そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『「空気」の研究』 山本七平

2015-11-30 23:23:45 | Books
「空気」の研究
山本七平
文藝春秋


山本七平による日本人論の古典。
池田信夫氏のブログなどによく登場するが、Kindleで購入して一読してみた。

ここでいう「空気」とは、「とてもそんなこと言える空気ではなかった」「その場の空気が許さなかった」というときの「空気」。
山本は、「空気」を「臨在感的把握の絶対化」と定義する。
というと難しいが、簡単な言葉で言えば「対象物への感情移入」。
単なる物体や事象に感情が移入されることで、それを客観的に語ることは許されず、科学的な分析が立ち入る余地がなくなってしまう。
本著の中では、(執筆当時に話題になっていたのであろう)イタイイタイ病の原因物質とされたカドミウムが事例として多く取り上げられているが、原発や核、御真影、甲子園の砂、などいくらでも思いつく。
言い換えれば、「そんなことをしたらバチが当たる」存在といったところか。

日本人はなぜそんなに「空気」に支配されやすいのか。
日本的な世界はアニミズムの世界である。
そこでは原則的に「相対化」が無く、絶対化の対象が無数にある。
他方、一神教の世界においては、「絶対」は唯一神のみであり、他の全ては対立概念で相対化が可能である。
相対化をしない(できない)から、「空気」に支配されてしまう。

そしてもうひとつの特徴、「空気」は容易に一変し得る。
典型的なのは終戦。
軍国主義的価値観が一夜にして吹き飛び、民主主義と自由主義が国是となる。
山本は、これを「水」と表現する。
「水を差す」の「水」。
※なお、山本は「水」=「通常性」と定義しているが、この「通常性」という概念を理解するのが難しかった。

山本は、その背後にあるのは、「情況」を行為の正当化の根拠とする考え方であるとする。
「そういう情況だったのだから仕方がない」という正当化。
そこでは、情況の創出には自己もまた参加したのだという最小限の意識さえ完全に欠如している状態となる。
自己の意志の否定であり、自己の行為への責任の否定。
この考え方をする者は、同じ情況に置かれても、それへの対応は個人個人でみな違う、その違いは、各個人の自らの意志に基づく決断である、ということを絶対に認めようとせず、人間は一定の情況に対して平等かつ等質に反応するものと規定してしまう。
これは「日本的平等主義」に起因している。

この本が書かれてから40年が経過しているが、日本社会の本質はまったく変わっていない。
依然として「空気」と「水」だけがある世界。
その社会の一番の問題は、「空気」「水」に乗れなかった少数の人たちを排除する方向に社会の力学が動きやすいことだろう。
菊池桃子が言っている「社会的包摂」とは真逆の方向性だ。

とはいえ、堅固な「空気」と「水」の社会もグローバル化の波には抗し切れず、少しずつ崩れていく方向にあるのは間違いない。
だが、その一方、ネット社会・世論の大衆化によって支配の傾向が増幅しやすくなっている面も感じられる。
これからの日本社会は、「空気」「水」の支配から一線を画して生きるグローバルな人々と、そこから相変わらず抜け出せないローカル・マジョリティ、そして排除される側の不幸なローカル・マイノリティの三極に分かれていくのかもしれない。
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『ブエノスアイレスに消えた』 グスタボ・マラホビッチ

2015-11-02 21:11:44 | Books
ブエノスアイレスに消えた (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
Gustavo Malajovich,宮崎 真紀
早川書房


アルゼンチンの作家による、アルゼンチンを舞台にしたミステリ小説。
というだけで新鮮味があるが、衰えたるかつての世界先進国の首都であるブエノスアイレスの空気感が、小説に重厚な味わいを加えている。
そして、アルゼンチンって自然豊かな農業国でもあるんだよね。
その側面も、終盤に小説に広がりをもたらしている。

ミステリとしての出来も上々。
何より、時間の経過の描き方が巧い。

主人公の娘が失踪し、直後の混乱と喧騒が、まずひと塊りとして展開される。
その後の10年近い時の流れがあり、事件を取り巻く人々は変わっていく。
時間の経過に翻弄される、主人公自身の感情。
そしてそこに、別の一家の暗黒の歴史が覆いかぶさり、その大きな時の流れに事件は包摂されてゆく。

展開は悉く予想の上をゆき、散りばめられていた伏線がつながっていく高揚感。
唯一、偶然の鉢合わせが繰り返されるところにはややご都合主義を感じるものの、構成力もなかなかのもの。
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