そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

「男性脳」の欠陥

2007-01-30 12:47:29 | Politcs
「支持率下がったら本当に残念」柳沢厚労相が釈明(朝日新聞) - goo ニュース

柳沢大臣の発言がもの凄い反発を食らっている。

本件、女性からの批判が本能的な「反発」であるのに対して、男性からの批判は言い方はいろいろあるにせよ「女性から猛反発食らうに決まってるそんな発言をするのが悪い」という「メタ批判」になっているところがミソだと思う。

思うに、一般的に男性は頭の構造上、「仮に女性を機械に喩えたとしても、だからと言って女性を機械だと思っている訳ではない。それとこれとは別の話だ。」という「理屈」が通りやすい。
が、女性にはそんなものは通用しない。「思ってなければそんな発想が出てくるはずがない!」と激しく非難され、男性は「うーん・・・そうかなぁ。そんなハズないんだけど・・・」とマゴマゴしてしまうのである。
別にフェミニストを気取るつもりはないが、考えれば考えるほどこの「思ってなければそんな発想が出てくるはずがない!」という非難は正当なものであるように思える。
そういうことが直感的に分からないところが、(自分も含め)男の脳の「欠陥」なのだろう。

ここから先は余計な話。
逆の立場で、女性が男性を「粗大ゴミ」に喩えたとして、「本当に粗大ゴミだと思ってなければそんな発想が出てくるはずがない!」と非難してみよう。
たちまち、「あったりまえじゃない!本当に粗大ゴミだと思ってるのよ!!」と確信的なカウンターが返ってくるに違いない。
「確信」は何よりも強いのである。
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

華麗なるイチジク

2007-01-29 22:54:26 | Entertainment
ここ数年、テレビの連続ドラマを見ることなどほとんどなかったが、今期は見てます「華麗なる一族」。
設定変えただけの同じような展開のドラマばかりの中、これはちょっと異色かな~と期待して。

が、3話まで見た限りではイマイチだな~。
これ、もっともっとドロドロぐちゃぐちゃな変態倒錯ドラマにすれば面白くなると思うんだけど、キムタク主演って時点でその選択は無いか。
そのキムタク、悪くはないんだけど、結局いつものキムタクって感じで新味に欠ける。
北大路欣也もいつもの北大路だし、仲村トオルはなんか無理して役作りしてるし、原田美枝子はもっといい女優さんなのに今のところ魅力が全く出てないし、柳葉敏郎は相変わらず大根だし(この人いったいどこがいいの?)。
鈴木京香と山本耕史だけは、さすが~って感じだけど。

テレビドラマの枠を超えて金かけたセットとロケがウリらしいけど、時々出てくる昭和40年代前半神戸の街並みは上海にしか見えないし、万俵家のお邸も大塚家具のショールームそのまんま。
頭取が姿を見せると、見渡す限り大勢の行員がビシッと直立不動になっちゃったりするアナクロっぽさはちょっとイイけどね。
まあ、これからに期待しましょう。

記事タイトルは昨日の「からくりTV」ご長寿早押しクイズの怪答から拝借。
ヨメのツボにはまってました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ダメな議論」 飯田泰之

2007-01-27 00:08:15 | Books
ダメな議論―論理思考で見抜く

筑摩書房

このアイテムの詳細を見る


世の中に数多溢れる、社会・政治・経済に関する言説。
それらの中には、有益・有用なものだけでなく、無益・無用、更には有害なものまでが混在しており、素人がその判別をつけることはなかなか難しい。
そんな溢れる情報の中から、無益・無用(使い方によっては有害)な議論を、簡便な機械的なやり方で識別するための技術を解説した本である。

著者の飯田泰之氏は、1975年生まれの若手経済学者(自分より3歳若い!)。
氏は、無益・無用な、「ダメな」論説を見分けるためのチェックポイントを5つ提示している。
ここでは全てを紹介しないが、中でももっとも基本的で、使いやすいチェックポイントがこれ、
「定義の誤解、失敗はないか」
である。
人によってどうとでも取ることのできる曖昧な言葉を、定義を明確にしないまま用いている論説。
論理のベースとなる概念の定義が明確でなければ、その論説自体論理として成り立たず、真贋を判断しかねるものになってしまう。
さらに、そういった定義の不明確な概念を意図的に用いることで、実は根拠の薄い議論を、読み手に何となくもっともらしいものであるかのように思い込ませることが、知らず知らずに行なわれている。
もちろん、そういった定義の明確でない用語を使った論説の結論が、必ずしも常に誤っているわけではないが、そういう論説に出会った場合にはまず「怪しい」と疑ってかかった方が得策、と解説される。
改めてこれを意識して新聞の社説やコラム、ネット上の論説などを読んでみると、あるわあるわ、怪しそうな議論がそこかしこに存在していることに気づかされた。
この本の中でも、「国際競争力」「マネーゲーム」「虚業」「ニート」「夢」・・・など多くの言葉が、定義を明確にしないまま恣意的に使われがちな用語の例として挙げられている。
(このブログに書いた過去の記事にもそんなのたくさんありそうだが・・・まあ素人が書いたもの、ってことで・・・)

後半部は、現代日本の「ダメな議論」の例を紹介し、著者の挙げたチェックポイントに沿って「どこがダメなのか」が解説されている。
読み物としては面白いが、やや一本調子の感がある。
著者は経済学者なので、経済に関する論説の例示が多いが、これらの「ダメさ」を見抜くにはやはり経済に関する正確な知識が必要とされるように思われ、素人にはなかなか難しいかな、という気もした。

それよりも、これらの解説の前段として、「人は何故無益で誤った言説を疑いもなく受け入れてしまうのか」について、その原理を解説した第1章がもっとも興味深く、目を開かれる思いがした。
結局我々は、もともと自分が信じている、信じたいと思っている主張に合った論説を読みたがるのである。
自分が普段から何となく思っていること、好みの考え方を、一見もっともらしい理屈で理論武装してくれるような議論に接すると、その合理性・信憑性を客観的に分析することなく、ついつい無批判に受け入れてしまうのだ。
そのことをちゃんと認識しておくだけで、世の中の見え方が違ってくる。

年の始めからなかなか実践的で役に立ちそうな本に出会った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

訴えないの?

2007-01-24 16:10:31 | Society
番組ねつ造:それでも「納豆」人気衰えず(毎日新聞) - MSN毎日インタラクティブ

放送後、これまで1日約3万パックだった注文量は、10倍の30万パックに急増。特にこれまで納豆を食べる習慣があまりなかった西日本方面からの注文が増えた。ところが、社員を残業させ、臨時アルバイト10人を雇った途端、ねつ造発覚で注文は激減。大量の在庫を抱え、アルバイトを解雇せざるを得なかった。
高野社長は「関西方面に認知されたことは良かったが、同業者の中には包装容器などの過剰注文で、今後の資金繰りに困るところが出るかもしれない」と業界の混乱ぶりを打ち明ける

素朴な疑問。

現実に経済的な損害が出ているのであれば、民事訴訟を起こして関西テレビや日本テレワークに損害賠償を求める、という選択はないのだろうか?
泣き寝入りするのではなく。
個々の零細な納豆製造業者には難しいかもしれないけど、業界団体とかでまとまれば不可能ではないような気もするが。

実際どうなんでしょう?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不二家と「あるある」とニッポン

2007-01-22 23:16:43 | Society
関西テレビ、調査委は社外有識者だけで構成へ 番組捏造(朝日新聞) - goo ニュース

連日、不二家の報道で辟易としてたら、今度は「あるある大事典」で「納豆ダイエット」捏造だという。
「黙ってりゃわからないだろう」と客(視聴者)を騙す構図には共通点が見て取れる。
「何を信じればいいのか」「どうしてニッポンはこんな国になっちまったんだ」と嘆き憤慨するのは簡単だが、冷静に考えればこれらは特別な話ではないような気もしてくる。

 「これって、道義的にちょっとマズイんじゃないですか~?」
 「キミぃマジメだねぇ。こんなことどこの会社でもやってるよ。」
 「そうっすね。別に実害無いし、どうせ誰にもわかんないっすからね~。」

アナタの会社でもワタシの会社でも、日常茶飯事的にこんな会話が交わされていないだろうか?
もちろん、だからって不二家や関西テレビの悪質な所業が正当化されるはずは断じて無いし、一億総反省すべきだなんて言うつもりもない。
ただ、彼らがやったことと我々の日常の間に不連続面は存在しない。
所詮「程度の差」なのだ、ということを皆が肝に銘じない限り、事態は改善されないのではないか。
そう思うのだ
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神学論争

2007-01-21 00:39:36 | Society
教育再生会議、第1次報告最終案を大筋で了承(読売新聞) - goo ニュース

教育再生会議が「ゆとり教育見直し」などを柱とした第1次報告最終案を了承したとのことで、各所で採り上げられている。
学校教育を受けるという経験をしない日本人はほぼゼロだろうから、この問題は「自分の問題」として捉えやすい。
そのこともあり、マスメディアでもネット上でも百家争鳴である。

それにしても教育問題の論議と言うのは、神学論争になりがちだ。
教育再生会議の委員の方々がテレビで語っている内容にしても、それに対するコメンテータ諸氏の異論反論にしても、結局個々人の信条・趣味・経験に基づいており、「自分はこうやったらうまくいった/失敗した→だから、こうすべき」といった筋道を辿るものばかりで、これじゃあいくら時間をかけて議論したところで、論議の深まりようがないんじゃないか、という気がする。
「教育学」という学問がどんなことをやってるのか、ほとんど知らないのだが、もう少し科学的に教育施策の効果を実証するような研究は為されていないのだろうか?

たとえば今や完全に悪玉にされている「ゆとり教育」だって、導入された当時はそれなりの問題把握と目的をもって推進されたはずではないのか。
もちろん、その「目的」がうまく達成されていないからこそ今批判に晒されているわけだが、「ゆとり教育」のどこが良くなくて、逆に全く成果がなかったのかどうか、論理的に説明された論説を読んだり聞いたりしたことがない。
学習内容を削減すれば学力が相対的に低下するのはある意味当たり前のことだ。
そうでありながら、「ゆとり教育」が施策として選択されたのは、多少学力が低下しても仕方がないのでそのエネルギーを他のもっと有意義なこと(それが何なのかは知らないが)に振り分けた方がよい、という意思決定が当時それなりに説得力をもっていたからこそのことではないのか。
「ゆとり教育」は何故失敗したのか?学習内容削減の仕方が悪かったのか?削減して余った時間を振り分ける先がうまく見つけられなかったからなのか?本当に成果はゼロだったのか?
まずはそういうことに対する客観的な分析をすべきなんじゃないんだろうか。
このままじゃ単なる「揺り戻し」を永遠に続けるだけになってしまうのではないか、と思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マユツバ

2007-01-19 20:52:58 | Society
8歳に密林で不明の女性、“野生化?”19年ぶり発見(読売新聞) - goo ニュース

2年ほど前、ミンダナオ島で旧日本兵が見つかったというニュースに騙されて以来、このテのヤツにはつい眉に唾してかかってしまうのだが。

どうも疑問なのは、8歳まで文明社会で成長した人間が、その後どんな生活を送ろうがそこまで「野生化」するもんだろうか??という点である。
もの心つく前だったらまだ納得的なんだけどねぇ。

映像とかあるんだろか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

祖父の他界

2007-01-17 21:26:01 | Diary
日曜の早朝に、母方の祖父が他界した。
90歳だった。
昨日が通夜で、今日が告別式。

年齢が年齢だし、一昨年くらいから肺炎や骨折で入退院を繰り返していたので、そう遠くない将来にこういうことになる覚悟は皆できていたが、この元旦には孫やひ孫が集まった席で寿司を四貫も食べたりしていたくらいで、まだまだ元気に思えていたのに、三が日明けに肺炎を再発してしまった。

祖父は教師であった。
師範学校を出て、戦中から戦後にかけて小学校教師を務めるなど、一貫して教育の世界に生涯を捧げた。
祖父にとって、自分は初孫だったこともあり、とても可愛がってもらった。
「優しいおじいちゃん」のイメージしかないのだけれど、ストイックな人で、仕事上、或いは祖母や母など家族には厳格な一面も見せていたと言う。
肉親の死に立ち会ったのは初めてではないが、祖父とは生まれてから3歳までは同居していたこともあり、生まれてからずっと身近にいた人を喪ったという意味で、感慨も深い。
その一方でまだ実感がわいていないような気もする。

90歳にもなると、本人の友人は数少なくなり、葬儀の参列者数もそうは多くならないものだそうだが、教師という職業柄もあり、昨日の通夜には200名近い葬列者があった。
「先生(⇒祖父のこと)の教え子なんです」という人が、もう70歳を超えてそうなご老人だったり、「先生と同僚だった頃、私は空襲警報がなると御真影をお守りする役目だったんです」などと昔話を語るじいさんもあったり、改めて90年という生涯の長さを実感した。
もっといろいろな話をきいておけばよかった、と今さらながら、思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今さらながら、DJ OZMAの件

2007-01-10 23:49:47 | Entertainment
DJ OZMA関係者がNHKに謝罪文(日刊スポーツ) - goo ニュース

いったい誰に何を謝罪しているのだろうか?

750件だか1000件だか苦情が寄せられたというが、紅白の視聴率は下がったとはいえ30%を超えているという。
3世帯に1世帯は視ていることになり、単純計算でも視聴者は3000万人以上だ。
そのうちの1000人が文句を言ったからといって、それがどれほどの問題なんだろうか?

もともと紅白を視る習慣はないのだが、ヨメが好きなので、今回はずっとチャンネルを合わせていた。
DJ OZMAの出番はたまたま他の事をしていてよく見ていなかったが、後で三宅アナウンサーが視聴者からの苦情を受け、「あれはボディスーツです」と説明している場面は見た。
その場面で、会場の観客からは「そんなことで苦情きてるのか~」みたいな笑いが漏れていたが、その反応がすべてを語っているのではないか。

いくら不祥事続きのNHKとはいえ、会長が年頭の挨拶で謝罪。
所属事務所とレコード会社にも謝罪させる。
うるさいからとにかく謝っとけば済む、という構図が見て取れる。
世間もマスコミも、どうしてこう謝らせることにやっきになるのだろうか。

NHKもそろそろ、「全ての視聴者に向けた番組作り」という無駄な努力を放棄したらどうなんだろう。
今回の紅白は、見てて恥ずかしくなるような余興や司会者と出演者のやり取りがだいぶ減って、ちょっとマシになったような印象だったのだが。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

塩野七生氏へのインタビュー

2007-01-04 23:13:43 | Politcs
今日の日経新聞朝刊に、塩野七生氏へのインタビュー特集が載っていた。
テーマは日本の政治における国家論、指導者論。
全文引用したいくらい、とにかく面白いインタビューだったが、一部(といってもいっぱいだけど)引用したい。

-在任中の小泉氏には自己制御も感じました。
それはありますよ。知力はどうかなあ。説得力に関していえば、小泉さんは起承転結の「起」しか言わない。我々は彼が改革してくれるだろうと期待して「承転結」まで考えてあげていた。だから彼は言葉が少なくてもうまくいきました。

-安倍首相には説得力がありますか。
誠意はあります。安倍さんは答えればいいことの十倍の量、誠心誠意答えている。普通の人なら飽きてしまう。・・・

マキャヴェッリは「民衆は抽象的な問いかけをされると間違える場合があるけれども、具体的に示されれば相当な程度に正確な判断を下す」と言っています。小泉さんはそれをしました。安倍さんは誠実に答弁しているが、言っていることがだんだんわからなくなってしまう。

・・・国際会議の時に彼の言葉をいちいち翻訳していると、外国の人はわからないから、練達の通訳が必要です。安倍さんが言うことを半分に縮めてもらう。そうしないとわが国の国益に反します。

私はある時期、小沢さんを面白いと思っていました。しかし、彼は勝負しない人ですね。勝負するときに逃げてしまう。

私が日本人に少しだけ違和感を感じるのは「信じすぎ」だということです。民主主義も万全ではない。民主主義はしばしばデマゴーグに左右されるのです。

-政治家が小粒になったといわれます。
それは政治家を使い捨ての存在だと思っていないからです。使い捨てだと思えば、その人間の一番いいところはどこかを考えて使いますよ。権力は「必要悪」ではなくて、何かをやるために「必要」なんです。そういう議論は二十歳そこそこの女性が「このごろの男は面白くない」と言うのに似ています。

私が好きでないのは天国に行く道ばかり言う人です。一歩間違えれば地獄に行く可能性があるから我々は注意する必要があるのに「天国にお手てつないで行きましょう」と言って、地獄を忘れさせてしまう。これがいけないと思います。

私は日本の政治家はテレビの使い方が変だと思います。テレビの前で話すときは、カメラの向こうに何千万人がいると考えるのではなく、たった一人を相手にしていると考えればいいのです。・・・そこを小泉さんは分かっていた。一億人を前にしていると思えば「俺は死んでもいい」なんて言えますか。

米国の有識者はイラクをどうするか、まじめに討論しているけれど、イラク戦争は米国が始めたという視点が完全に欠けている。

-大英帝国ならどうでしょう。
歯を食いしばってやったでしょう。
-その違いはどこに。
英国人は自分たちのためだと思っているが、米国人はイラク人たちのためだと思っている。

日本はうそも言えないし、演出もできないからですね。口べたで結構だが、言ったことは必ず、実行しましょうと。「美しい国」とまでは言わなくても「いい国」にはなったほうがいい。そのためには具体的で小さなことを一つずつ解決していくべきでしょう。我々はそういうことは意外にうまいのですが、ときに狂ったように抽象的なことを言い出すから困るのです。

小泉と安倍の違い、日本人について、アメリカについて、普段漠然と感じていることをここまで鮮やかに言葉にされてしまうと脱帽である。
マキャヴェッリの引用や、最後の一言にある通り、「具体的」であることをもっとも重視していると感じた。
この点、自分も非常に共感する。

この人の書いた本、読んでみたくなったなあ。
「ローマ人の物語」読んでみるか・・・全部読むの数年かかりそうだけど。。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする