大晦日の感傷

2024年12月31日 | 雑感 -
くまなく埃を落とした我が部屋は、閑散としている。
床はフローリングだけで、冬は寒さが厳しい。

また、一年の区切りをつける大晦日がやってきた。
隣国の航空機事故と大統領逮捕というニュースに
気分はずっしりと落ちているが、この身には何事もなく
年越しできることが有難いとは感じている。

将来を慮ると、すごい巨大な不安が押し寄せてくるので
私は考えないようにしている。
年末のご挨拶で毎年声を聴く懐かしのメンバーも
似たような考えを持っているらしい。


時間の経過は、その人自身や、影響を与える家族に
変化をもたらしてしまうから、去年と同じ状況で
年越しをすることは難しい。
玄関先でお会いする毎年の来訪者も、大きな変化を抱え、
それを伝えてくださった。
タイミングを逸した我が判断を後悔しつつ、それでも、
仕方がないと再び諦め、自分を鼓舞する大晦日。
成長がないのか、安定してきたのか、
そんなことを感じながら、正月飾りを用意している。


何も考えず、先の不安にも惑うことなく、
フラットな気分で生きていければよいのに・・・
そんなことを感じながら、とりあえず、これから
寿司を買いに行く・・・
いざ、夕食は寿司だ。今年も寿司だ。

ー明日も天気ならー

2024年10月12日 | 雑感 -
定期的に見に行くブログが幾つかある。
その一つが、もう数十年にわたって訪問中で、
ブログの主様は80歳を超えている。
年に何度か手紙を書き、年に一度だけお互いに
プレゼントを交換し合う関係だ。

ずっと気になる存在。

  紫陽花の剪定をした。
  明日も天気なら、今日の残りを。


この何気ない文章を、
私は「明日も元気なら」と読み間違えてしまった。

ずっと健康が気になる人だから、だろうか。
まるで親の介護をしていた頃みたいに
ヒヤッと冷や汗が・・・。


いや、ちがうなあ。

私自身が感じていることだ。
自分自身に対して。

 明日も元気なら

明日も元気なら、明日は〇〇をしよう。


ベッドに入って、一日をふりかえるとき、
私は翌日の服を決めて、壁にかけておく。
そして、スケジュールをチェックし、
朝早い特急に乗り遅れないように
目覚まし時計の時間を確認する。
だから、おそらく、
こういう思考が、反射的に発動したのかな。

2024年の幕開けに…

2024年01月02日 | 雑感 -
なんと言葉をつむいだらよいのだろう・・・。

  被害を受けられた方々には、
  心よりお見舞いを申し上げます。
  一日も早い被災地の復旧を願います。


2024年1月1日、
お世話になった方にメッセージを送り、
長風呂に入った後に、能登半島地震が起こった。

急に心と身体が凍り付いた。

あらゆる人々が抱えている多くの予定が変わり、
生活に影響が出てしまった。
日本人は再び「被災地」という言葉を使い、
人命の大切さを叫ぶ日々となった。


今日は、被災地に物資を運んでいた海軍航空機と
日本航空が接触した可能性のため、羽田空港では
火災が発生してしまった。

日本人は、いろいろとゲンを担いだり、
慣習を守ったりあるいは気にしたりする傾向があり、
年の初めの出来事に「今年の運勢」を気にする人も
あるのではないかと思う。

人々が休息する元旦に自然災害が起こり、
その翌日には珍しい航空機事故からの火災発生と
・・・連日続いた出来事に身が震えてしまった。



日本は、地震大国だから、
日頃からの準備が必要ではあるし、
気をつけておかなければならないことも多い。

もし、我が家に火災が起こったら??
そんなことを想像したら、ものすごく怖くなった。
現金は燃えてなくなるし、持っている荷物も
分散していれば荷造りにも時間がかかるし、
当然何も手にせず、逃げることになってしまう・・・。

年の初めから、考えさせられている。

SNSの発信によって命が助かった方も多く、
あらゆる手段によって個々に命を守ったことは
私たちにとっても参考になることだと思う。
南海トラフや首都直下型地震など、
頭を悩ませることは今後も続くことだろうから。

しかし、率直なことを言ってしまえば、
2024年の幕開けが衝撃すぎて・・・
まだ現実的に心が追い付いていけていない。

気持ちがいい「衝動買い」

2023年12月27日 | 雑感 -
衝動買い をしてしまった。
それも、電化製品みたいなものを ふたつ も!

これは、笑うしかない

友人の試験合格の祝勝会のような夕食会だったから、
気分も上々で・・・つい気持ちが大きくなったのかもしれない。
私が雑談で「欲しいな」って話したところ、友人が興味を抱き、
「そうだよね!」と通信販売でポチリと購入した。

気が付いたら、友人もマネをするかのようにポチリ
それに手間取ってスマホを片手に時間がかかっている間に、
私は・・・追加で別商品をまたまたポチリ!!



  今年はちゃんと
  ボーナスが
  振り込まれているだろうか(笑)

「必要なもの」とは

2023年04月01日 | 雑感 -
部屋を見渡し、不要な小物を感じたとき、
それらが安易に購入した安価なものであることに気づく。
必要ないとはいえないまでも、予備で購入したもの等。
 髪をむすぶゴム、メモ書きの付箋、
 鍋敷き、台所用品、石鹸等など。

そして、
いつか使うかもしれないとか、
いつか必要になるかもしれない等と感じたものもー。
  手紙や冊子、情報誌、籐の籠、
  ポットや鍋、コップにカバン、、、。
でも、何年も使っていない。


「必要なもの」って
何なんだろう?


「必要なもの」と「必要ではないもの」、
 その違いとは??


毎年のことだなあ、こういうことで悩むのは。
「いつか・・・」って、いつのことだろう・・・と。
そう感じながら、一年一年を過ごしている。

そんな馬鹿な話をしたら、
「そうそう、そうなのよ」と
多くの友が同意見を投げかけてくれる。

そうなんだよね。

あとは、行動するだけ なんだろうか。

また、久しぶりに感じた年度変わりの初日。




イライラする気分

2022年10月13日 | 雑感 -
誰にでもある「イライラ」。
自分でコントロールできるときもあれば、
辛い・悲しい・悔しいという気分がツラツラと・・・
頭の中を巡りめぐって忘れられなくて
気分転換もままならない時がある。

私の場合は、友達と無駄話をしたり、
美味しいものを食べに行ったりして
ただ「意味のない会話」に助けられていた。

それが・・・この数年は新型コロナウイルスのため、
(とにかく我慢することが増えてしまったので)
自分の「どうしようもない」という気分を処理できず、
翌日を迎える日々。

運動不足やストレスの多さも重なって
健康的な生活とは言いがたい。

誰にでもあるイライラ感だけど、
付き合い方が変わってきた。
社会の仕組みも、ニューノーマルとやらも絡み、
生きにくい生活だ。



今日も、「また再び」だ・・・。

どうして、こんな初歩的な凡ミスに振り回され、
待たされた挙句に、(立場的には全く違うのに)
自分が耐え忍ばなければならないのか。

昨今は、そういう機会が増えすぎた。



 リンゴはおいしい季節になった


ある程度のあきらめは必要だが、
正直に言ってしまえば、あきらめるのがシンドイ。
感情の起伏を受け入れるのが負担だから、
自分が傷つかないような制御機能が働くけれど、
あきらめたくないのがホンネなんだろう。

自分の心もキャッチできなくなったら、
切なくてたまらないので、とにかく、
元気をだしていくしかない・・・。

自分をだますかのように、わが感情と向き合い、
たいへんな不快指数のイライラ感を・・・まるで
なかったかのように暗示をかけてしまう方法。
何度も何度も繰り返して使える手立てではない。
あぁ~、大変な世の中になってしまったよ。

経済も人間も常識も、すべてが変わりつつある。

「 御 霊 」

2022年08月12日 | 雑感 -

今年もお盆がやってきた。
祖先の霊を祀る行事があり、菩提寺の棚経があるため、
部屋の清掃や仏壇のお供えに時間をとられていた。

お盆は、日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した行事らしいが、
やはり身の引き締まる時期である。

親を亡くし、実家の宗派の教えに則って
毎年慎ましやかに準備をし続けて数十年が経ってしまった。
「早いものだなあ」と感じる。

新盆の際には・・・
「私が焦がれた御霊が本当に帰ってくるのだろうか」と
そう思いながら、眠れない夜を過ごした経験が
昨日のことのように思い出される。
生々しい記憶だ。


今年は、父の十七回忌(平成18年4月14日)であり、
母の二十五回忌(平成10年8月16日)でもある。

無事に帰ってこれるように一晩中灯りを消さず、
朝をむかえても、焦がれた御霊を確認することはできず、
毎年いつもどおりの私の時間を過ごす。
お盆だからと言って何も変わらない。
ただ、いつもよりもたくさんご先祖様のことを考え、
身近に感じているだけのこと・・・。

それでも、お盆だからこその行為もあり、
こういう行事を借りて、
怠慢な自分の日常をふりかえることもできるわけだ。



御霊はもう私自身の中に入り込んでいるから、
わざわざお盆にお帰りいただかなくてもいいんだけれど、
そういう行事だから、そういう慣習にさからわず、
この日を過ごしている。

お供えやお寺へのお布施もまた、
一連の行事のひとつ・・・。

私自身は無宗教だけれども、祖先の供養は必要なわけで
形態は変われども確立された風習に従うのみだ。
いつもどおり、御霊と一緒に・・・。


「暑いぞ!」の週末

2022年07月02日 | 雑感 -
ああ~ぁ

暑いし、辛いし、切ないぞ。

週末になると嬉しいし、
このところ大変だったから、昨日も
「週末はゆっくりと休んでくださいね」と
優しい言葉をかけてもらえたのに・・・
こんなに暑いと 萎える

冷房をしないと熱中症になるし、
コロナ以降未経験のサウナのごとく
節電のため(今日は)バスダブに冷水をためた。
水風呂に入ると、30分ぐらいは
身体が落ち着く感じだ。





  子供の頃、父が何度も汗をかくから
  手洗いで下着を洗っていた姿を
  それとなく思い出した。
  一日に何度もシャツを洗っていた(笑)。
  仕事やその他の出来事で頭がいっぱいのときは
  全く思い出さないのに・・・。
  お盆が近いからかな。
  ふっと思い出したよ。



心の奥にひっかかっていることは、
ひとつひとつ実現(解決)できるように
努力を重ねていこう。

それを否定されたり拒否されても、
私自身の柱がゆるがなければ問題はない。



年度末の慌ただしさ

2022年03月31日 | 雑感 -


また三月が終わり、新しい年度が始まる。

毎年同じように年度を超えているが、
感情は変わらず大忙しだったのに、
どうして記さなかったのかと言えば
ただ「気力がなかった」からだ。


手帳の間に入っていたメモを見つけた。
とりあえず、それを、そのままに、
書き写しておくこととする。


= = = = =

ずるい人ほど、きれいごとを言う。
ずるい人との人間関係に信頼関係はない。
会社にいる目的がない人は、どうしても
ずるくなると感じる。
そこにいるのが好きではないのだろう。
彼らは、ただ単に「いる場所」がないから
いるだけなんだと思う。


= = = = =

燃え尽きた人の人間関係は歪んでいる。
燃え尽きてしまった私が悪いのだろう。

= = = = =

不幸の原因は、劣等感と淋しさである。

= = = = =

問題が起きたら、逃げない。
その生き方を積み重ねて
幸せになろう。

= = = = =

辛いことをしっかりと受け留めて
生きてさえいれば、
最後には必ず大きなものが残るはずだ。
考え方の違いで、人生の質は変わるのだ。


= = = = =

その時に、楽な方法を選ぶことが
果たして良いのか、どうなのか・・・
その場、その場で、楽な方向へ歩むのは
どうなのだろう。


= = = = =

いつ書きなぐったのかは覚えていない。
どのようなことが要因かもわからず、
ただ「暗い言葉だ」と思ってしまった。

この数年、私は、本当に疲れていた。
だから、いつ書いてもおかしくはないとも思う。

そろそろ楽しさを感じる機会を増やし、
以前のようにポジティブな姿勢を取り戻したい。

4月からが、新しい年度の「新しいスタート」であれば、
私自身も「小さなスタートをきろう」、
ひそかなリスタートの始まりだ」という
気分で明日を迎えたい。


明日が無事に終わりますように

2022年03月13日 | 雑感 -
久しぶりに雑感を記す。

新型コロナが世界を覆いつくし、閉塞感に包まれ、
苦しみや辛さと向き合う日々が続いた。

誰もが大変な時間を、ずっと過ごしてきた。
もう少しで・・・という気持ちを抱きつつ、
同時に「またか」と感じさせられる出来事が重なり、
ただ坦々と時間だけが過ぎた。


3月11日午後に、職場で黙とうをささげた。
昨日(3/12)はお墓参りに出向いた。
毎日のように新聞が世界の紛争を報じ、
人々の「命」を感じないわけにはいかない。


腹の底から笑える人が、
どれぐらいいるのだろう。


今・・・ 私は、いくらばかりか疲れている。
そして、人々ひとりひとりに課せられる「定め」に
不安も感じている。
なぜならば、ふり幅の大きな私の人生に呆れ、
それによって感謝をする感情を持て余しているからだ。

いつの時も劇的に展開する私の生活は、
当たり外れが半端ない。
だから貴重な経験ができるが、それとともに
「こころ」をすり減らしてしまう。



明日のスケジュールだけを慎重に検討し、
ナチュラルに遂行することだけに集中する日々。
無理をせず、ただ「ありのままの自分で・・・」。
そんな変わらないことを、今も変わらず
言い聞かせている。

明日が無事に終わりますように
ただ、それだけの繰り返し・・・。

「私に幸あれ!!」



「とにかく、元気を出しておくれ、自分!!」

今日は、そんな自分へのエールを残しておく。


季節のうつろいと共に

2018年11月21日 | 雑感 -
ブログから遠ざかっていると
「生きているのかぁ~い?」
言われます。

ほとんどの人は顔も知らない相手ばかりですが、
少人数は私を知っている人もいるから・・・。

ちゃんと息している と言いたいです。


今年も、紅葉がきれいな季節になり、
風景写真を撮ったりしながら、
日々の鬱憤を はらしております。



自分の生き方に正解はないから、
まずは 「 自分の行動に責任を持つ 」 ということを
繰り返ししています。

人は、都合がいいことだけを
正しいことだと思い込む習性があるようなので
時々「ゆがんだ思考」や「ねじれた人間関係」の
受容と修復に かなりの時間を割かれています。
私の職場は、いつも問題を抱えていますから!





ずっと、ずっと、
同じことを繰り返してきているように感じますが、
与えられた試練や経験は、自分にとっての糧として
折り合いをつけながら頑張っていくしかありません。

これまでも、苦しいと感じた状況や課題を
その都度 克服してきた経験(実績と言いたい)が
私にはあります。
それは、私の人生の財産ですから、
常に私の背中を押してくれるのです。



自信を無くしたら、取り戻せばいい。

覇気がなければ、
笑顔をキープする努力をすればいい。




頑張るなと言われても、
私は頑張る人のようですから、
それも受け容れてあげて
私を褒めてあげたいです。
誰もここまで他人のために行動できる人は
そんなにはいないと思いますから・・・。

まだまだ「やるべきことがある」のだと
鼓舞しながら、今年もおさめられるよう
気分をコントロールしていきたいと思っています。




梅雨が来る前に

2018年05月21日 | 雑感 -
年齢なんて関係ない 」 なんて
言いながら、 実は
関係していることが多い。

そんな中で、
イチローや フェデラーの活躍は、
勇気をもらえる。






毎日、一日ずつ歳を重ねている。

私たちは、老いとは言わず、
経験として言葉を濁したりもする。


仕事現場では、相変わらず、
不当な現状が続いているために、
私の気分が キラキラと輝くことはない。

けれど、
たくさんの要素があって
私たちの生活は成り立っている。

自己責任と自由意思によって
自分の生活や人生はつくられているから、
他に頼るものなどないのだ。


自然に・・・
悲しければ泣けばいい。
嬉しければ笑えばいい。
それでいいんだと思う。






華やかな 「 ツツジ 」

2018年04月28日 | 雑感 -

綺麗に 咲きました。

母が好きで、母が植えた 「ツツジ 」が
満開です。







意図があって 紅白を植えたのでしょう。


私は今、花と たわむれる生活です。





切り開く前に 割り切ること

2018年03月30日 | 雑感 -



苦しいこと、悲しいこと、

割り切っていかないと・・・

私自身が だめになる。





どのあたりで 割り切るのか・・・

それが問題だ。

桜の花びらが散るように
切り捨てるべきものについては
固執しない方がいいと思う。






暗闇の中では

2018年03月19日 | 雑感 -

真夜中は暗い。
暗いと不安になるから、
寝ている時だけは灯りが欲しい。

だから、
毎晩この灯りをともしている。




ほんのり と言うよりも、
しっかりと明るさを示してくれ、
同時に
安心感与えてくれる。



約20年間、毎晩、毎晩、
我が寝室を 明るくしてくれている。




いちども壊れたことがない。
優良スタンドだ。

感謝!