そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『「プロレススーパースター列伝」秘録 』 原田久仁信

2025-01-26 20:21:00 | Books
自分が小学校高学年だった昭和50年代後半(1980年代前半)、初代タイガーマスクの登場を契機に、日本のプロレスは黄金時代を迎えた。
金曜の20時には新日本プロレスの中継番組「ワールドプロレスリング」が、土曜の夕方(その後19時からに変更)には「全日本プロレス中継」が毎週放映され、クラスの男子の半分以上はプロレスファンで、欠かさず観ないことには話についていけない。テレビ東京では「世界のプロレス」なんて番組もやっていたっけ。

インターネットも無い時代、一般のニュース番組や新聞ではプロレスが取り上げられることもなく、プロレスやプロレスラーに纏わる情報のソースはプロレス雑誌や書籍などの一部の活字媒体に限られ、小学生の間でも新たな情報を誰かが得たら速攻シェアし合う、そんな様相だった。

そのような時代に、マンガという最もわかりやすい形式で、当時の超大物プロレスラーの逸話を実録形式で伝えてくれる『プロレススーパースター列伝』に、当時の小学生が熱狂したのは当然のこと。原作は、あの梶原一騎、そして作画を担当していたのが当時他では全く無名だった原田久仁信。その原田氏が連載当時の実生活や梶原一騎との思い出を回想した一冊が本著。

『プロレススーパースター列伝』は、1980年から83年にかけて「週刊少年サンデー」に連載され、梶原一騎が傷害事件で逮捕されたことで突如終了となった。この事件のニュースも印象深く記憶に残っているのだが、自分が『列伝』を初めて読んだのがちょうどこの83年頃、小学5年生くらいだったと記憶しているので当時はもうサンデーでの連載は終わっていたということになる。初めて読んだのはコミックスで、ハルク・ホーガン編(12、13巻)を買って読んだと記憶している。その後、友達に借りたりしてコミックスは全巻読破したはずである(前述したように、プロレス情報は友だちの間の「共有財産」だった)。

本著を読んだことをきっかけに、今Kindle unlimited で40年ぶりに『列伝』を再読中なのだが、いやー懐かしい。
馬場・猪木編で、馬場が風呂場で転んでガラスまみれになった画や、力道山がナイトクラブで刺される画は今でも鮮明に覚えていた。

超大物・梶原一騎のパートナーとして、無名の若手漫画家が何故抜擢されたのか、その理由は著者自身もよくわからないと言う。
サンデーは毎週水曜日発売、編集部に原稿を渡すのが前の週の金曜日夜。梶原の原稿が火曜日に届くので、火曜日から金曜日まで、4日間で作画を完成させるサイクルに必死で付いていったとのこと。

主人公のレスラーごとに分かれる各編は、サンデーに連載された際の順番と、コミックスの登場順が異なるとのこと(自分は本著で初めて認識した)。確かに、連載時に一番最初だったファンクス編を改めて読んでみると著者の画力がまだ拙ったことがよく分かる。

著者にとって、『列伝』全編を通じて最難関だったのがミル・マスカラス編。マスクマンだらけのストーリーで、流血試合やマスクが破れたシーンを描くときの難易度の高さには、それまで経験したことのない労力を費やしたと語られている。
プロレス技で、描くのが最も難しいのが関節技というのも納得できる。特に、吊り天井固め(ロメロ・スペシャル)は最高難度、仕事場でアシスタントに「実践」してもらおうとしたが、完成形に持っていく前段、かけられる側がうつ伏せ状態になっている時点で痛みに耐えられず、失敗に終わったという笑い話も。
この辺りも、連載当時の生の雰囲気が感じられて楽しい。

『列伝』は実録ものではあるものの、梶原による創作がふんだんに盛り込まれている。随所に挿入されるアントニオ猪木の解説コメントも、本人の了解すら取らずに書かれていたと。要するに「実話をベースにしたフィクション」である。アンドレ・ザ・ジャイアントが、レスラーになる前はアンデスの木こりだったというエピソードも梶原の完全オリジナルだそうだ。

一方で、梶原の書くストーリーは、プッチャーにしても、ハンセン、ブロディにしても、素の人間性を描くことで、キャラクタを「演じている」側面をそれとなく漂わせていた。
この点について、著者は次のように語る。

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梶原先生の原作には、子どもにレベルを合わせようと考え、内容を単純に、平易にするという発想がなかった。難解なストーリーこそないが、プロレスラーの凄さはその肉体と強さのみならず、高貴な精神性にあるのだという考えが、作品のなかに貫かれていたように思う。
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この虚実内混ぜになった高度なバランス感覚に、小学生当時どこまで意識的だったかは覚えていないが、社会には表裏があることを何となく察知する年頃にこの作品に出会えたことは、人としての成長に幾らか影響を受けたような気はする。

そう言えば、「ガッデム」「ビバ」なんていう外国語を覚えたのもこのマンガだった。
「シャラップ!」「ゲラーアウト!」のように梶原が書くセリフはネイティブの発音に近いカタカナが使われているのも、今考えるとちょっとオトナな感じがする。

梶原一騎は、逮捕勾留・保釈後に病に倒れる。その後執行猶予付きの有罪判決を受け、闘病しながら再び著者とのコンビで自伝マンガ『男の星座』を連載するが、連載途中の1987年に50歳で死去。

著者・原田久仁信は、『列伝』の印税もあって食うには困らない程度に仕事はあったようだがその後ヒット作を生むことはなく、50代の頃はマンガの仕事も無くなってアルバイト生活をしていたとのこと。当時新人漫画家だった彼も、今や70歳を超える年齢になっているのだ。

著者は語る、
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『列伝』は時代のなかで生かされた奇跡の作品だった。プロレスがもっとも輝いた80年代、この漫画を読んでくれた少年ファンはいわば「時代の目撃者」である。梶原先生の才能と、すべてを許容したプロレスの包容力、そしてときに厳しく作品の仕上がりをチェックする数百万の読者が、三位一体となって『列伝』を創り出した。
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そんな「時代の目撃者」の一人であることを幸福に思う。

#ブクログ



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『ユーラシアのなかの「天平」 交易と戦争危機の時代 (角川選書)』 河内春人

2025-01-11 23:42:00 | Books
「天平」とは、言わずと知れた奈良時代の元号で、聖武天皇により改元された。天平は西暦で言うと729年〜749年に当たるが、実はその後も「天平感宝」「天平勝宝」「天平宝字」「天平神護」と天平を冠する四文字の元号が767年まで40年近く続く。聖武天皇とその娘である孝謙天皇の時代だが、その孝謙が重祚した称徳天皇が「神護景雲」に改元して天平の時代にピリオドが打たれる。

天平時代は、律令国家、遣唐使、東大寺の大仏建立など唐の影響を大きく受けた時代。唐においては玄宗・粛宗の治世に当たるが、安史の乱によって律令国家体制に綻びが生じ始める時代でもある。少し前に『唐―東ユーラシアの大帝国 (中公新書)』を読んで、中国の大王朝である唐が「東ユーラシア」という大きな捉え方に相応しいハイブリッドでダイナミックな帝国であったことのイメージを持つことができたのだが、本著においても、唐からの影響を政治・外交・文化の様々な面で大きく受けた日本・新羅・渤海の東アジア三国をはじめ、北アジアの突厥やウイグル、中央アジアのソグド人、西アジアのイスラム世界を経て、ビザンツ、形成途上のヨーロッパ世界まで、広範なユーラシア世界における軍事的・政治的・経済的な相互影響が概観される。

日本・新羅・渤海の三国が、その時代における唐からの影響を受けながら、互いに距離を縮めたり遠ざけたりを繰り返す様からは、現代における日本・韓国・北朝鮮・中国の関係性にまで繋がる地政学的宿命を感じずにはいられない。
三国とも、国際情勢の不安定さの中で律令制を採り入れ、中国的な統治機構を実現するレベルに外形的には到達した750年代に、唐の側では安史の乱により政治的衰退が始まってしまう。それによって三国はそれぞれに形式的な受容の段階を超えて、新たにオリジナルな国制を模索し始めることになる。

日本においては、白村江の戦い(663年)での敗北による国家的危機が律令制国家の成立を促すこととなった。「天平」はそれが目指した政治体制の整備がピークに達する時代であったが、「天平」の二文字が年号から消え、白村江の敗戦から百年を超えると、危機と恐怖は歴史の彼方に去り、時代は新しいステージに進むことになる。
外交においても、白村江を知る世代である藤原不比等らの世代は、日本書紀で創り上げた「新羅の服属」というフィクションを方便として利用していたが、後続の世代では虚構の歴史を「史実」として定着させようとする。
こうした世代替わりによる歴史の風化も、今の時代にシンクロしてくる。

歴史の教科書で学んだ遣唐使についても、彼らがどれだけの苦労をして遥か遠い唐へと渡り、帰国したのか(海難により帰国できなかった例も少なくない)、そして唐の都・長安で如何なる体験をしたであろうかについても詳らかに語られる。留学者は個々には唐の知識人や宗教界の人々に接触して、任務である中国文化の摂取を進めたが、そこには現地の日本人コミュニティや渤海人・新羅人コミュニティとのネットワークも存在したであろうと推察されている。このあたりも、現代の海外赴任者に通ずるものが感じられ、より生き生きと海を渡った彼らの生き様に思いを馳せることができる。

#ブクログ



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