朝食のとき、女房がUに訊いた。
「Uは小さい頃のこと、何歳まで覚えてる?」
Kはまだ寝ている。
Uはこういうとき「分かんない」とかいって、黙々と食事してすぐ自分の部屋
に行ってしまうのが普通だ。
「3歳の頃かな」
「どんのこと」
女房がすかさず訊くと、
「Kが、歩いてるとこ」
とUがいう。
私にとっては以外だった。いつも、世の中に恨みを持ってるような顔をして
いるUなのだ。
「いや、その前のこと覚えてる。手足口病のときミルク飲んだこと」
「へえ、あのときのこと覚えてるの。ヒサシ君よかったね」
と女房が、私を見て冷やかす。
あれは2歳の頃だったか、UとKが手足口病という病気になった。手と足と
口の中に湿疹ができる病気で、手と足の湿疹も可哀想だったが、口の中の湿疹
が痛くて、ものが食べられないのが見ていて辛かった。
2、3日して二人は痩せた。会社から帰って女房に訊くと、「痛がって何も
食べない」という。私は、そのとき女房を怒鳴ったような記憶がある。
しかし、私が食べさせようとしても、息子たちは食べない。お腹は空いてる
のだろうが、口の中に食べ物を入れると、顔をしかめて口から出してしまう。
私と女房は途方にくれた。このまま水も飲まずに、ものも食べなかったら死
んでしまう、と思った。なにしろUとKは小さい、それがもっと小さくなって
しまった。
私は女房が寝てから考えた(その頃彼女は専業主婦で、一日中病気の二人の
面倒を看ていて疲れていた)。息子たちが寝ているときに牛乳を飲ませようと。
私は、人肌に温めた牛乳をカップに入れ、ストローを持って息子たちの脇に
寝た。ストローを牛乳に差し込み、ストローの反対側を人差し指でふさぎ、息子
の唇の上で指を離し、牛乳を落とした。
UとKは、痛そうな顔はするが、唇に落ちたミルクを飲んでくれた。二人と
も眠っている。眠っているからそれほど痛くはないのだろう。2時間ぐらいで、
二人にそれぞれカップ半分ほど飲ませた。次の日から、その方法で女房が牛乳
を飲ませ、病気は1週間ほどで楽になった。
痛そうに顔をゆがめ、しかし口はしっかり牛乳を受けとめた。あのときのこ
とは忘れられない。
「U、あのときパパがミルク飲ませてくれなかったら、死んでたよ。感謝しな」
「ああ…」
そういったUの横顔が、大人っぽくなったなと思った。