5:30スタート~16:00ゴール30分)〈61542歩〉
◎地図の読み間違いで、損失感の大きな1日
39番延光寺から38番金剛福寺へのルートは6コースもある。最短距離でも50km以上あり、1日では無理である。
しかし、前回と同じ一番距離の長い大月町の大月遍路道を通ると決めていた。
その1番の理由は、前回と同じ民宿叶崎に泊まりたかったからだ。
実は、前回日曜日で郵便局で引き出すことが出来ず、5000円しかなかった。食べるものも持っていない。そのことを正直に話すと、4000円で夕食と翌日の朝食弁当をサービスしてくれた。そのお礼がしたかったからだ。
さらなる理由は、珍しく前回の印象が強かったこと、古来からの本当の遍路道であること、それを探しだして整備保存活動をしている大月へんろ道保存会の活動と海の展望が非常に良かったことなどである。
前回の記憶では、宿毛市街地まで戻ることは、頭の片隅にあったが、昨日のコース確認では、延光寺の先へ進み、三原村から別れる一番西側のルートと大月町のコースは繋がっていた。そっちからのコースもあるんだと思った。
ところが、そのコースを3時間ほど進み、その後のコースを地図で確認したら、予定のコースには繋がっていないことが判明。
いろいろなコースがあるために、地図があちこちに分散掲載されていて、接続部分が良く解らなかったことはあるが、あくまでも自分のミスである。
結局、戻るわけにもいかず、途中から明日の38番金剛福寺への最短距離となる648mの峠越えのコースを取った。このコースは、歩き遍路のコースではなく、主に車遍路のコースらしい。峠越えでは、何も見所がなく、損失感の大きな歩きだった。
唯一のメリットは、今日のゴールが、予定より20kmほど先だったことである。
◎結果的に、考えてもいなかった648mの峠越え
今日は40km超えの予定だったので、ブログのコメントへの返信も入れずに、ヘッドランプの必要のなくなる5:30に宿を出た。
ところが、10分ほど歩いた所で金剛杖を忘れたことに気付き、慌てて戻る。ここからすでに狂っていた。
昨夜来の勘違いのまま、三原村の分岐を目指す。
霧の立ち込めた中筋川ダムを眺めながら進む。
2時間ほどで、三原村へ入る。
7:50、4コースもの分岐となっている三原村市街地に到着。予定通り一番西側のコースを進む。
昨日松尾峠で目にしたピンク色のツツジの群生に感動。
さらに6kmほど進んだ地点でその先のコース確認で、間違いに気付く。
直ぐに民宿叶崎に状況を話し、キャンセルの電話を入れる。14年前のことを話し、どうしても泊まりたかった訳を話し、改めてお礼を言って理解していただいた。
どうせ間違いついでに、そのコースより短距離で土佐清水市街地に近づく隣のコースにワープした。
9:20、そのコースの登り口のある皆尾の集落で、おにぎり弁当の朝食を食べた。
すでにサクラは八重桜がメインになっていた。
10:00、登り口となっているタキ山橋に遍路関係の標識があった。それを見ると、歩き遍路の道でもあるようだ。
その時点で、その先の峠越えのピークが648mもあることに気付く。向かう先に越えなければならない稜線が見える。ちなみに、ワープしなければ250mの峠越えで済んだ。
いまさらどうしようもない。舗装された車道だが、標高差500m、ピークまでの距離6.4km。
登坂になると喜ぶ脚に期待して、ピッチを上げる。
11:25、自分でも驚く平地を歩くペース並みに、1時間25分で登りきってしまった。そこから土佐清水市に入る。
◎長い下りの末に国道に出て、土佐清水市市街地の宿にゴール
三原村の最終集落から3時間で、土佐清水市の上野の集落に出る。
すでに田植えを終えた田んぼで、苗の補植をしていた。
本日の地図上で唯一点線の歩き遍路専用道を進む。しかし、歩き遍路の標識はなかった。
14:10、益野で、明日歩いてくるはずだった国道321号に出た。この時点で16時には土佐清水市街地に入れるメドが付いたので、民宿に予約の電話を入れた。
国道から眺める高知の海。明日の金剛福寺のある足摺岬は奥の岬。
ジョン万次郎は、ここ土佐清水市の出身だった。早く宿に着きたいのでパス。
ゴール2kmほど手前から土佐清水市街地を眺める。
予定通り、16:00ぴったりに民宿はやかわに到着。
素泊まり4000円。食事を頼むと、またカツオの刺身かタタキが出てくるはずだ。はっきり言って大味であまり好きでない。昨日も無理して食べた。
すぐ近くの中華料理店で、炒飯と豚肉の炒め物を食べた(1130円)。近くに食堂やコンビニがあるときは、この方が安上がりである。