散歩絵 : spazierbilder

記憶箱の中身

謎の祭壇画

2005-08-03 12:09:04 | 美術関係
「ゲントの祭壇画」と言えば、知る人は直ちに聖バーフ大聖堂にあるファン・エイク兄弟の祭壇画を指す。油絵技法の大成者でもあるファン・エイク兄弟の、1432年に完成されたこの有名な祭壇画は15世紀フランドル派絵画全盛の頂点と言える傑作だ。
閉じられた祭壇画の上段は預言者ザカリア、ミシャ、巫女達が描かれ、中段は受胎告知の場面である。マリアの表情と仕草がとても良い。
(彼女の表情は、何で私が?と思っているかのように私には見えるけれど、まあ、そんなわけは無い)
背景に描かれているのはゲントの町並みだろうか?

下段にはこの祭壇画の寄贈者である豪商の夫婦に挟まれた洗礼者ヨハネと福音者ヨハネが描かれている。
そして 祭壇を開くと上段の中央に聖父、そしてその左右に聖母マリアと洗礼者ヨハネが控えており、更にその脇には、歌い奏でる天使達、アダムとイヴがあしらわれている。 下段は左に”正義の裁き人”右に”顕職者、巡礼者たち”そして中央はかの有名な"神秘の聖なる子羊”が神々しく据えられている。胸から流れる血を受けている金の杯は”聖杯”に違いない。

”その後、私は見た。見よ。あらゆる国民、部族、民族、国語農地から、誰にも数え切れぬほどの大勢の群衆が、白い衣を着、棕櫚の枝を持って、御座と子羊の間に立っていた。
「救いは、御座にある私達の神にあり、子羊にある。」 御使いたちは皆、御座と長老達と四つの生き物との周りに立っていたが、彼らも御座の前にひれ伏し。神を拝して言った。「アーメン。賛美と栄光と知恵と感謝と誉れと力と勢いが、永遠に私達の神にあるように。アーメン」 - 黙示録7章9-12より



中央に配された命の水の泉と神秘の子羊の回りには、様々な人々ばかりか、色々な異国情緒のあふれる植物があしらわれていて、これらの植物=薬草、香草もシンボル性を持っているそうだ。つぶさに眺めると実にたくさんの植物が見えてくるので楽しくなる。(この祭壇画に描かれたシンボルとしての植物についての文献を見つけたので、早速本屋に飛んでいって注文しようとしたが、残念ながら絶版になっており、2年ほどしたら再版される可能性があるから、その頃又捜せと言う。気の長い話になってしまった。)
手前の人々の様子を眺めると画面左手に固まっている顕職者達が、どういうわけだか命の水の泉や子羊に背を向けている。何か意味がありそうではないか?
兎に角この祭壇画にシンボルとして隠された多くの謎が今だ解き明かされていない。

1934年4月11日未明。”正義の裁き人”部分が盗まれるという事件が起こった。容疑者と思われる男が息を引き取る寸前に隠し場所を知っていると告白したが、この大きな絵を壊す事無く盗み出すには計画的な犯行だったとしか考えられない。いずれにせよ盗まれた部分は見つからぬままに今に至っているといういわく付である。現在はその部分は模写である。

この祭壇画の受難はそれだけではない。この絵の中に聖杯発見への鍵を見つけようとしたナチの特別部門-Ahnenerbe(血統遺産というような意味)はベルギー攻略後、絵を押収すべく直ちにゲントへ向ったが、既にそれはヴァチカンへ向けて運搬中であった。しかし途中困難に出会いフランス南西、アンリ4世の城に隠される事になる。その後フランス人捕虜7000人と交換せよと要求を通し、一時ナチの手に渡り、オーストリアの岩塩抗に保管されていたという話だ。
今になって聞けばなんとも映画の筋書きのようで心くすぐるエピソードの一つだ。冒険の匂いがする。

1990年には占い棒(二股の棒)を使っての捜査までもが行われ、某橋を一部外し、戦争記念碑を壊し、当時の警察署長がじきじきに教会のパイプオルガン下の床を捜索したとか、涙ぐましい努力は行われたのだという話もある。ユネスコ世界遺産指定のゲントの鐘楼に隠されているかもしれないとも言われていた。

ファン・エイク兄弟のこの祭壇画に何故俄然興味を持ち始めたかといえば、ことの始まりは隣町に住む小説家の作品を数日前から読み始めたのがきっかけだった。
彼の作品の今回のテーマはこのゲントの祭壇画にまつわる話なのだ。読んでいるうちに色々知りたくなって調べると、謎の泉のような絵なのだという事がわかってきたので、もう気が気ではない。読みかけの小説をほったらかして、あれこれ調べまくったという顛末。
私の手元にある本をめくるだけでもなかなか心楽しくなる素晴らしい祭壇画だが、近いうちにまた拝観して来ようと思っている。
兎に角謎という言葉が垣間見えれば私の心は早くも躍るというわけだ。

それまでに、とりあえず読みかけた小説を読み終わっておきたいものだけど、なかなか進まない。

Heinz Schmitz著 :Die falsche Hand