千の扉 (単行本) | |
柴崎 友香 | |
中央公論新社 |
ここのところ、昭和の古き良き生活や習俗を振り返るような小説に、ついつい手が伸びてしまう。
『三の隣は五号室』『みかづき』『ゴースト』…『月の満ち欠け』にもちょっとそんな要素があった。
この『千の扉』の舞台は、実在の都営住宅。
小説の中では名前は明かされないが、戸山ハイツをモデルにしている。
都営住宅の敷地内にある、山手線内最高峰の山は、箱根山。
このマンモス団地を舞台に、順不同で時代が飛ぶことにより、時空を超えたドラマが紡がれていく。
主人公のキャラが独特。
一見どこにでもいそうで、それでいて今という時代に折り合いをつけるのが苦手そう、というか。
そんなキャラクタだからこそ、この時の流れが止まってしまったかのような都営住宅での、現代では成立しづらいコミュニティに馴染んでいく。
一方で、複雑さも湛えていて、夫とのテンポラリーでナチュラルな別居はリアルさを感じる。
少しミステリ仕立てのところもあるが、謎に踏み込み過ぎない匙加減は絶妙。
ノスタルジー、消えゆくものへの愛おしさに溢れている一方、このような生活感は意外にしぶとく残り続けるような気もする。