三連休最終日。
かーたんが水曜から内視鏡検査のため入院するので、入院生活に必要な細々したものと、今晩のおかずを買いに三軒茶屋まで出かけた。
途中、太子堂の茶沢通りに面したダイニングバーで、ハッピーアワー、一杯300円也というのをやっていた。まだ午後の1時過ぎであるが、これは心が動いた。かーたんにそれとなく促すが、こういうことは決してかーたんは許さないことを知っている。案の定、今回も許可が出なかった。
その代わりと言ってはなんだが、一通り買い物を済ませた西友でお酒を買って、爛春の昼下がり、 一杯やりたくなった。気を遣いつつかーたんにほのめかすが、それと察していい顔をしない。しかし、この度は、粘り勝ちで、かーたんから、やっと勅許が下りた。
さて、ただのビールというのは芸がない。銀河高原麦酒製”ペール・エール”、350ml缶260円也というのが目についた。いささか高額である。 しかし、かーたんの顔色を窺いつつ、なんとか2缶、ショッピングカートに入れた。
なぜ、今日、エールを飲まなければならないかについては、あまり必然性がない。 ただ、強いて理由を挙げれば、先週の19日土曜日が聖パトリックの日であったことである。聖パトリックはアイルランドの守護聖人だ。そのアイルランドの国民酒ともいえるエールを飲むのは、無理やりのこじつけとすればそうだが、しかし、そう不自然な事とは言えまい。
エールも都内にアイリッシュパブが増えて、そう難しい飲み物でもなくなった。まあ、ビールの一種で酒税法でも「ビール」に分類されている。
しかし、昔は「エール」と言われてもなんのことかわからないのが普通だったのではないだろうか?
初めて「エール」なる言葉を目にしたのは、チャールズ・ディッケンズの『デヴィッド・カッパーフィールド』を読んだ時である。作中、 継父マードストンから、田舎の寄宿学校へ厄介払いされたデヴィッドが、目的地への旅の途中、泊まった旅籠で、山のような”エール”とプディングを出され、それをまんまと給仕に言いくるめられ、すべて飲み食いされてしまう箇所がある。それを読んだとき、「エール」とはどんな飲み物であるか?と興味を持ったものだ。その後大分経ってから、『HUB』かどこかで実物を飲んで、成程、こういうものか、と納得したものである。プディングに関してはこれを読んだ当時、カスタード・プリンのようなものかと想像していたが、未だに実物を食ったことがない。
カフカは「自分はデヴィッド・カッパーフィールドである」と断章の中に書いている。不条理の中に孤立する作中の主人公と自らを重ね合わせたものであろう。
サマセット・モームの小説に『お菓子と麦酒("エール”)』という中編がある。『お菓子と麦酒(”ビール”)』と称している訳もあるが、「エール」が正しい。これは、題名を知っているだけで読んだことはないが、エールというものに興味を持ったもう一つのきっかけである。
さて、春陽の差すリビングで、エールを飲む。2缶飲むとさすがにアルコールが回ってくる。
テーブルの対面では、久しぶりの休日が取れたエルさんが夢中になって好きな漫画を描いている。この子にも早く春が巡ってこないだろうか?嘆息。
暖かし昼の巷の歩み軽し 素閑
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます