本能はどこまで本能か―ヒトと動物の行動の起源マーク・S. ブランバーグ早川書房このアイテムの詳細を見る |
「本能」というのは我々が日常的に、無意識のうちによく使う言葉です。
「母性本能」「帰巣本能」といったように、学習によって学ぶのではなく生まれつき備えていている性質、といったイメージでしょうか。
我々が「本能」だと信じている動物や人間の行動が、本当に誰からも何からも教わることなく生まれつき備わっているものなのか、そのことに疑問を抱き、そのメカニズムを解明しようとする立場に立つ著者が、丹念な実験を繰り返すことでその解明に努めた先人たちの成果を紹介した本です。
たとえば、孵化寸前の鳥のヒナが誰にも教わらずに卵の殻を破って出てくることができるのは何故か、あるいは、カッコウのように別の種類の鳥の巣に卵を生みつける鳥の場合も生まれてきて別の種類の鳥に育てられたヒナが自分と同じ種類の鳥と交配して子孫を残すことができるのは何故か、など、普通我々が本能的行動と単純に理解しがちな動物の行動についても、おそるべき精密なプロセスを経て「発達」するものであることが実証されます。
ところが、現在、この分野では著者のような立場の学者は少数派だとか。
生まれもった「本能」と、後天的に獲得する「学習」をはっきりと区別しようとする生得論者が多数派を占めているそうです。
さらに、生得論は「遺伝子がすべてを設計(デザイン)する」といったデザイン論と結びつき、その勢いをますます強めているとのこと。
著者は、こういった生得論・デザイン論が、科学的な実証を伴っていないことが多いことを指摘し、合理性に欠けているとして批判します。
生得論は世間的な興味を惹く魅力には満ちているが、複雑なプロセスを単純化して理解しようとする安易な態度である、と。
キリスト教右派が勢力を増している昨今の米国では、「神による創造」と相容れないダーウィンの進化論を否定するような教育がされるようになっている、といった話をきいたことがありますが、こういった「神によるデザイン」といった思考方法は、世間にはウケがいいのでしょう。
(そういえば「設計者」「デザイン」などというと、「マトリックス」を思い出します。)
翻訳本なので学術用語などはいまいち判別がつきにくい(特に「発達心理学」「動物行動学」などの学問名称は何がどう違うのかがわかりづらい)だとか、生得論者に対する著者の批判に皮肉交じりの表現が多いので真意がストレートに頭に入ってこない(まるでオシム監督の記者会見のよう)だとか、という感じはしましたが、基本的には平易な内容で、興味深く読めました。
あと、パッケージ(表紙)が妙にかわいらしい。