらく、そのほかにも人に知られることなく消えていった部族があるのではないかと思われます。

イゾラドについてはこちら


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