伝わってしまう存在感

2016年01月17日 | 雑感 -
人の存在感というのは、伝わるものである。

大河ドラマを鑑賞後に、「 武田信玄の亡霊役が誰なのか 」 が
どうしても気になってキャストを調べてみると・・・
「 林 邦史朗 」 - その人だった。

    「 なるほど 」 と 唸りの声がひとつ・・・。


昨年10月没していたという事実もまた驚愕で、
言葉が見つからない。

人の器の大きさ、度量、圧のある存在感、
立ち姿の “ 佇まい ” から感じ取れる多くのことが、
声に出さずとも、顔が見えなくとも、
目力だけで しっかりと感じ取れた。

あれは、演技とかではなく、
まさに 「 気 」 のようなものではないだろうか。


   


余計なことは口に出さず、
どこまでも己の信念とともに、
「 ありのままの自分自身でいられたら良いのに 」 と 思う。

経ていく年月が、育んでくれるものが確実にあるからこそ、
それを信じて生きていければいいのに ・・・
と そう感じた。



21年目の 「 あの日 」

2016年01月17日 | 出来事 -
阪神・淡路大震災の発生から、ちょうど 21年
数日前から 今日のことを 意識していたが、 ( 偶然にも )
まさしく地震が起こった早朝に目覚めた今日は・・・
久しく身にまとっていなかった黒のスーツで外出する予定だった。
昨夜、ワードローブから黒服を出しながら、
「 なんという偶然だろうか 」 と、しみじみ感じていた。


多くの建物が倒壊したことは、その後の建築基準を変えることに
結びついたと聞いたが・・・
「 それだけ、あっけなく建物が崩れてしまったのか 」 と吃驚する。


知人から聞いた被害状況と、その後の暮らし・・・。
いろいろなエピソードが 思い出される。



私自身にも、忘れられない過去の想いがある。

地震大国ニッポンだからこそ、忘れてはいけない多くの教訓が残され、
今・現在 にも つながっている。



今日、私は 「 コミュニケーション 」 という言葉を何度も使いながら、
「 自問自答 」 ということを 何度も繰り返していた。
それが、まさに、21年目の今日 ・・・ 私の1月17日だった。

一年後の今日を、私自身は どのような感慨によって過ごすのだろう。