一昨年9月下旬に体調を崩し、仕事を辞めて実家の九州へ帰る鷹組のTさんの送別会に参加したが、彼が3月上旬に亡くなったとの話を伝え聞いた。
まだ、40台でヒルクライマー。乗鞍参戦で一緒の車で往復し、宿の同じ部屋で寝たこともある。癌との長い闘病生活であった。回復してその間に乗鞍参戦したこともあるし、一緒に蝙蝠峠を登ったこともある。一昨年の8月には自宅へお見舞いに行き、色々話をした。その夜は、無謀にも二人で乗鞍ポタリングを構想していた。食道静脈瘤破裂の恐れの症状が出て沙汰やみになったが、気持ちは常に前向きであった。生きる望みは最後まであったと思うし、森林限界を越え、より高みへ登ろうとする気持ちは最後まで持っていたと思う。
最期までヒルクライマーとして高みを目指したTさんのご冥福を心から祈ります。合掌
まだ、40台でヒルクライマー。乗鞍参戦で一緒の車で往復し、宿の同じ部屋で寝たこともある。癌との長い闘病生活であった。回復してその間に乗鞍参戦したこともあるし、一緒に蝙蝠峠を登ったこともある。一昨年の8月には自宅へお見舞いに行き、色々話をした。その夜は、無謀にも二人で乗鞍ポタリングを構想していた。食道静脈瘤破裂の恐れの症状が出て沙汰やみになったが、気持ちは常に前向きであった。生きる望みは最後まであったと思うし、森林限界を越え、より高みへ登ろうとする気持ちは最後まで持っていたと思う。
最期までヒルクライマーとして高みを目指したTさんのご冥福を心から祈ります。合掌