69歳の就活

2021年11月05日 | 転職

本日、シルバー人材センターが紹介するという会社の見学に行った。
その会社は廃棄物リサイクルの会社だった。
9時15分にシルバー人材センターに集まった5人と担当者とで行った。
その会社は、シルバー人材センターから5kmほどの山林の中にあった。
建築資材だったコンクリートの細かく砕かれたものの大きな山がいくつかあり、
荒涼とした景色だった。
コンクリートを粉砕したものを載せたベルトコンベアの音がうるさかった。
作業の様子を見せてくれるというので、社員の人のあとについて行った。
ブロックをいくつか重ねた粗末な階段のようなものを下りてその現場に行った。
足下はコンクリートの砕かれたものが敷き詰められていた。
雨でも降っていたら靴がもぐってしまうのではないか?と思った。
ベルトコンベアが上に登っている所に着いた。
鉄製の梯子があり3mほど上がった所に人がいて作業をしていた。
梯子は1人しか登れないので、私がまず先に上がった。
作業をしている人の所まで梯子を登った。
そこはトタンで1人だけ入れるような小屋になっていた。
そこで坐って作業をしている人は、ヘルメットをかぶり汚れた作業服を着て、
下からベルトコンベアで運ばれてくるコンクリートの粉砕されたものの中から、
針金などの金属やプラスティックのゴミなどを手で取り除いていた。
ベルトコンベアの先端からは、粉砕されたコンクリートが、その山の上に落ちていた。
それらの細かくなったコンクリートは、建築現場に運ばれて使われるという。
建材の廃棄物リサイクルは、社会にとって有意義な大切なことだと思う。
しかし、私がその現場に1日中いることは耐えられないと思った。
騒音と粉塵の中、あのトタンの小屋に真冬にいることを想像することはつらい。
これまで私は数多くの仕事をしてきたが、あの作業はその中でも最低のランクだと思う。
梯子を降りて私は、シルバー人材の担当の女性にこの仕事は断わると言った。
何も69歳になってこんな厳しい環境で労働をすることはない。
あの会社は、社員を募集してもなり手がいないのでシルバーに話を持ってきたのだろう。
今の若い者は、あんな仕事はしないだろうな。
私の住む町は、人口12,000人ほどです。
大きな企業など少ないです。
これからもシルバー人材センターで紹介してくれる仕事は、期待できそうにありません。
私が、再び仕事をすることは難しそうです。
1月まで勤めていたマンション管理人なら80歳まで仕事はできた。
がんにならなかったら、私は続けていたと思う。
これからマンション管理会社に応募ということでは、難しいでしょう。
女房は、「もう歳なんだから、のんびり暮らせば。私が稼ぐから」と言ってくれる。
ただ私としては、いくらかでも収入を得たいと思うのですが、無理ですかね?

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今日、散髪しました

2021年11月04日 | 暮らし

 

私が前回散髪したのは6月25日でした。
それから4ヶ月と少したってます。
その理由を素直に言いますと、髪を伸ばしたいと思ったのです。
(来年70歳になるという老人の、アホな考えです)
20代の頃私は、長髪でした。(写真の左です。右が今です)
金もなかったし、床屋に行くことが厭だった。
なので20代には床屋に行ったことはありません。
髪が伸びると、自分でレザーカッターやすき鋏でカットしていた。
それでも26歳で結婚し、子どもも生まれてきてから床屋に行くようになった。
私が床屋に行くようになったのは、息子たちが幼稚園の年長さんになった頃です。
ちょうどその頃、所沢に引っ越した。
新所沢のロダンという散髪屋に行っていました。
2009年に軽井沢で暮らすようになり、ヘアーサロンヤマサという散髪屋に行くようになった。
この床屋は、ご主人がヘアーカットをし、奥さんが髭剃り・シャンプーをした。
忙しいときはご主人のお母様が髭剃りなどしてくれた。
私はこのヘアーサロンヤマサに行くことが、軽井沢の生活での楽しみでした。

私は昨日シルバー人材から電話が来ていた。
「明日、理事会がありそこで**さんが承認されれば会員になっていたただけます」
そして今日の午後2時50分、シルバー人材センターから電話が来た。
「今日の午前中、理事会があり、**さんは承認されましたので、今日の午後にでも来て下さい」
ということになった。
明日、ある会社を見学に行くと言われた。
もし、そこがよさそうな会社だったら私は仕事をするかも知れない。

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にほん縦断 こころ旅 山口県

2021年11月03日 | テレビ

今週の「にほん縦断 こころ旅 とうちゃこ版」(NHK-BS 19時~)は、山口県です。
私は、昨年私の恩師の手紙が、この番組に採用されたことを九想話に書いた。
(2020年7月30日九想話「とうちゃこ 上野沼」)
それで私も、この番組に挑戦したくなった。
そして6月頃だったか、この秋に火野正平が山口に行くと知った。
それで私は、この番組に手紙を書こうと決めた。
龍彦の生まれた山口のことを書きたいと思った。

書いて7月にネットで手紙を送信した。
今週、月曜日から「にほん縦断 こころ旅」を観ています。
月曜日は、この番組に採用されなかった手紙を紹介していた。
私の手紙はありませんでした。
11月2日は「【山口】お気に入りの柱状節理」、
そして今日は、「【山口】秋の旅初!、こころ旅初の『大島』へ行く」だった。
明日は、番組予告では長門市ということです。
「にほん縦断 こころ旅」の予定では、山口県の次は九州で、
私が手紙に書いた錦帯橋のあるところは岩国です。
長門から岩国へは戻らないだろうと思います。
私は、私の手紙は採用されなかったんだと思った。
私の文章はつまらないから、しょうがないと納得した。
それでもせっかく書いた手紙なので、申し訳ありませんが、それをここに載せます。
みなさま、すみません。
つまらない文章ですが、時間のある方は読んで下さい。

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

   錦帯橋

 私は19歳の3月のときに、東京の本郷三丁目にある試薬会社に就職しました。
 そこには同じ新聞の求人広告を見て応募した岡本龍彦という私と同じ年齢の
男性がいた。彼は、プロボクサーを目指して東京に来たということで、仕事が
終わってからボクシングジムに通っていました。
 入社して1週間ほどたった昼休み、私がパンを買いに行こうとしたときに、
龍彦から「おれのも買ってきて」と言われた。「自分のパンは自分で買おうよ」
と私が断ったところ、彼は「なんだと~」と私の胸ぐらをつかんできた。
 私は、ボクサーの龍彦が怖くて涙を流してしまった。
 そのとき龍彦は私に「おめえはおかしな奴だな。あんなことで泣くなんて」
といい、それから龍彦は親しく私に話しかけてくるようになった。
 龍彦は、仕事を終えてからボクシングジムに毎日通い、11月にプロテストに
合格し、4回戦のデビュー戦をすることになったのですが、そのデビュー戦の1
週間前に龍彦は「人を殴るのも、人に殴られるのも怖くなったから、ボクサー
はやめる」と私に言い、ボクシングジムをやめてしまいました。
それから私たちは毎日、仕事が終わってから酒を飲んだり、ギターを弾いたり、
ビリヤードをやったり、映画を観たりといつも一緒にいました。
 翌年の夏、龍彦は会社を辞め、旅に出た。それから私は毎日がつまらなくな
ってしまった。
 秋になり龍彦から「神戸にいる」とハガキが来た。年末の会社の休みに私は、
龍彦に会いに神戸に行った。
 神戸で会い居酒屋で酒を飲んだときに龍彦が、
「実家のある山口に帰るんだけど行くか」
と私を誘ってくれたので、私は龍彦の生まれ故郷が見たくなって行くことにし
た。
 岩国駅に降りて龍彦が錦帯橋に連れて行ってくれた。
 それまでテレビや写真では見たことはあったが、実際に見た錦帯橋はとても
大きく立派で美しい橋でした。
 彼の生まれたのは、錦帯橋の下を流れる錦川の上流にあるところで、山の中
にある集落でした。
 彼は23歳の8月に、東京の私のアパートに遊びに来た。そのとき「備前焼の
窯元に弟子入りして、陶芸の仕事をしようと思う」と言った。
 それから龍彦は備前に行き、陶芸の修行を始めたが、脳髄炎という病気にな
り11月に入院し、脳の手術をしたが12月に亡くなってしまった。
 12月に行われた龍彦の葬式に私は行きました。彼の実家に行く前に龍彦と歩
いた錦帯橋を1人で見に行った。
 正平さん、錦帯橋に行ってみて下さい。
 久しぶりに、あの美しい錦帯橋を見てみたいです。



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桑マン、大腸がんを語る

2021年11月02日 | 健康・病気

「Changeの瞬間~がんサバイバーストーリー」(TBSラジオ 8:45~9:00)
10月23日・31日(土)のゲストは ラッツ&スターの桑野信義さんでした。
2020年秋にステージ3~4でリンパへの転移を伴う大腸がんが判明し、
半年の抗がん剤治療や14時間に及ぶ大手術を経験した桑野さん。
2021年5月には再手術を受けていて、
現在は退院して、少しずつ芸能活動を再開させているそうです。
辛い抗がん剤治療のこと、人工肛門から自分の肛門に戻したことなどを、
明るく話す桑野さん。
がん患者の私にとって、がんの種類はちがいますが勉強になりました。
現在、健康な方にとっても参考になると思います。
ぜひこの動画を見て下さい。

「Changeの瞬間~がんサバイバーストーリー~#82」ゲスト: 桑野信義さん


「Changeの瞬間~がんサバイバーストーリー~#83」ゲスト: 桑野信義さん

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令和3年秋句会

2021年11月01日 | 俳句・短歌

私の参加している句会の令和3年秋句会の結果が送られてきた。
これまでの句会では、投句した5句のうち選句される句は1つか2つでした。
今回は5句全部選句された。
いつも投句締め切り日に、ない頭を使って俳句をひねり、
そのたんびに自己嫌悪を感じつつ投句しています。

  飄々と老いていきたし花木槿       

  わが夢を捨てきれないで鰯雲          

  わが老いにうろたえている秋の暮        

  秋しぐれさみしき夜は寝るがいい     

  膀胱の中で咲いてる曼珠沙華     

         

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