かの名優トム・ハンクスの小説家デビュー作短編集。
各所で絶賛されているとのことだが、確かに古き良きアメリカの伝統を受け継いだ、ハートウォーミングでどこか切ない作風が清々しい余韻を残してくれる。
13篇が収められているが、うち3編(「へとへとの三週間」「アラン・ビーン、ほか四名」「スティーヴ・ウォンは、パーフェクト」)は四人組の登場人物が共通している。
また、作集タイトル『変わったタイプ』はタイプライターとも掛けられている。
13篇すべてのお話で、影に日向にタイプライターが印象的なキーファクターとして登場するのだ。
このあたりの巧みさには本当に驚いてしまう。
以下、各話の紹介。
へとへとの三週間
主人公が高校の同級生アンナと付き合うことになった三週間。スティーヴ・ウォン、Mダッシュとの四人組もの。
クリスマス・イヴ、一九五三年
大戦で片脚を失った父親がクリスマスイヴに戦友と電話で語る。
光の街のジャンケット
有名女優の相手役に抜擢された俳優がヨーロッパへの宣伝旅行に回り、途中で急にキャンセルされるお話。
ようこそ、マーズへ
大学生が父親とサーフィンに出かける。母姉二人との家族は崩壊しているが…
グリーン通りの一ヶ月
母子家庭が新居に引っ越す。母は、隣人の中年男を警戒するのだが、望遠鏡での天体観測を通じて接近していく。
アラン・ビーン、ほか四名
四人組がロケットで月まで行って帰ってくるというSFファンタジー(?)
配役は誰だ
アリゾナからニューヨークに出てきた女優の卵が路頭に迷う。旧知の演出家に再会し履歴書の書き方から指導を受ける。
特別な週末
1970年、両親が離婚した少年の10歳の誕生日。別れた母と出かけ母の恋人の自家用飛行機で帰宅するまで。
心の中で思うこと
古いタイプライターを衝動買いした女性。タイプ屋で修理を断られるが、別の中古タイプライターを紹介されて買う。
過去は大事なもの
大金持ちの男が、タイムマシンで1939年の万博を訪れ、そこで惚れた女性との時間を過ごそうとする。
どうぞお泊まりを
シナリオ風の形式。富豪が美人秘書とともに買収候補の土地を訪れ、モーテルを経営する老夫婦と出会う。
コスタスに会え
大戦後の時代。密航でニューヨークに来たギリシア系ブルガリア人の男が職を探す。
スティーヴ・ウォンは、パーフェクト
四人組もの。ボーリングでパーフェクトを出し続け世間から大注目を浴びる男。
時代背景も設定も作劇展開もバラエティに富んでいる。
さすが映画俳優と言うべきか、どのお話も映像化して観てみたくなるような生き生きとした魅力がある。
実際、俳優・女優が主人公になっているお話も含まれているが。
「へとへとの三週間」での大人になってからの恋愛のあり方が生み出す可笑しみだとか、「配役は誰だ」「コスタスに会え」での人生におけるチャレンジと苦境、そしてそこに救いをもたらす人との縁だとか、そのへんの肌触りの温かさがとても心地よく感じられる。
そして、一番気に入ったのは「ようこそ、マーズへ」。
ラストの切なさが堪らない。