今回ご紹介するのは「青年のための読書クラブ」(著:桜庭一樹)です。
-----内容-----
東京、山の手に広々とした敷地を誇る名門女学校「聖マリアナ学園」。
清楚でたおやかな少女たちが通う学園はしかし、謎と浪漫に満ちていた。
転入生・烏丸紅子がその中性的な美貌で皆を虜にした恋愛事件。
西の官邸・生徒会と東の宮殿・演劇部の存在。
そして、教師に没収された私物を取り戻すブーゲンビリアの君……。
事件の背後で活躍した「読書倶楽部」部員たちの、華々しくも可憐な物語。
-----感想-----
冒頭、「聖マリアナ学園は東京、山の手に広々とした敷地を誇る、伝統ある女学校である。幼稚舎から高等部までが同じ敷地内にある校舎で学び、大学のみが別校舎となる。」とありました。
これを見て、このモデルとして場所は違いますが横浜の山手にあるフェリス女学院が思い浮かびました。
東京の山の手にモデルになる学園はあるのかなと思い調べてみたら、東洋英和女学院が出てきました。
桜庭一樹さんの小説は今回初めて読んだのですが、冒頭の語り口には森見登美彦さんと似たものを感じました。
「第一章 烏丸紅子恋愛事件」
1968年を舞台に物語が始まりました。
お嬢様学校の聖マリアナ学園の高等部の入学式で、烏丸紅子(からすまべにこ)という庶民育ちの人が転入してきます。
中等部まではいなかった人が高等部から新たに入ってきたので入学式では周りから好奇の目で見られていました。
「良家の子女たちは表向き、清楚で礼儀正しかったが、鼻持ちならぬ高慢な面もあり、」とあり、その高慢さが描かれていました。
「闖入者、烏丸紅子からは貧乏の匂いがした。すえたドブ板の匂いが。」などとあり、お嬢様達の高慢さがどぎつく描かれていて面白かったです。
紅子は大阪で育ちました。
大阪弁の言葉遣いは周りから異様に見られています。
そして紅子は学園内で徹底的に避けられていました。
どのクラブに行っても「こっちにこないで」と追い返され目に涙を浮かべながら日々を過ごす中、やがて紅子を受け入れてくれるクラブが見つかります。
それは学園の南の外れの崩れかけた赤煉瓦ビルの三階にある「読書クラブ」でした。
紅子がたどり着いた読書クラブの部室には妹尾(せのお)アザミがいて紅子を歓迎してくれました。
読書クラブは高等部の生徒のみ8名が在籍している小さなクラブで、三年生がおらず、妹尾アザミは二年で部長をしています。
アザミは容姿に恵まれた紅子が来たことで「学園を支配してから去る」という目的を持ちます。
他の部員たちも顔を出し、「紅子王子化計画」が始まります。
読書クラブの普段の活動はそれぞれ勝手に本を読むだけなのですが、しかしこの年の夏休みは合宿をして紅子の立ち居振舞いを鍛え上げていました。
そして夏休みが終わり二学期が始まると、変貌した紅子にクラスのお嬢様達は驚くことになります。
徹底して避けられていた紅子がまるで王子様のようにお嬢様達から熱い目で見られるのは展開が激変していてそのあまりの変わりぶりが面白かったです。
聖マリアナ学園では毎年6月に行われる聖マリアナ祭で「王子」と呼ばれる、女子しかいない学園で疑似男子のアイドル的な役割を担う人物を選ぶのですが、アザミの描いた計画によって紅子はその座を狙っていくことになります。
「第二章 聖女マリアナ消失事件」
聖女マリアナ消失事件は第一章に名前が出てきていて、この話はそのことを描いたものです。
聖女マリアナは学園の創始者で、ある時忽然と学園から姿を消してしまっていました。
聖女マリアナは周りから慕われていましたが、実際には恐るべき秘密があるとありました。
そこから聖女マリアナの若き日のことが語られていきました。
物語の舞台は1914年のフランスのパリに移ります。
マリアナは10代の若さにして既に立派な修道女になっていました。
マリアナにはミシェールという兄がいて、兄は18歳になると家を出たためしばらく会っていなかったのですが、ある時この兄と再会したことから「転げ落ちることになった」とありました。
この言葉の時点で既に学園内で偉大な存在として崇められる姿と違っていて興味深かったです。
ミシェールは仲間とともにパリで「読書クラブ」という貸本屋を経営し、その実入りで細々と暮らしています。
読書クラブは「哲学的複音南瓜(かぼちゃ)」という変わった店名で、マリアナもこのお店にやってくるようになります。
マリアナは海を渡り、遠いジャポーン(日本)という国に行ってキリスト教の布教をすることになります。
それに先立ち、ミシェールに連れられ有名な老婆の占い師のところに行きマリアナの未来を占ってもらうと、マリアナが学園で活躍している姿が見え希望に満ちているが、異国に旅立つ前にマリアナに重大な転換が起こると予言します。
この転換が何なのか気になりました。
「第三章 奇妙な旅人」
1989年の物語で、この時の読書クラブは30人も部員がいました。
聖マリアナ学園生徒会は「西の官邸」と呼ばれ、演劇部は「東の宮殿」と呼ばれています。
この二つの勢力が聖マリアナ学園の花形として知られています。
生徒会は選ばれし者だけが入室を許される聖域で学園の運営を取り仕切っていて、今回はこの生徒会を巡る話です。
そして読書クラブは「1989年の秋からしばしのあいだ、我々は三人の亡命者(ストレンジャー)をかくまった。」とありました。
生徒会の人達は現役政治家の子女や著名な政治家の孫娘などが多く、さらに元華族の家柄の者も多くいて、これは「貴族院」と呼ばれ学内の実権を握っていたとありました。
その生徒会でクーデターが起こります。
読書クラブでは窓から外を見ていた長谷部時雨という一年生がいち早く異変に気づきますが、二年生で部長の高島きよ子には「ほっとけ」とたしなめられていました。
バブル全盛期の1989年は聖マリアナ学園に今までとは違うタイプの、バブルで資産を増やした家の娘達が入ってきました。
彼女らは扇子を持ちバブル時代にお立ち台で踊っていたギャルのように扇子を振って踊ることから「扇子の娘」と呼ばれていました。
こういった興味深い書き方はやはり森見登美彦さんと似ていると思いました。
この「扇子の娘」のうちの三名が生徒会に入ってきてかなり掻き回します。
「生徒会六本木化計画」など面白い言葉が出てきました。
この三人がクーデターを起こし生徒会室を占拠し、学園の実権を握ろうとします。
「第四章 一番星」
2009年の物語で、部員は6人になっていました。
その中で最も目立つ山口十五夜(じゅうごや)は元伯爵家の御令嬢で、英国貴族の曾祖母譲りの鮮やかな赤毛をポニーテールにしていて目鼻立ちのくっきりとした美貌を持っています。
本来なら生徒会の貴族院にも入れたのですが仲良しの加藤凛子の後ろについて読書クラブに入りました。
この話では「暗黒のノート」について分かりやすく解説した言葉がありました。
「歴代の先輩たちが、学園の正史に残らないような珍事件を起こしたり、歴史の目撃者となったときに、こっそりと書き記した暗黒のノートがあるのだよ。この部屋のどこかに本にまぎれて隠してある。それをみつけては読むのが、我々、読書クラブ員たちの陰の醍醐味というわけだ」
どの話もそれぞれの年代の読書クラブ員たちが暗黒のノートに記す形で語られています。
ある時十五夜が部室で苺の香りのする赤い香水の香りを吸い、それを機に雷に打たれたように何かの思いを持ちます。
十五夜は突然軽音楽部にも入部し、「人体模型の夜」というロック・バンドを結成しボーカルとして活動していきます。
苺の香りの香水を吸ってから変貌していきました。
「人体模型の夜」は爆発的な人気を獲得し、さらにある日のライブで十五夜が突然加藤凛子についてある暴露をします。
その暴露で十五夜は同情されより人気を集めるのですが、凛子には身に覚えのないことでした。
「ぼくは十五夜とつきあいが長い。誰よりも彼女の深い闇、内気で赤面症の御令嬢の、もうひとつの顔を知っている」
凛子は何度か十五夜についてこういったことを語っていて、いったいどんな闇なのか興味深かったです。
「第五章 ハビトゥス&プラティーク」
2019年という未来を描いた物語で、冒頭で「聖マリアナ学園に最後の時がきた」とありました。
この年、聖マリアナ学園は創立100年を迎えました。
そして来年から共学になります。
読書クラブは赤煉瓦ビルが閉鎖され、領土をなくしてしまいました。
学園最後の年、読書クラブの部員は五月雨永遠(とわ)だけのたった一人になっていました。
この年、聖マリアナ学園では「ブーゲンビリアの君」と呼ばれる人物が大ブームになっていました。
「ブーゲンビリアの君」は学園内で生徒が携帯電話などをシスターに没収されると、どんな方法を使ってか教員室に忍び込み、没収されたものを取り返してきてブーゲンビリアの花を添えてそっと返しておいてくれる人物のことです。
赤煉瓦ビルが閉鎖され部室を追い出された日、永遠は屋外に出て初めて「ブーゲンビリアの君」が物凄い騒動になっていることに気づきます。
実は永遠はブーゲンビリアの君について重大なことを知っていました。
大盛り上がりの生徒達とは対照的に永遠は騒動に心が重くなります。
この話では第一章に登場した妹尾アザミが再登場します。
第一章から50年が経ち、68歳くらいになったアザミは国会議員になり貫禄のある姿になっていました。
「ブーゲンビリアの君」の話を聞いて妹尾アザミ議員は毎回ブーゲンビリアの花を置いていくことからその人物がどんな意図を持っているのかを瞬時に見抜き、嬉しくなっていました。
アザミの50年ぶりの再登場は意外で、第一章から第五章まで「読書クラブ員」がそれぞれの時代とともに歩んできたことを実感しました。
桜庭一樹さんの小説は今回初めて読んだのですが、なかなか特徴的な文章を書く人だなと思いました。
またいずれ機会があれば他の作品を読んでみようと思います。
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