Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

『戦争と一人の女』

2013-01-24 | Weblog
井上淳一監督の『戦争と一人の女』、昨年の試写を逃したので、ようやく観る。寺脇研氏が企画プロデュースを手がけたことも話題になっている。坂口安吾の原作『戦争と一人の女』『続戦争と一人の女』は短く、人物との距離感が小説らしくなく、長めのプロットといってもいい。言葉じたいに「名台詞」ともいえる蘊蓄と個性があり、それはほとんど映画の中で活かされている。ただこれだけでは映画としての運びが足りない。そこで終戦直後に世を震撼させた小平義雄という犯罪者がモデルになっているという、中国戦線で片腕を失い帰還した「大平」という男が登場する。脚色は荒井晴彦・中野太。もとの安吾の言葉自体がいかにも荒井イズムに感じられるものが多く、そこも面白いのだが、この「大平」のエピソードで、原作が対比・批評されていく。こうした原作と映画の関係は、シナリオや戯曲を勉強している者にとってわかりやすい「脚色」の例となっている。どんなにプロット的にみえる小説でもそのまま起こしたのでは劇にはならないのだ。「大平」を演じる村上淳さんは拙作『現代能楽集 鵺』で四年前ご一緒しているが、最近は映画の話題作に立て続けに出演している。やはり抑制の効いた永瀬正敏との男二人の対比が面白い。江口のりこの女は、文語的な台詞に苦労している感じはあるが、『野田ともうします』で実証済みのとぼけたおかしみと、生々しい女の実在が、共存している。柄本明氏は今回は声にこだわっている。スタッフに若松孝二監督の弟子筋が多いということだが、「戦時下の性」を描くという意味では、確かに若松孝二的と言えなくもない。「大平」の犯罪が『新日本暴行暗黒史・復讐鬼』を想起させたり、時代に背を向けて性に耽溺するという意味では若松プロデュース『愛のコリーダ』を連想させるとはいえるだろうからだ。井上脚本の『アジアの純真』が『ゆけゆけ二度目の処女』はじめパートカラー時代の若松作品を想起させたがロジックでの破壊力に欠けていたのを思うと、『戦争と一人の女』は、ぐっと駒を進めている。「大平」に台詞で天皇批判させるのを、もったいないと思うか、「らしい」と思うかで、印象は違うはずだし、フェミニズム的には批判も出てくるかもしれないとか、いろんな感想もあるが、とにかく現場の空気は悪くなさそうで、熱意とこだわり、映画ならではの若々しさが、確実に伝わってくる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする