今回ご紹介するのは「西一番街ブラックバイト」(著:石田衣良)です。
-----内容-----
黒く塗りつぶされるな。
お前はダメ人間なんかじゃない。
多くの飲食店を経営するOKグループが若者を使い潰す方法は、"憲兵"が脅し、"腐った五人"が痛めつけること。
過酷な労働を強いられ、辞めることもできない。
池袋にはびこるブラック企業に、マコトとタカシが立ち向かう。
若者を使い潰すブラック経営者に、Gボーイズが怒りの声をあげる!
-----感想-----
「池袋ウエストゲートパーク」シリーズの第12作目です。
今作はタイトルにブラックバイトとあるように、ブラック企業の問題を扱っています。
ブラック企業といえば、大手広告代理店の株式会社電通で起きた、過酷なブラック労働(上司からの凄まじいパワーハラスメントと過酷な長時間労働により精神的に追い詰められる職場環境)により入社一年目の24歳女性社員が自殺した事件が記憶に新しいです。
物語は次のように構成されてきます。
西池第二スクールギャラリー
ユーチューバー@芸術劇場
立教通り整形シンジケート
西一番街ブラックバイト
今作も池袋西一番街にある果物屋の息子でトラブルシューターでもある真島誠の日常で様々なトラブルが起こります。
順番に各作品について感想を書いていきます。
「西池第二スクールギャラリー」
少子化により廃校になった小学校を美術品のギャラリーにし、そこに作品を展示するアーティストとその作品を巡る話です。
マコトは少子化について「おれは別に少子化なんて気にしない。みんなが人口を減らしたほうがいいと決めたんなら、それはそれでかまわない。」と語っていました。
これは私はそうは思わず、このまま少子化が続くと年金や医療などの現在の福祉制度を維持するのが不可能になり、弊害がそのまま国民に跳ね返ってくることから、やはり少子化は改善されるのが望ましいのだと思います。
この話の始まりは12月に入ったばかりの頃。
マコトと同じく豊島区立西池袋第二小学校の卒業生で、西一番街の奥にある和菓子屋「奥久」の一人娘、本岡小枝子がマコトのもとを訊ねてきて仕事の依頼をします。
小枝子はその小学校を改装して作られた「アートサポートセンターTOSHIMA」にギャラリーを作っていて、好きなアーティストの芸術作品を展示しています。
しかし作品の中の一つ、ゴジラによく似た立体造形が何者かによって壊されてしまいます。
小枝子はマコトに作品を守って、犯人を探してほしいと依頼します。
ゴジラによく似た立体造形は小門屋(こかどや)健一という現場の建設作業員的格好のアーティストの作品で、この作品だけが被害に遭っています。
しかも二度に渡って壊されていることからマコトは何かあるなと考えます。
また、小枝子は最初Gボーイズのキング・タカシ(安藤崇)にこの件を相談し、タカシからマコトなら何とかしてくれると紹介されて来ていました。
30歳の誕生日を迎えた日、建築現場で働く日々からアーティストになる決心をして40歳目前の今に至る小門屋に対し、マコトは次のような思いを抱きます。
人生の曲がり角でなにかを真剣に悩んで選ぶ。その先に待ってるのが吉か凶かは当人には絶対にわからないのだ。おれたちはみんな、その選択を日々繰り返しながら生きている。
シェイクスピアの名言「人生は選択の連続である」が思い浮かぶ言葉でした。
たしかに意識しているものもしていないものも、日々色々な選択をしています。
小門屋と話していてマコトは小門屋が何かトラブルを抱えているのに気づきます。
そこでマコトは小門屋に付きそうとともに何かおかしな動きがないか監視し、ギャラリーのほうはGボーイズが犯人の襲撃に備えて張り込みをすることになります。
マコトとタカシが地下鉄の東京メトロである人物の追跡をすることになった時、タカシがラインを使って地上の車で待機する仲間にメッセージを送っていました。
その様子を見て、「池袋ウエストゲートパーク」の小説内でも大分時代が進んだなと思いました。
1作目では19歳だったマコトやタカシも今では30歳が近い20代後半です。
マコトはタカシに軽口を言いタカシは冷ややかにあしらったりしながらも、何だかんだで安定の良いコンビぶりを発揮していました。
「ユーチューバー@芸術劇場」
Youtubeに動画をアップして生計を立てる人を題材にした話です。
季節は春を迎えた3月。
動画投稿サイトについて、「初めて出現したときは、哀れなネズミのようだった。そいつはほんの十年ばかり前の話だ。」とありました。
そしてその後、「それが今では、滅びゆく放送や出版全メディアの天敵になろうとしている」とありました。
石田衣良さんは出版側の人間ですが「滅びゆく放送や出版全メディア」とマコトに語らせているのが印象的です。
これはそのとおりで、ネットのブログやツイッターで個人が自由に情報発信できるようになったのと同じく、動画を発信するのもテレビのような既存メディアの専売特許ではなくなりました。
テレビ、新聞といった既存メディアにネットの台頭前のような力はなく、確実に衰退しています。
しかも捏造報道や偏向報道をよくやることから既存メディアから発信される情報への信頼が低下していて、それも衰退に拍車をかけています。
このまま行くとたしかに滅びる既存メディアが出てきても不思議はないです。
ある日、タカシがマコトに「ワンフォーティ流星(表記は140★流星)」に会ってどんなやつか、Gボーイズが仕事を受けて良い相手かどうか見てきてほしいと頼んできます。
職業はユーチューバーとのことでした。
池袋西口公園で流星に会ってみると鮮やかな蛍光イエローのパーカーを来た小太りで金髪の男で、本名は石丸流星と言います。
流星は有名なユーチューバーで、玉ねぎ丸ごと一個を何秒で食べられるかなど、意味のない馬鹿げた動画を色々アップしていますが、流星によると馬鹿げた企画のほうがたくさんアクセスされるとのことです。
流星はマコトにスマホ一台で動画が撮れて編集までできるようになったネット世界の革命について熱く語っていました。
「新聞やテレビ、出版や音楽といったメディアビジネスは津波のような変化に呑まれている最中なんだ」
マコトはこの言葉を聞いて「旧型メディアは恐竜のように、スマホというネズミに打ち倒されつつある。」と胸中で述懐していました。
ネットの世界で活躍する流星ですが、Gボーイズに仕事を頼むということはトラブルに見舞われているということです。
「戸田橋デストロイヤーZ」というゴリラのマスクを被ったユーチューバー集団がいます。
破壊が得意で何かを壊す動画をアップしてアクセスを稼いでいます。
その戸田橋デストロイヤーZから流星に脅迫が来ていて、あと3日後にある流星のユーチューバー三周年の記念日を台無しにしてやるとのことです。
流星は三周年記念に池袋の東京芸術劇場の一番長いエスカレーターから転がり落ちる動画をアップする予定で、それを成し遂げるまで流星を守るのがGボーイズの任務となります。
戸田橋デストロイヤーZを尾行していたGボーイズメンバーがハンマーで殴られ病院に運び込まれ、タカシは激怒。
その後は予想外の展開が待っていました。
タカシがマコトに良いことを言います。
池袋だよ。この街で起きることは最低のことから最高のことまで、なにひとつおれたちと無関係じゃないんだ。この街を傷つけるなら、おれは動く。Gボーイズもな。そいつはおまえだって同じだろ」
タカシやマコトの、地元である池袋への愛着が分かる言葉でした。
「立教通り整形シンジケート」
美容整形を巡る話です。
日本の美容整形市場は年間二千億円とあり、結構額があるなと思いました。
季節は7月終わりの夏。
カフェで雑誌のコラムを書いていたマコトが店を出ようとした時、女が声をかけてきます。
女の名前は夏浦涼(すずか)と言い、顔の下半分を覆う立体的なマスクをしています。
スズカは園田浩平という男にストーカーをされているため助けてほしいと相談してきます。
ただしマコトは園田浩平についてスズカが何かを隠していることに気付きます。
マコトはスズカからジェフ杉崎というおねえ言葉の男を紹介されます。
ルウェス西池袋という美容室で働くトップスタイリストで、さらに女の子の美を総合的にプロデュースする仕事もしているとのことです。
どうやら美容整形が絡んでいるようで、この人物に不審さを感じたマコトはタカシに電話してルウェス西池袋のことを何か知らないか聞きますが、タカシは特に何も知らないようでした。
そしてタカシのほうは「池袋4D美容外科」という病院のトラブルのことをマコトに話します。
度重なる手術と高額な施術代金、さらには術後の顔面トラブルにより、Gボーイズのキング・タカシのところに相談が何件か来ているとのことです。
ルウェス西池袋のジェフ杉崎、そして池袋4D美容外科とどちらも整形関係のトラブルがあることから、マコトとタカシは共同戦線を張り調査に乗り出します。
そして事件のからくりが明らかになります。
マコトはスズカの三次元立体マスクの下がどうなっているのか気になり、一度マスクを取ってみてくれないかと頼みます。
涼はマスクの下に強烈なコンプレックスがあり、ジェフ杉崎にもそこにつけ込まれています。
東池袋中央公園、別名「エンジェルパーク」が久しぶりに登場します。
シリーズ第1作目の「サンシャイン通り内戦」という話に登場した公園で、ここでGボーイズによる大きな集会が行われます。
Gガールズの中にも悪徳美容整形の被害に遭った子達がいて、集会に集まったメンバーの前で池袋4D美容外科の実態を訴えました。
そして池袋4D美容外科をアンタッチャブル(接触禁止)に指定し、Gボーイズ、ガールズ、その友達や関係者全てが今後一切この病院には近付かないようにすることが決定されます。
しかしスズカはコンプレックスから美容整形への思いは消えず、池袋4D美容外科で整形手術をしようとします。
「西一番街ブラックバイト」
ブラック企業の話です。
季節は12月の冬。
池袋には最近「OKカレー」や「OKチャーハン」など、OKグループの飲食店が次々とオープンしていて、西口だけで10店舗を超える勢いです。
OKカレーは290円、OKチャーハンは320円と安いのが売りです。
マコトが果物屋の開店の準備をしていると、谷口優(まさる)というOKグループの従業員が挨拶してきます。
OKグループの社長は大木啓介という男で、自身が書いた「大木啓介のポジティブに生きる365日名言集」などの本を新たな著作が出るたびに社員に強制的に買わせていて、しかも同じ本を最低でも3冊買わないといけないとのことです。
OKグループでは隔月で試験があり、試験問題は全て大木啓介社長の著作の中から出題されていて、成績下位20%の者は池袋駅西口でビラまきをしながらさらに大声で叫んで宣伝をしないといけません。
その上の20%は西口界隈のはき掃除に駆り出されていてマサルはそれをしています。
OKグループはやっていることが完全にブラック企業だなと思います。
はき掃除は「憲兵」と呼ばれる監視員にチェックされていて、マサルはこの人物達をかなり警戒していました。
タカシがマコトの果物屋にやってきて、一緒に西一番街を歩くことになります。
タカシの目的はOKグループの敵情視察をすることで、Gボーイズも二桁を超えるメンバーが働いていて、サービス残業、賃金の未払い、長時間労働などの苦情が殺到しているとのことです。
敵情視察で寄ったOKカレーで恐るべきブラック企業の実態を見ることになります。
店の裏で声がしたので様子を見に行ってみると、憲兵達が一人の社員を猛烈に脅していました。
「すみません。これからがんばりますから」
「いいから辞めろ。おまえは社会人失格だ」
「そうだ、人間のクズだ。うちの会社におまえの居場所はない」
「だったら、首にしてください」
「それはできない。あくまで、自己都合で辞めてもらう」
「それだと、失業保険がもらえ……」
「失業保険とか、ふざけんな。生意気なんだよ。おまえは会社にいる一秒ごとに損失をだしてるんだぞ。自分からさっさと辞めるのが筋だろうが」
気に入らない社員は憲兵達によって強引に退職に追い込まれるようです。
しかも無理やり退職させるのに会社都合ではなく自己都合で退職させようとしています。
これは会社都合での退職が増えると会社の評判が悪くなるからで、かなり悪質なことをしています。
やがて藤本光毅(みつき)という社員が地獄のようなブラック労働に耐えかねて自殺を図ります。
OKグループは「感謝と感動」を企業理念とし、社員達にも「仕事に感謝しろ」と過酷なブラック労働を強いています。
藤本光毅は「これ以上仕事に感謝も感動もできません」と言っていました。
マコトはその時のことを思い出しながら「だいたい感謝や感動は人に押しつけられるものじゃないよな。」と胸中で語っていて、これはそのとおりだと思いました。
またOKグループはアルバイトに対し、半年以内に辞める場合は違約金80万円を払うことという契約を結ばせています。
アルバイトの時給で払えるはずもなく、一度グループに入ったら半年は逃げ出すこともできずブラック労働をさせられることになります。
そうして若い人達を最大限こき使えるだけ使い次々と使い潰していきます。
社長や幹部など一部の者だけは儲かりますがそれを支える現場の人達は地獄という構図です。
またOKグループは言いなりにならない従業員をしめるために腐った五人、通称「腐ファイ」という武闘派集団を雇っています。
OKグループという最悪なブラック企業を倒すため、マコトはタカシから作戦を立てるように頼まれます。
従業員の自殺を受けて開かれた大木啓介社長の会見は従業員の死をも美談として利用するような酷いものでした。
また大木啓介社長は慈善活動としてインドネシアにエアコン付きの小学校を建設することなども言っていて、社員にはブラック労働を強い、それで得たお金で自分だけ良い顔をしようとする偽善ぶりが酷かったです。
大木啓介社長はビルから飛び降りて自殺した従業員について「残念ながら心に弱いところがあった」と言っていますが、私の解釈は違います。
ビルから飛び降りたら死にます。
それにもかかわらず飛び降りるには強い精神力が必要で、つまり心が強い人なのです。
ただしその強さが外部へではなく自分自身を傷つけるほうに向いてしまうため、自殺という悲劇が起こります。
冒頭で触れた大手広告代理店の株式会社電通で起きた24歳女性社員の自殺事件で、武蔵野大学の長谷川秀夫教授がフェイスブックで「月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない」と、会社ではなく自殺者のほうを非難してネットが炎上する事件がありました。
大木啓介社長の「残念ながら心に弱いところがあった」と通じるものがあります。
上に立つ人がこのような認識だからなかなかブラック企業がなくならないのだと思います。
自殺した人を「心が弱い」や「情けない」で片付けるのではなく、悪質なブラック労働の環境を改善するほうに意識を向けてほしいです。
希望を持ってその会社に入った人が絶望しながら自殺に追い込まれるのはあまりに不憫です。
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