12時20分、シントコ(新所沢)の駅を出る。
いつものようにラーメンを食べに行こうかと思いながら、家に続く道を歩く。
100メートルほど行ったとき、(そうだ、Kを見てみよう)と思った。
今夜は、所沢のパソコン通信の仲間の忘年会だった。飲みました。私は、酔
っぱらっている。
駅のほうに戻った。11月に駅の横っちょにできたコンビニで、Kはアルバ
イトをしている。夜の9時とか10時から夜明けまで働いている。毎日ではな
い。あるローテーションで勤務している。
「クリスマスイブに、バイトになっちゃった」
と、以前いっていたのを思い出したのだ。
コンビニから10メートルぐらい離れたところに立つ。カウンターのところ
にKはいた。なんか自信なさそうに、いる。おでんの入った容器のふたを開け
たり、肉まんあんまんの入っている温蔵庫を覗いたりしている。客がカウンタ
ーにくれば、なんかいっちょうまえに挨拶して、レジを打っている。
Kがバイトを始めた11月に女房が見てきて、「Kが、ちっちゃい頃の真面
目な顔してバイトしてたよ。ああいう顔見ると、たまんないな」といっていた。
私も“たまんない”気持ちになった。緑のエプロンを身につけ、最近私には
見せたことのない顔して働いている。
10メートル離れて、ガラス越しに私は、Kに向かって「がんばれ」と心の
中でいう。
私が19歳のとき、田舎の金物屋で働いてた。あんな表情してやってたのか
な。
なんかもう、私はラーメンを食う気になれなかった。煙草に火をつけて、家
のほうに足を向けた。
昨日は、月に一度の全体会議があった。
私は、派遣社員(ペルーの女性たち)が仕事をしているので、いつも行けな
いのですが、参加した者に聞くと、工場長と次長が12月で退任するという。
噂では聞いてたので知ってたのですが、とうとうそうなったか、という気持ち
です。
ほんとうにあの二人は仕事の出来ない人たちだった。どうしょうもない奴ら
だった。
私が、生産管理の頃なんど喧嘩したことか。そして私は生産管理課から外さ
れ出荷担当にさせられた。
1月から新しい工場長たちが、親会社からやってくる。私としては、どんな
連中が来ても、私の仕事をきちんとやっていくだけですが…。
先週の金曜日に、次長と飲んだ。私は、いいたいこといいました。バカなも
んですから、飲むとワタシ恐いんです。
しかし、なんといっても、私を現在の会社に入れてくれたのはあの二人なん
です。40歳までという募集規定なのに、パソコンが出来るということで45
歳の私を入れてくれた(でも、今は、パソコンなんて触ってない。頼りのツ
ールは、フォークリフトですが…)。それだけは、感謝してます。息子たちが、
大学生やってられるのもの、今の会社のおかげです。
しかし、あの二人のこれからの人生は、ミジメでしょう。