ヒロヒコの "My Treasure Box"

宅録、DAW、ギター、プログレ、ビートルズ、映画音楽など趣味の四方山話

思い出のプログレ・アルバム#3 「月影の騎士/ジェネシス」

2012年09月09日 | プログレ
(原題 Selling England By The Pound ) ジェネシスは私の人生において多大な影響を与えてくれたバンドだ。私とジェネシスの出会いは高校1年の時、当時のミュージック・ライフ誌に小さく紹介された記事である。当時、イエスやクリムズンらのいわゆるプログレに夢中になっていたので、GENESIS というバンドがイギリスにいてFoxtrot というアルバムが日本でもリリースされるというその記事には少し興味を持っていた。そのアルバムを、ある同級生が買っていたのだ。彼も音楽をしていたが、どちらかというとロックではなくフォークであった。だから、彼から「ジェネシスって知ってる?フォックストロットというLP買ったんだけど、聞く?」と言われたときはとても驚いた。「きっと聞きたいって言うと思ってたんだ。」とも言われて、持つべきものは同級生と思ったものである。そして、実際にレコードを家で聴いた時の第1印象は、「この声、なに?」というものであった。今となっては敬愛するピーター・ゲイブリエルの声が、ひどいだみ声に聞こえて、ちょっと驚いてしまったのだ。グレグ・レイクやジョン・アンダーソンの透明感ある声質とは全く違っている。そのせいでアルバムの楽曲の良さを理解するまでに至らず。という訳で、ジェネシスの第1印象はあまり良いものではなかった。しかし、その最初の評価を大きく覆したのがこの「月影の騎士」であった。
 収録されている曲は長めのものが多い。まずは聞き応えがある。曲が良く、演奏も高度なテクニックを示し素晴らしいことに加えて、全体に漂うお伽噺を語っているようなファンタジー性、演劇性、そしてシニカルなユーモア性が何とも不思議な雰囲気を醸し出しているアルバムだ。そもそも、「イングランドを1ポンド当たりいくらで売って」という言葉をアルバムタイトルにしているのだから。
 1曲目、いきなりピーターの歌で始まる「月影の騎士」。アルバムタイトルはこの曲の中の一節に含まれる。まるで物語を聞いているようだ。中間のギター・ソロ。ここでスティーブ・ハケットはライトハンド奏法を駆使しているが、ヴァン・ヘイレンよりも前にそれを行っていたと自負していたはず。この曲のエンディングの静かで幻想的雰囲気が私は好きで、この曲から私自身のジェネシスの再評価が始まった。
 2曲目「自分の好きなことは自分で知ってるさ」は、とてもポップでわかりやすい。アルバムジャケットのイラストと連動している曲で、ジェネシスにおいてこのようなポップ性はここで初めて聞けるのではないか。後年にわたって人気ある曲となる。
 3曲目「第五の入り江」これぞプログレの神髄、大曲を思わせるピアノのイントロ、分かり易いメロディー、カッコいいシンセ・ソロ、鳴きのギターと予定調和的盛り上がり。プログレの全てのエッセンスが盛り込まれている。これは、プログレ大好き少年少女がすべてコピーしたがる名曲だ。(実際私のバンドも何度も気持ちよく演奏したものだ。)
 8曲目「シネマショウ」これまたプログレ好きを熱狂させる名曲。前半は何と言っても12弦ギターが美しい。彼らは79年初来日時にもこの曲を演奏したが、某音楽雑誌でギターのチューニングが紹介されていた。完全に変則。それも主弦と副弦の音を変えていたりする。だからコピーもままならなかったのだ。前半のピーターによる幻想夜話的歌に続いて、後半は変則拍子によるシンセ・ソロ。レコーディングという短期間の時間によくぞこうした名フレーズを作り上げてしまうものだ。
 間髪入れずに最終曲「エイル・オブ・プレンティ」で1曲目のフレーズが繰り返される。ジャケットに描かれている横になった老人の夢の世界であったのか、お伽噺は永遠に続くかのように。
 約50分以上にわたるイングランド販売会の世界。従来のアルバムより演奏部分の比重がかなり増えている。それまでステージではピーターの後ろに座って黙々と演奏していた4人のメンバーが、プレイヤーとしての主張を出し始めたのかもしれない。もっともピーター自身もフルートを吹くプレイヤーではあるのだが。
 私はこのアルバムによってジェネシスの虜になり、何よりもゲイブリエルの声が好きになり、過去のアルバムを聞き返すようになった。そして12弦ギターに対する特別な思いも。4曲目にフィル・コリンズがメインで歌っている。それまでも結構歌ってきたはずなのにここでは何だかヘタウマ。それが後のフロントマンになるとは。そんなことを感じさせるアルバムでもある。
 日本初リリースのアナログ盤はジャケット裏面に解説と歌詞が印刷された日本独自のもの(写真左)。イギリス・オリジナル盤もシングルジャケットのシンプルな作り(写真右)。2曲目と連動したイラストが素晴らしい。