そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『国宝』 吉田修一

2019-05-05 19:44:38 | Books
 
 
極道の家に生まれた男が、人生の荒波に揉まれながら、当代一の女形歌舞伎役者として極致に至る一代記。
吉田修一の多彩さが感じられる一方、極道の描き方などは『長崎乱楽坂』の原点に立ち戻ったかのような感慨も覚える。

活弁士調のわかりやすく解説的な文体が特徴的で、自分のような歌舞伎素人でもストレスなく読み進めることができるが、歌舞伎に関する描写の良し悪しは判断が難しい。
ただ、少年時代の主人公が厳しく稽古をつけられる場面で、肩甲骨で身体の動きを憶えろと師匠から言われる件りは印象深い。

一方で、戦後日本社会の変遷を描く年代記的な一面も持つ小説であり、特に、歌舞伎界と裏社会の関係、或いはマスコミとの関係などはリアリティがあり、確固たるモデルがいるわけではないだろうが、今大御所となっている俳優やタレントも、かつてはこのような道を辿って芸能の世界を上り詰めていったのだろうな、などと想像を掻き立てられる。
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『右脳思考』 内田和成

2019-05-04 20:39:37 | Books
 
Kindle版にて読了。

「好き/嫌いで仕事をするな」「勘や経験に頼るな」とは仕事をする上でよく言われることだが、果たして本当にロジカルシンキングのみに頼って仕事をすることが正解なのだろうか?
時には勘に頼って判断をしたことがうまくいったり、ロジカルには正しくても顧客や上司・同僚・部下が感情的理由で賛同してもらえないがゆえに上手く進まなかったりすることはよくあることだ。
ロジックだけでなく感情や勘、すなわち右脳を働かせることで仕事をより効率的に進める、あるいは、成果をあげることができるはず、という本。

まあ、ビジネスの世界に生きる者としては普段当たり前に実践していることではあるのだが、こうして改めて殊更に論じられると、それはそれでよい整理にはなるなと。
例えば次のような点など、

・ロジックでは明らかに自分たちに分があるにも関わらず反対される場合、どのような感情がそうした言動に結びついているのかを見極める必要がある。ここで注意すべきは、こちらは感情と思っても、相手は理屈と思っている可能性があるということ。大事なことは相手がこちらの言っていることや提案に対して、感情ではどう思っているのか、さらに理屈、すなわちロジックではどうなのかを両面で理解すること。感情でも反対であり、理屈でも反対の場合、逆に感情では反対だが理屈では賛成の場合、感情では賛成だが理屈がついていっていない場合など、さまざま考えられる。

・理屈に合わないから採用しないというのではなく、なぜそう思うのかをあらためてよく考えてみるとよい。感覚で思ったことを、理屈で説明できたとすれば、その感覚は正しかったということになる。人間が本来もっている 「うまく説明できないが、なぜかそう思う 」という感覚を、繰り返し意思決定に取り入れることで、次第に間違いが少なくなっていけば、意思決定の質を高めることになる。
逆に、勘でおかしいと思ったことを他人にわかるように説明できないとビジネスパ ーソンとしては通用しない。何が気に入らないかを、自分で考えてみる必要がある 。

・筋が通ったことを言っているのに、理屈にならない理屈でやり込められそうになった場合、理屈で反論するのではなく、
①左脳で (論理的に )文字通りに何を言っているか理解する、
②右脳 (直感 )で発言の 「真の意図 」をつかむ、
③右脳 (直感 )で何をどのように答えればよいか理解する、
④左脳で (論理的に )どのように伝えればよいかを考える、
という4つのステップで議論や商談を進めるとよい

人がアイデアや戦略を理解し「腹落ち 」した上で実行に移す、あるいは上司が提案・企画を十分に理解・納得した上で 「会議 」で通すためには、論理性、ストーリー、ワクワク・どきどき、自信・安心を与える、という4つの要素が必要となる。論理性を除く3つは相手の右脳に訴えるものだ。

巧みなストーリーには次の要素が必要。
立体感:言葉だけではわかりにくい新しい製品やサービス、あるいは仕事の進め方を知らない人でも頭にイメ ージが浮かぶような状態
現実感:知らないことや実行したことがないことでも、なるほどそういうふうに進めれば実現できそう、あるいは世の中に存在しそうであると感じる状態
安心感:当事者たる人間が、それなら自分でもやれそう、あるいはやってみても大丈夫、さらにはやってみたいと思うような状態

・自分がどんなことには勘が働き、どんなことには勘が働かないかを、まず自覚しておくことが大切。

・自分自身を「腹落ち」させるために、自分の中に問いかける。なぜ面白いのか、それは他の人にも面白いのだろうか。あるいは、つまらないとしたら、なぜつまらないのか。他の人はどうだろうか。うれしいとしたら、それはどうしてだろうか。怒りを感じるとしたら、それはなぜか。自分の感情をまずは素直に感じ、そう感じる理由を分析してみる。その次にそれをもとに行動を起こせばよい。

・上司に「おまえの提案は、思いつきだろう」と非難されたら、こう答えればよい。
「はい、思いつきですが、ロジカルチェックもしましたから、大丈夫です」

いずれも普段無意識にやっていることだが、意識してやれば効果は上がるかもしれない。
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『帝国議会』 久保田 哲

2019-05-03 20:22:17 | Books
 
「公儀公論」は、明治維新の理念の大きな柱の一つであり、また維新後の新政府においても五箇条の御誓文の第一条に「広く会議を興し、万機公論に決すべし」とある通り、議会開設は明治政府における一貫して推進すべき課題であった。
しかし、実際に第一回帝国議会が召集されるには明治23年(1890年)まで待たねばならず、その間総論では議会開設が支持されながらも、様々な路線対立があり、また議会政治という未体験の制度設計を行うにあたり膨大な情報収集と研究・検討が行われた。
本書は、新書一冊を費やして、その間の歴史を振り返るものである。

路線対立とは、主に、急進的に民選議院設立をす主張する民権派と、まだ機が熟していないとそれを抑えようとする政府の間のものであり、民権派に対する弾圧的な政策も採られたことが記される。
制度設計においては、伊藤博文自身が渡欧してドイツなど立憲君主国の制度を学びに行った件り、師事しようとしたグナイストに冷たくあしらわれた伊藤が不満を表明した記録が残っているあたりなどがなかなか興味深い。

それにしても、国会開設の勅諭が発布されたのが明治14年で、9年後に議会開設することが謳われているという点、現代ではとても考えられないスピード感。
時代が違うといえばそれまでだが、それだけ壮大な制度設計・機関設計・利害調整を伴う大事業であった(何といっても憲法を作るのとセットであったのだから)ことが改めて偲ばれる。
今の日本であれば、立憲君主制をやめて大統領制に変えるくらいの大改革か。
いや、基礎がなかった分それ以上だろう。
これだけのことを成し遂げるには、ある程度強力なトップダウンが必要で、民権派に配慮していては実現できなかったというのもわからなくはない。
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『ニムロッド』 上田岳弘、『1R1分34秒』 町屋良平

2019-05-03 11:45:53 | Books
第160回芥川賞受賞 ニムロッド
上田 岳弘
講談社

第160回芥川賞受賞 1R1分34秒
町屋 良平
新潮社

直近の第160回芥川賞受賞作2作品を文藝春秋2019年3月号Kindle版にて読了。

文藝春秋2019年3月号[雑誌]
立花隆,塩野七生,上田岳弘,朝吹真理子,浅田次郎,町屋良平,田原総一朗,松本人志,笑福亭鶴瓶,宮城谷昌光,有働由美子,篠山紀信
文藝春秋

何というか、2作品とも読後感が似ている。

いずれも(世代は若干異なるが)若い男性が主人公。


『ニムロッド』は、「仮想通貨」という実感を伴わない世界を背景に、生身の人間から乖離した「制度」の在りようを描いている。

『1R1分34秒』は、逆に生身の肉体に徹底してフォーカスしていく。
ボクシングにおける身体の使い方、減量の過酷さ。

いずれも、主人公の身の回り、半径5メートルの世界を内省的に描く。
最近の芥川賞受賞作ってこういう作品が多い気がする。
自分が読んだのは『火花』『異類婚姻譚』『死んでいない者』『コンビニ人間』くらいだが。
本2作も含めて世界観はどれも悪くないのだが、スケール感が乏しいんだよな。
なんか小粒化してるというか、昔は受賞作なしってことも結構あったけど、最近はコンスタントに選ばれ、しかも2作品同時というのも珍しくない。
粗製乱造という気もしなくもないが。

『ニムロッド』
仮想通貨のマイニングという、一般社会では理解されづらく極めて無機的で犠牲的な世界の物珍しさが評価された感もあるが、そこから“ニムロッド”が書く小説内小説へと敷衍していく構成は悪くない。
制度やシステムから疎外されていく生身の人間、という新しくて古いテーマだが、現代はそれが極めて強い実感を生じる時代なのだろう。
主人公と恋人との関係性がもう一つの軸となるが、このすれ違いぶりも古典的だが切なくてよい。
恋人の女性はかなりのハイグレード層に描かれ、主人公と明らかに不釣り合いなのは、ある種のファンタジーであるように感じた。
選評では、まとめサイトからの引用の多用が賛否を呼んでいたようだが、個人的にはそのような編集技術も含めて作家の技量なのではないかと思う。

『1R1分34秒』
主人公がちょっと性格が悪いというか素直じゃないところがスパイスになっている。
伝統的な、ストイックなボクサー像とは異なる、現代的でリアルなボクサーの在りよう。
それでも現代では絶滅種ではあるとは思うが。
この小説の白眉は、ボクシングにおける肉体の使い方・感覚を徹底的に文字で表現しきったことだろう。
読んでいて、像を頭で描くことはなかなか難しいが、その感覚が伝わるだけでも新鮮な体験ができる。

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