そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『光のない海』 白石一文

2016-03-21 19:58:37 | Books
光のない海
白石 一文
集英社


主人公は、従業員500名の中堅建材商社の社長で、経済小説みたいな雰囲気で話は始まってゆく。
が、読み進めるほどに、主人公やその周囲に縁を得た人々が体験してきた、悲劇と愛憎に塗れた過去が紐解かれ、その壮絶さに驚かされることになる。

その紐解かれる過去は極めてドロドロしたもので、それらが少しずつ明かされることにより、先を読む興味が喚起される。
他方、小説の語り口や登場人物たちの造型は淡々としており、語られる過去の情念が中和されるところに妙味がある。
例えば、主人公の会社がある水道橋・神保町界隈や、会社の寮がある浅草橋、かつて暮していた川崎の地理が、実名入りでかなり詳細に説明されるあたり、読む側に冷静な印象を与え、現実感が生まれる。
食べものや飲みものに関する描写が多く登場するあたりからも地に足がついた安心感を覚える。

主人公を含め、3組の家族の悲劇的な過去が詳らかになってゆくのだが、それら3本の線は絡み合うようでいて、絡まない。
ラストはやや曖昧で、ミステリとしてパズルのピースが埋まる快感を求めて読み進めた向きにはやや物足りなさがあるかもしれない。
が、その曖昧さにこそ、人の世の、人の生き様の複雑さと深みが反映されているように思う。
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『オシムの言葉』 木村元彦

2016-03-15 22:56:22 | Books
オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える
木村 元彦
集英社インターナショナル


先に読んで感銘を受けた『悪者見参』の著者・木村元彦氏が、ベストセラーとなった本作の著者でもあることを今更ながら知り、図書館で手に取った。
オシム語録が話題を呼んだのも、つい最近のことのように思えるが、もう十年以上前なのだな。
川淵会長(当時)が、口を滑らせてジーコの後任がオシムであることをバラしちゃったのが2006年。→参考記事「オシム狂想曲に想う」(2006年7月3日)
オシムが脳梗塞で倒れて、岡田武史が二度目の代表監督に急遽就任したのが2007年。→参考記事「船出」(2007年12月7日)
時が経つのは速いもの。

平和な日本を舞台にしているだけに、正直言えば『悪者見参』の壮絶さ、痛切さに比べると、ルポルタージュとしては見劣りがする。
「オシム節」がすっかり耳馴染みになってしまってから読んでいることもあるかもしれない。
が、ここに記される「日本に来る前のオシム」の半生の壮絶さは想像を絶するものがある。
そしてその数奇な体験・経験があったからこそ、含蓄に富む「オシム節」が出来上がったことが腹に落ちる。

祖国が分裂・崩壊する中、様々な勢力の思惑を交わしながら、民族今世のユーゴスラビア代表を率いて、1990年W杯イタリア大会でベスト8に導いたオシム。
そして、そのチームの大エース・ストイコビッチ。
バルカンを代表する偉大なフットボーラー二人が、やがて共にこの極東の島国にたどり着いた運命に感慨を覚えざるを得ない。
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『蜩の記』 葉室 麟

2016-03-06 20:29:28 | Books
蜩ノ記 (祥伝社文庫)
葉室 麟
祥伝社


Kindle版にて読了。

この種の時代小説はあんまり読まないのだが、たまに読むのも悪くない。

忠義、恩讐、身分制…やはり封建社会というのはドラマ創出の材料には事欠かないな、と。
キャラ設定はオーソドックスだが、安定感があって好感が持てる。
ミステリ仕立てになっている面もあり、頁を繰る手が促される。

せっかく「家譜」「蜩の記」という二つの文書編纂という要素があるのだから、これらを作劇にもっと有機的に絡ませれば、より深みが出たのかな、という気はした。



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『悪者見参』 木村元彦

2016-03-03 23:35:01 | Books
悪者見参―ユーゴスラビアサッカー戦記 (集英社文庫)
木村 元彦
集英社


Kindle版にて読了。

不覚だった。

90年代、ドラガン・ストイコビッチを筆頭に数多くの旧ユーゴスラビア出身のJリーガーが活躍していたこと。
98年W杯、初出場の日本代表がグループリーグで苦杯を喫した、ダヴォール・シューケル、ズボニミール・ボバン、ロベルト・プロシネチキらを擁したクロアチア代表が3位に躍進したこと。
欧州のトップリーグで、デヤン・サビチェビッチ、プレドラグ・ミヤトビッチ、シニシャ・ミハイロビッチらが華麗なプレーを魅せていたこと。
その一方で、ボスニア紛争、コソボ空爆など激しい内戦が大きな国際問題となり、多くの犠牲者が出ていたこと。
セルビアが国際社会から孤立し、次々と共和国が分離・独立して旧ユーゴスラビアは分解・崩壊したこと。
ユーゴスラビア、セルビア・モンテネグロがFIFAの大会の出場資格を失い、締め出されたこと。

すべてを見ていたはずなのに、頭の中でそれら出来事がまったく結びついていなかった。

そして、最大の不覚は、それら全てを織り込んだ、この秀逸なノンフィクション作品の存在を、20年近く経った今、たまたまKindleの日替わりセールで出会うまで全然知らなかったことだ。

とにかく凄いルポルタージュだ。
内戦の真っ只中、危険極まりない旧ユーゴ諸国に何度も入国し、民族主義者だかマフィアだか区別がつかないようなサポーター集団のリーダーを直撃インタビューし、虐殺遺体が安置された教会にまで潜入する。
そして、未曾有のテクニシャンが揃った90年代ユーゴスラビア代表の猛者たちと親しく交流し、祖国が分裂し民族が憎しみ合うにつれて彼らの運命が引き裂かれていく様が生々しく描かれる。
クライマックスに描かれる、ユーロ2000予選、ザグレブでのクロアチアvsユーゴスラビア戦、殺気立った異様な盛り上がりは壮絶の一言。

正直言えば、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、コソボ、マケドニアの位置関係もよくわかってなかったし、コソボ紛争がどの民族とどの民族の争いなのかも知らなかった。
ACミランのサビチェビッチ、レアル・マドリーのミヤトビッチという90年代を代表するストライカーが、ともにモンテネグロ人であり、モネテネグロは足立区程度の人口規模の国であるということも知る由もなかった。

とにかく、知見を激しく刺激され、彼の国の人々の悲劇的な運命に厳粛な気持ちにさせられる。
繰り返すが、凄いルポルタージュだ。
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