(ものが何も考えられへんようになってしまってました)という糸子のつぶやき。これは奈津にも通じていて、おそらく戦時中の多くの人たちが感じていたことなのかもしてません。そんな中での勝の戦死が伝えられる。実話を元にしているドラマだけに、悲しみがいっそうましてきます。
昭和20年(1945)3月14日。岸和田には焼夷弾は落ちませんでした。「お父ちゃん、また会えたな。」と位牌と遺影をいつでも持ち出せるようにする糸子。
家族の疎開先をさがし、山中町の山奥へ。ムカデが出ると聞いた糸子は、「そら黙っときますわ。」ハル、千代、優子、直子、聡子の5人が疎開。家主の畑仕事を手伝って野菜を分けてもらいます。
ハルは「うちは、いやや。うちはこの家で死ぬ。」舌打ちする糸子。「年寄りの寝言なんぞ聞いてられません。」
昭和20年6月。警戒警報が日増しに増えてきます。
《今回のオモロー》
梅雨になり、疎開先で、優子と直子が雨漏りの雫を目でおっているところ。
ムカデに刺された千代は、「そこの川に蛍がおるんやて。楽しみやな。」ハルは「ムカデに殺されてしまうで。」
奈津は泥棒して逃げています。そこで出会った兵隊と・・・。奈津はどこまで落ちていってしまうのでしょう。
昭和20年7月。(警報は朝からひっきりなしで、なけなしの食べ物を運び、食べてへんし、寝てへんし、なんやもう、ものが考えられへんようになってました。)
勝の戦死公報が届きます。
昭和20年(1945)3月14日。岸和田には焼夷弾は落ちませんでした。「お父ちゃん、また会えたな。」と位牌と遺影をいつでも持ち出せるようにする糸子。
家族の疎開先をさがし、山中町の山奥へ。ムカデが出ると聞いた糸子は、「そら黙っときますわ。」ハル、千代、優子、直子、聡子の5人が疎開。家主の畑仕事を手伝って野菜を分けてもらいます。
ハルは「うちは、いやや。うちはこの家で死ぬ。」舌打ちする糸子。「年寄りの寝言なんぞ聞いてられません。」
昭和20年6月。警戒警報が日増しに増えてきます。
《今回のオモロー》
梅雨になり、疎開先で、優子と直子が雨漏りの雫を目でおっているところ。
ムカデに刺された千代は、「そこの川に蛍がおるんやて。楽しみやな。」ハルは「ムカデに殺されてしまうで。」
奈津は泥棒して逃げています。そこで出会った兵隊と・・・。奈津はどこまで落ちていってしまうのでしょう。
昭和20年7月。(警報は朝からひっきりなしで、なけなしの食べ物を運び、食べてへんし、寝てへんし、なんやもう、ものが考えられへんようになってました。)
勝の戦死公報が届きます。
僕もそう思いました。過去よりも現在そして未来が大事です
>戦争まっただ中、それでも笑いの要素をいれてくるこのドラマ、さすがです。
これもまた同感です
そして第74回。
>舌打ちする糸子。「年寄りの寝言なんぞ聞いてられません。」
これまた糸子らしいです
>家主の畑仕事を手伝って野菜を分けてもらいます。
やりますね~
>勝の戦死公報が届きます。
とうとうその日が来ました・・・・
それにしても、糸子のたくましさが光ります。一番大事な物をわかっていますよね。
多くいる家族や雇い人の人たちのために、食料調達。自分自身は、あまり食べていなかったのでしょう。
で、勝の戦死公報。
糸子なら、どんな困難も切り抜けていけそうではありますが。