今回ご紹介するのは「校閲ガール ア・ラ・モード」(著:宮木あや子)です。
-----内容-----
出版社の校閲部で働く河野悦子。
彼女の周りには、個性豊かな仕事仲間もたくさん。
悦子の同期の、帰国子女で元読者モデルのファッション誌編集者と、東大出身カタブツ文芸編集者。
校閲部同僚のグレーゾーンお洒落男子。
悦子の天敵(!?)テキトー編集男。
エリンギ似の校閲部部長。
なぜか悦子を気に入るベテラン作家。
彼ら彼女らも、仕事での悩みや驚くべき過去があって……。
日々の仕事への活力が湧くワーキングエンタメ第2弾!
-----感想-----
※「校閲ガール」のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。
※「校閲ガール トルネード」のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。
本当はこちらが校閲ガールの第2弾なのですが番外編でもあるため、私は先に第3弾の「校閲ガール トルネード」を読んでいました。
河野悦子と関わりのある6人の人物がそれぞれ語り手となります。
「第一話 校閲ガールのまわりのガール・森尾」
ある日森尾は景凡社で田端キャサリンという読者モデルに7年ぶりに再会します。
7年前、森尾とキャサリンは景凡社の女子高生向けファッション誌「E.L.Teen」の読者モデルをしていました。
キャサリンのほうは今は大手レコード会社で広報の仕事をしつつ「Lassy」の読者モデルもしています。
凄く喜ぶキャサリンとは裏腹に、華やかで順風満帆な人生を送っているキャサリンに森尾の胸中は複雑で、「とうとう会っちまったか」と心の中で言っていました。
モデルとのレストランでの撮影ロケの時、「C.C」1月号の表紙の話になりました。
森尾がミリカという読者モデルが表紙になることを伝えると、その時話していたサキとエレンというモデル事務所に所属するプロモデルが一瞬言葉を失う場面がありました。
この時は大丈夫でしたが、プロモデルを差し置いて読書モデルを表紙にするとプロモデルが反発し軋轢が生じる場合があるようです。
このレストランでの撮影ロケではキュルテールジャポンという会社で「un jour(アンジュール)」というモード系ファッション雑誌の副編集長をしている八剣恵那が登場。
先に「校閲ガール トルネード」を読んでいた私はそうか、これが森尾の転職のきっかけになるんだなと思いました。
その時は少し話しただけでしたが後日森尾は打ち合わせに来ていたデザイン事務所で八剣に再会します。
そして色々話をすることになりました。
森尾は八剣から「うちに来ないか」と誘われます。
さらにハイブランドの新作展示会に一緒に行こうと誘われ、行くことになります。
八剣と話す中で彼女自身の驚くべき昔の仕事のことを聞き、森尾のもやもやとしていた気持ちに整理がつき、動き出します。
あまり会いたくないと思っていたキャサリンに「今から行くから、そこで待ってて」
と会いに行ったのが良かったです。
森尾の心境の変化が伝わってきました。
「第二話 校閲ガールのまわりのガールなんだかボーイなんだか・米岡」
おねえキャラの米岡は28歳で悦子の先輩です。
ある日米岡は同期の貝塚に新人賞の応募原稿の下読みをするのを無理やり頼まれます。
貝塚に渡された原稿を読みながら米岡は自身の昔のことを思い出します。
米岡はかつて小説家になる夢を持っていたのですが大学生の時に才能の限界を受け止め夢を諦めていました。
残業代も付かない仕事を押し付けられた米岡は貝塚にご飯を奢ってもらいます。
その場には米岡が密かに思いを寄せる凹版(ぺこぱん)印刷の営業、正宗信喜の姿もありました。
米岡によると貝塚は「人見知り期間で相手を観察し、自分より偉いか偉くないかをジャッジし、自分より偉くない相手だと判断した場合とことん下に見て偉そうにする」とのことです。
最悪な人物だなと思います。
米岡はオカマ的な人達の聖域である新宿二丁目に出掛けます。
訪れるのは6年ぶりとのことです。
そこで訪れた店でマサくんという店主と話しつつ、米岡は昔のことを思い出したり密かに思いを寄せる正宗のことで悩んだりしていました。
またバリタチとリバという聞いたことのない言葉が出てきたので調べてみたら腐女子用語のようでした。
「てっぺんを過ぎる」という言葉も出てきて、これは24時を過ぎることだろうなと予想がつきました。
「校閲ガール」のシリーズではたまに普段聞かない言葉が出てきます。
また校閲部のことを社内すべての部署とつながっていながら、外部からは完全に切り離された孤島のような部署と言っていたのが印象的でした。
米岡は校閲の仕事に誇りを持っています。
やがてデパートでバッタリ正宗と会った米岡は勇気を出してご飯でも食べに行かないかと誘います。
「第三話 校閲ガールのまわりのガールというかウーマン・藤岩」
「校閲ガール」で悦子と服を買いに行った時のことが藤岩の目線で語られるところから物語が始まりました。
カタブツと呼ばれる藤岩が語りだけに冒頭のくどい語りぶりが印象的でした。
心の中でのキャラが面白く、「私には結婚を約束した東大卒の彼氏がいるのだ。ふはははははざまあごらんあそばせ頭と尻の軽い低俗な女どもめ!」などと見た目のカタブツぶりからは想像もつかないようなことを豪語していました。
藤岩は己の見聞を広げようとしていました。
そんなわけで悦子について行って服を見立ててもらったようです。
また、米岡から貝塚の意外な一面を聞いて驚く場面がありました。
貝塚は売れっ子作家から20万部くらい売れるベストセラーを出し、その売り上げで初版4千部の赤字になる可能性の高い本の企画を通そうとしていました。
ベストセラーを出すとそういうことができるらしく、貝塚は売れない作家の本を世に送り出し一時的にでも救ってあげようとしていました。
これを聞いた藤岩は少しだけダメ先輩のことを見直していました。
藤岩には「くうたん(本名は綾小路公春(あやのこうじきみはる))」という恋人がいます。
藤岩は「りおんたん」と呼ばれています。
くうたんは学習塾の講師をしながら大学で文芸批評家の研究を続けているとのことです。
そして非情に偏屈な人で、「文学は死んだ」と言っていました。
今生きている作家で百年後に残る人なんていない、レベルが低いとのことです。
くうたんは藤岩の出版社での仕事のことも「文学を金儲けの手段とする俗物」と言っています。
これに対する藤岩の考えは印象的でした。
俗物は文学を商品にして金儲けをしなければならない。そうしないと今生きている作家が飯を食えずに死ぬ。
これはそのとおりです。
いくら作家が至高の文章を書いたとしても、それを売ってお金にしてくれる人がいなければ作家は困窮して死にます。
反対にいくら出版社が強固な販売体制を作ったとしても肝心の作家が原稿を書いてくれなければ売るものがなくて会社が倒産します。
この両者は両方が揃わないと力が発揮できない関係にあると思います。
なのでくうたんの文学をお金にすることを俗物として蔑む考えには違和感を持ちました。
悦子の家での鍋パーティーの時、くうたんのことを聞いた森尾は「そんな男とは付き合わない」と言っていて、私もそれが良いと思いました。
やがて藤岩は用事があって訪れた東京大学でくうたんが他の女の人とベンチで顔を寄せ合いひとつの本を覗き込んでいるところに遭遇します。
浮気の疑惑が持ち上がりました。
「第四話 校閲ガールのまわりのサラリーマン・貝塚」
貝塚は冬虫夏草社の五十六賞の「待ち会」に来ていました。
待ち会は担当する作家とともに受賞か落選かの連絡を待つことです。
冬虫夏草社の五十六賞のモデルは文藝春秋社の直木賞(正式名称は直木三十五賞)だと思います。
貝塚の担当する宮元彩子は落選してしまい、その場に集まっていた担当編集者達に当たり散らすヒステリーぶりが凄かったです。
お前らの力不足が原因だと土下座を強要し罵詈雑言を浴びせかけ、こんな凄まじい作家が現実にいるのかなと思いました。
貝塚もだいぶまいっていました。
貝塚は田巻悠太という、5年前に冬虫夏草社の新人賞を取った後は埋もれてしまった人の単行本をどうにかして出してやりたいと思っています。
悦子目線で見る横柄で最悪なキャラとの違いに驚きます。
田巻はブラック企業の捨て駒として働き2年前に胃潰瘍を患い会社を辞め、現在は介護施設のパートとして働いています。
貝塚によると冬虫夏草社で新人賞を受賞した作家には月に原稿用紙150~200枚のノルマを課しとにかく書かせて様子を見て、商品になる作家だけを残し、それ以外は容赦なく切り捨てるとのことです。
酷いやり方だなと思います。
ブラック企業に務めていて書く時間のなかった田巻は半年で冬虫夏草社から切り捨てられてしまいました。
森尾をデートに誘った貝塚は完膚なきまでに打ちのめされます。
「あたしが文芸の編集者のこと嫌いだって、見てて判りませんか?」
「なんであなたたちの態度って、そんなに偉そうなの?」
私も「書店ガール」で似たようなことを読んだ影響で文芸の編集者には漠然と態度が横柄で偉そうなイメージがあります。
もし実際に偉そうな人が結構いる場合、その偉そうな態度が作家の怒りを買いどんどん心を閉ざされてしまうことがあるような気もします。
「第五話 校閲ガールのまわりのファンジャイ」
校閲部部長の茸原渚音(たけはらしょおん)50歳が語り手です。
「校閲ガール トルネード」を読んだ時に苗字が茸原とありウケたのですが、今回は名前がまさかのしょおんなのが衝撃的でした。
あえかな囀り(さえずり)という言葉が出てきて、これも普段使わない言葉なのでどんな意味か調べてみたら「か弱く、頼りないさま。きゃしゃで弱々しいさま。」とありました。
茸原は10年前に校閲部が設立された際に異動を願い出た時のこと、そのさらに前に文芸部で仕事をしていた時のことを思い出します。
その時の文芸部長について茸原は次のように述懐していました。
「良くも悪くも「編集者」だった。彼も彼なりにいろいろ考えてやってるんだろうけど、見る人が見れば目が笑ってないことに気づく。発言がすべてうわべだけのものだと判ってしまう。」
こういう人はたまにいます。
言葉と雰囲気に、調子の良さとは裏腹の腹黒さがにじみ出ています。
かつて茸原は文芸部長から桜川葵という作家の担当を引き継ぎました。
桜川葵は人の本質を見抜くタイプとのことで、部長のうわべだけの言葉の不誠実さを見抜き、「あんたには原稿を渡せない」と言われるまでに信用されなくなっていました。
その桜川葵が現在は病気で入院していて余命いくばくもないことを知り茸原はお見舞いに行くことになります。
「葵さん、あれだけ僕にひどい仕打ちを与えておきながら、あなたは勝手に死んでしまうというのですか。ねえ葵さん、そんなのは絶対に許さない。」
茸原が胸中でこう語っていたことから、二人の間にはかなりの因縁があることが予想されました。
桜川はかなり面倒なタイプの作家で、恐ろしいほどに編集者の茸原を振り回していました。
病的なまでの振り回しの末、桜川は自身にとって最後の作品となる「目を塞いで見える果て」という小説を書きます。
彼女の半生にまつわる私小説とも捉えられる物語とのことで、主人公が8歳から23歳まで15年間を過ごした閉鎖病棟での暮らしが克明に描かれていました。
茸原によると「作家には心療内科系の疾病の罹患者が少なからず存在している。」とありました。
桜川葵はその中でも深刻な状態だったようです。
そして心療内科系の病気で苦しんだ経験が常人には書き得ない文章表現力となる場合があるようです。
やがて「目を塞いで見える果て」を書いた後脱け殻のようになっていた桜川葵が事件を起こします。
「番外編 皇帝の宿」
作家の本郷大作が語り手で、「校閲ガール」で奥さんが出ていった時の本郷目線での話となります。
番外編だけあって短めの話でした。
この話では奥さんの亮子とのなれそめが明らかになります。
本郷大作32歳、亮子24歳の時の話でした。
現在では物凄くきつい印象の亮子ですが当時はかなり初々しさがありました。
そしてその初々しさからは予想もつかないことを言っていました。
私が必ずあなたを日本一の作家にしてみせます。だから私を傍に置いてください。必ず役に立ちますから。
完全に告白で、この亮子の決意は凄いと思いました。
こんなことを言える女性と結婚できて本郷大作は幸せ者だと思いました。
そんな亮子が「あなたの浮気相手達にお会いしてきます。」という書き置きを残し家を出て行ってしまったため本郷大作は慌てます。
「あの場面での、相手方の目線」を織り混ぜながらの話は本編ともつながりがあり分かりやすくて良いと思います。
身の回りで接している人達の向こう側にはその人達の物語があることに思いを馳せさせるような作品です。
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