「さばきのアーティスト」久保利明の常識を超えた、と金使い vs深浦康市 2013年 A級順位戦

2019年03月24日 | 将棋・好手 妙手
 久保利明のさばきは、将棋界の至宝である。
 
 ということで、前回は「さばきのアーティスト」こと、久保利明九段の華麗なるイリュージョンを紹介したが(→こちら)、今回は少し毛色が違う妙手を。
 
 将棋の妙手のおもしろさに、
 
 
 「固定観念をくつがえされる快感」
 
 
 というのがある。
 
 将棋には様々な常識というか「そうすべきもの」という型があり、
 
 
 「居玉は避けよ」
 
 「玉の守りは金銀三枚」
 
 「攻めは飛角銀桂」
 
 
 など、主に格言となったりしているが、ときにそのを行くことこそが「正解」だったりして、その読みの深さや、柔軟さに感心させられるのだ。
 
 今回は、久保による「逆張り」の妙手を紹介したい。
 
 
 舞台は2013年A級順位戦
 
 相手はまたも、深浦康市九段である。
 
 後手番で、早石田にかまえた久保が、序盤で早くも戦端を開く。
 
 飛車交換から、お互い敵陣に打ちこんでねじりあいになり、むかえたのがこの局面。
 
 
 
 
 
 先手の深浦が▲23と、と寄ったところ。
 
 形勢は難しそうだが、後手玉は左右から挟み撃ちにされており、いかにも息苦しい形。
 
 攻め合うなら△28とだが、△38の地点には▲74からが利いていて、きびしい手かどうかは微妙。
 
 そもそも次△38と、と取った形がなんでもなく、その2手の間に一気に攻めこまれるかもしれない。
 
 後手としては、当然をうまく使いたいのだが、ここで久保が指した手が、まさに「逆を行く」好手だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 △19と、とこちらに使うのが、思いつかない、いや思いついても指せない手。
 
 通常、と金といえば
 
 
 「と金のおそはや」
 
 「53のと金に負けなし」
 
 
 など、できるだけ敵陣に迫ったり、できれば3段目にいると、威力を発揮する駒なのだ。
 
 それを、まったく反対の、おそらくはと金がもっとも働かない△19の地点に寄る。見たこともない発想だ。
 
 もっとも、指されてみれば、意味は納得できる。
 
 次、後手は△29竜と入るのが、▲23と金の両取り。
 
 を責められるのもさることながら、と金を払われると、後手玉が一気に安全になってしまうのが、先手の泣きどころ。
 
 攻防ともに、実にきびしい両取りで、指された深浦もおどろいたことだろう。
 
 両取りを食らってはたまらんと、その前に攻めつぶすべく▲33桂と打ち、△31金▲21と、とこちらはまさに「と金のおそはや」。
 
 「敵のをはがす」は攻めの基本だが、久保は待望の△29竜。
 
 しょうがない▲39桂に、軽く△21金と取って、▲同桂成△23竜と金を除去。
 
 
 
 
 
 これで後手の左辺が、相当になっている。
 
 ▲23にあったと金は、後手玉の脱出を防ぐ鬼看守だったが、つんのめって利きの少ない▲21成桂だけでは、いかにも頼りない。
 
 その意味からも、久保の△19と、という手が、いかに一目指しにくかったかが、よくわかろうというものだ。
 
 玉を△42から逃げられては、つかまらないから、深浦は▲31成桂とせまるが、久保はやはり軽く△34竜
 
 これに深浦は▲41金と打つことを余儀なくされ、これがなんとも重い手で、いかにも悲しい。
 
 後手はゆうゆう△62玉とあがり、▲42金△73香が、すこぶるつきに味の良い手。
 
 
 
 
 角取りの先手で自陣を補強しながら、馬道を遮断して、さらには玉頭にねらいをさだめている。
 
 一石で、何鳥落としたかわからないくらい、まさに手がしなる香打ちだ。
 
 以下、▲56角△44竜と逃げ、▲52金△同金▲82銀△77歩と、ド急所にたたいて後手攻め合い勝ち。
 
 
 
 
 
 最後は△46に使い、その利きを生かして、桂香△76の地点を攻め、先手陣を攻略してしまった。
 
 あの△18にいたを、横からではなく、ぐるりと自陣を経由して、中段からタテに使うという発想が、すばらしいではないか。
 
 それもこれも、△19と、という「理外の好手」のたまもの。
 
 将棋の強い人は、盤面を実に広く見ていることが、よくわかる好手順といえるだろう。
 
 
 
 (鈴木大介の逆転術編に続く→こちら
 
 (久保の「ねばりもアーティスト」編は→こちら
 
 
 
 
 
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