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読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
好きな小説は青春もの。
日々のできごとやフォトギャラリーなどもお届けします。

「夏の裁断」島本理生

2016-11-16 23:59:29 | 小説


今回ご紹介するのは「夏の裁断」(著:島本理生)です。

-----内容-----
小説家・萱野千紘の前にあらわれた編集者・柴田は悪魔のような男だった―。
過去に性的な傷をかかえる女性作家。
胸苦しいほどの煩悶と、そこからの再生を見事に描いた傑作。

-----感想-----
この作品は昨年の夏、第153回芥川賞の候補になり、又吉直樹さんの「火花」らとともに芥川賞の座を争いました。
私はこの時通算4回目の芥川賞候補になった島本理生さんにぜひこのタイトルを取ってほしいという思い、そして芸人の又吉直樹さんの作品に強豪の島本理生さんが負けるなどあり得ないという思いがありました。
ただブログ友達が高く評価していたことや芸人の名前だけではまず候補にはなれない芥川賞の候補に実際になっていることから「火花」への興味が強まり、昨年7月の芥川賞発表直前に読んでレビューを書いています。
結果、芥川賞を受賞したのは又吉直樹さんの「火花」で、私はこの結果に驚くとともに、直接対決で島本理生さんの作品を破ったことで「火花」への見方が一層高くなりました。

島本理生さんの「夏の裁断」も読んでみようかと思ったのですが、作品がどうやら辛く重い内容のようで読むのが躊躇われました。
近年の私は爽やかな小説のほうが好きで悲しく辛く重い内容の小説は苦手になっていて、そういった作品をよく書く島本理生さんの作品もなかなか読めなくなっていました。
なのでこの時は読むのを見送りました。

3日前の日曜日、図書館で借りる本を選んでいた時にこの作品を見かけ、自然と引き寄せられ手に取ってみました。
しかし辛い内容への拒否感もあり、借りて読んでみるか悩みました。
そこでスマートフォンで「夏の裁断」を検索し、どんな内容なのかを調べてみました。
すると「胸苦しいほどの煩悶と、そこからの再生を見事に描いた傑作。」という言葉が目に留り、主人公が苦しみはするもののそれで終わるのではなく、救いがありそうな気がしました。
なのでついにこの作品を読んでみることにしました。

語り手は萱野(かやの)千紘という29歳の小説家。
冒頭、千紘が帝国ホテルの立食パーティーで柴田という出版社の男性編集者の手をフォークで刺そうとするところから物語が始まります。
柴田によって千紘は精神的にかなり追い詰められていました。

これは数ヶ月前の出来事で、この後すぐに現在の千紘の物語になります。
季節は夏。
千紘は母からの電話で「自炊」を手伝うのを頼まれます。
自炊とは所有している本をデータ化してパソコンなどで見られるようにするため、本の背表紙を裁断し、バラバラになった本のページを全てスキャンしてデータにすることです。
千紘の祖父が2ヶ月前に亡くなり、鎌倉にある祖父の家の整理をしている母は一万冊以上ある蔵書を整理する方法として自炊を考えました。
この母との電話では夕方が深まっていくのを表す良い表現がありました。
そうしている間も、とん、とん、と階段を下りるように夕闇は濃くなっていく。
とん、とん、と階段を下りるようにというのが良いと思いました。
一気に夜になるわけではなく、しかし一歩一歩着実にしんみりと夜に向かっていく様子が上手く表されていると思います。

再び少し柴田との話の回想になります。
柴田は王様のように振る舞っていて驚きました。
振り回された千紘は相当な精神的ダメージを受けたのだと思いました。

再び鎌倉の話になり、千紘が鎌倉の祖父の家に行きます。
このように柴田との回想と鎌倉での話が交互に進んでいきます。
実際に自炊の様子を見た千紘は動揺します。
自炊ということは本を切るのであり、作家である千紘はこれに抵抗があります。
「自分の手足をずたずたにして切り取られるようなものだった。」と胸中で語っています。
それでも千紘は鎌倉の家で自炊を始めます。

二年前、知り合いの作家の授賞式に出席した時に千紘は芙蓉社という出版社の柴田に初めて会いました。
丁寧な口調で話しかけてきたものの異様さの片鱗は見せていました。
事件の後、柴田の上司の人が来ての話し合いで現在はお互いに二度と会わないことになっているのに、千紘は柴田宛に送りはしないものの架空のメールを作っていました。
酷い目に遭ったのに柴田にまだ未練があることが伺われました。

千紘には現在、猪俣君という微妙な関係の人がいます。
イラストレーターの猪俣君と仕事で知り合い、好き好き可愛い大好きなどと言われまくり、きちんと交際もしないまま気が向いたら会う関係になったとのことです。
ずるずると男の人のペースに引き摺り込まれてしまうところに柴田との関係と共通するものがあると思いました。

柴田は相手の女性との関係が親しくなければ礼儀があり、敬語を使い人懐こく話します。
しかし少しでも親しくなると相手の心を傷付け引き裂くのが生き甲斐というようなどうしようもない人間性が姿を現します。

千紘は大学は心理学科で、臨床心理士を目指していたとありました。
図書館でこの本を見かけて借りて読むか悩んでスマホでどんな内容なのかを調べた際、「作家と90分(インタビュアー:瀧井朝世)」という記事で島本理生さんが中学生時代から臨床系の心理学の本を好んで読んでいたとあるのが目に留りました。
なので千紘が心理学を学んでいたのは心理学の本を読んでいた島本さんの経験が反映されていると思いました。

段々と進んでいく柴田との回想の中で、千紘の性格の傾向が気になりました。
異常なまでに心配性で相手のことばかり考えていてもどかしかったです。
そこを柴田につけ込まれてしまいました。

猪俣君が鎌倉の家に押し掛けてきた際、戸惑いながらも千紘は猪俣君を招き入れます。
その際、どうせ、断れないのだ。と自分自身を諦めているのが印象的でした。

柴田の態度が激しく豹変する場面が描かれていました。
千紘はショックを受け、一人になったら震えが込み上げてきて吐きそうにもなっていました。
なにひとつわけが分からなかった。だから私がきっと悪いのだと思った。
「だから私がきっと悪いのだと思った」が非常に印象的で、何一つとして悪くはないのですが千紘はこのように思ってしまいます。
これは人それぞれの考え方の傾向であり、突然理不尽な人間性が襲いかかってきた際、「ふざけるな、お前がおかしいんだろうが」と激怒して応戦する人もいれば理不尽な人間性を正面から受け止めてしまい「そうか、私が悪いのか…」と思う人もいて、千紘の場合は後者の傾向が特に強く出ているということです。

千紘が猪俣君について、「猪俣君はたまに私を気まぐれと表現する。相思相愛じゃない原因を私だけに寄せようとする。」と胸中で語っている場面がありました。
このことから猪俣君に対して冷めていて愛情もないのは明らかです。
にもかかわらず恋人的な付き合いになっているのはずるずると相手の男のペースに引き摺り込まれてしまう千紘の性格と人恋しさもあると思います。

柴田とのことで悩む千紘は大学の時に世話になった教授に相談のメールを送り、会うことになります。
教授が言っていた中で「身の守り方を覚えないと同じことを繰り返すよ」と「本能的に人をコントロールするのが得意な人間はいるんだよ」が印象的でした。
千紘は自分自身の考え方の特徴を知り向き合うことが必要だと思いました。
どんな風に考えやすいのかを客観的に見られるようになり、そんな考えに向かった時に意識して止めてあげられるようにならないと、天性の悪魔とも言うべき柴田のような人に心を破壊されてしまいます。

「それなのにどうして私は、ふりまわすのもいいかげんにして、と怒鳴って今すぐにタクシーを降りることができないのだろう。」
これは「私が悪いのかも」という思いがあるからだと思います。
千紘はどうしても関係を断つ一歩を踏み切ることができません。

やがて、自炊する鎌倉の家から向かって半年ぶりに会った教授が言っていた言葉の中で、次の言葉が一番印象的でした。
「誰にも自分を明け渡さないこと。選別されたり否定される感覚を抱かせる相手は、あなたにとって対等じゃない。自分にとって心地よいものだけを掴むこと」
相手のことばかり考えてしまって自分自身をないがしろにする千紘に対し教授はこの言葉を言い聞かせました。
自分自身をないがしろにしてしまいやすい人が簡単に自分自身を明け渡さないようになれるわけではないですが、少なくとも千紘の心に届く言葉でした。

現在の状況について千紘は「踏みとどまっただけ。」と胸中で語っていましたが、心を破壊されるような酷い目に遭い踏みとどまるのは大変なことです。
私は踏みとどまれて良かったと思います。

千紘の性格は13歳の頃に性的に酷い目に遭ったのが大きく影響しているようでした。
この「過去にあった何らかの事件が大きなトラウマとなり現在の性格に影響を与える」というのはカール・グスタフ・ユング、アルフレッド・アドラーと並ぶ心理学三大巨頭の一人、ジークムント・フロイトの心理学の考え方です。
なので島本理生さんが中学生時代から読んでいたという臨床系の心理学の本はフロイトの心理学の本ではと思いました。

また、島本理生さんはこの作品を最後に純文学小説(芥川賞路線)はもう書かず、これからは既に書いているエンターテイメント小説(直木賞路線)に完全に移るとのことです。
今回「夏の裁断」を読んで、やはり島本理生さんの感性は素晴らしいと思いました。
又吉直樹さんの作品も確かに素晴らしく、私もこれなら芥川賞を取るのも納得とレビューに書いていますが、私にとっての芥川賞といえば島本理生さんのような「感性の小説」なのです。
島本さん最後の純文学小説、私はこの作品に第153回芥川賞を取ってほしかったと思いました。


※「夏の裁断」の文庫での再読感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

※「島本理生さんと芥川賞と直木賞 激闘六番勝負」の記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。


※図書レビュー館(レビュー記事の作家ごとの一覧)を見る方はこちらをどうぞ。

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「校閲ガール ア・ラ・モード」宮木あや子

2016-11-13 23:29:50 | 小説


今回ご紹介するのは「校閲ガール ア・ラ・モード」(著:宮木あや子)です。

-----内容-----
出版社の校閲部で働く河野悦子。
彼女の周りには、個性豊かな仕事仲間もたくさん。
悦子の同期の、帰国子女で元読者モデルのファッション誌編集者と、東大出身カタブツ文芸編集者。
校閲部同僚のグレーゾーンお洒落男子。
悦子の天敵(!?)テキトー編集男。
エリンギ似の校閲部部長。
なぜか悦子を気に入るベテラン作家。
彼ら彼女らも、仕事での悩みや驚くべき過去があって……。
日々の仕事への活力が湧くワーキングエンタメ第2弾!

-----感想-----
※「校閲ガール」のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。
※「校閲ガール トルネード」のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。

本当はこちらが校閲ガールの第2弾なのですが番外編でもあるため、私は先に第3弾の「校閲ガール トルネード」を読んでいました。
河野悦子と関わりのある6人の人物がそれぞれ語り手となります。

「第一話 校閲ガールのまわりのガール・森尾」
ある日森尾は景凡社で田端キャサリンという読者モデルに7年ぶりに再会します。
7年前、森尾とキャサリンは景凡社の女子高生向けファッション誌「E.L.Teen」の読者モデルをしていました。
キャサリンのほうは今は大手レコード会社で広報の仕事をしつつ「Lassy」の読者モデルもしています。
凄く喜ぶキャサリンとは裏腹に、華やかで順風満帆な人生を送っているキャサリンに森尾の胸中は複雑で、「とうとう会っちまったか」と心の中で言っていました。

モデルとのレストランでの撮影ロケの時、「C.C」1月号の表紙の話になりました。
森尾がミリカという読者モデルが表紙になることを伝えると、その時話していたサキとエレンというモデル事務所に所属するプロモデルが一瞬言葉を失う場面がありました。
この時は大丈夫でしたが、プロモデルを差し置いて読書モデルを表紙にするとプロモデルが反発し軋轢が生じる場合があるようです。

このレストランでの撮影ロケではキュルテールジャポンという会社で「un jour(アンジュール)」というモード系ファッション雑誌の副編集長をしている八剣恵那が登場。
先に「校閲ガール トルネード」を読んでいた私はそうか、これが森尾の転職のきっかけになるんだなと思いました。
その時は少し話しただけでしたが後日森尾は打ち合わせに来ていたデザイン事務所で八剣に再会します。
そして色々話をすることになりました。
森尾は八剣から「うちに来ないか」と誘われます。
さらにハイブランドの新作展示会に一緒に行こうと誘われ、行くことになります。
八剣と話す中で彼女自身の驚くべき昔の仕事のことを聞き、森尾のもやもやとしていた気持ちに整理がつき、動き出します。
あまり会いたくないと思っていたキャサリンに「今から行くから、そこで待ってて」
と会いに行ったのが良かったです。
森尾の心境の変化が伝わってきました。


「第二話 校閲ガールのまわりのガールなんだかボーイなんだか・米岡」
おねえキャラの米岡は28歳で悦子の先輩です。
ある日米岡は同期の貝塚に新人賞の応募原稿の下読みをするのを無理やり頼まれます。
貝塚に渡された原稿を読みながら米岡は自身の昔のことを思い出します。
米岡はかつて小説家になる夢を持っていたのですが大学生の時に才能の限界を受け止め夢を諦めていました。

残業代も付かない仕事を押し付けられた米岡は貝塚にご飯を奢ってもらいます。
その場には米岡が密かに思いを寄せる凹版(ぺこぱん)印刷の営業、正宗信喜の姿もありました。

米岡によると貝塚は「人見知り期間で相手を観察し、自分より偉いか偉くないかをジャッジし、自分より偉くない相手だと判断した場合とことん下に見て偉そうにする」とのことです。
最悪な人物だなと思います。

米岡はオカマ的な人達の聖域である新宿二丁目に出掛けます。
訪れるのは6年ぶりとのことです。
そこで訪れた店でマサくんという店主と話しつつ、米岡は昔のことを思い出したり密かに思いを寄せる正宗のことで悩んだりしていました。
またバリタチとリバという聞いたことのない言葉が出てきたので調べてみたら腐女子用語のようでした。
「てっぺんを過ぎる」という言葉も出てきて、これは24時を過ぎることだろうなと予想がつきました。
「校閲ガール」のシリーズではたまに普段聞かない言葉が出てきます。

また校閲部のことを社内すべての部署とつながっていながら、外部からは完全に切り離された孤島のような部署と言っていたのが印象的でした。
米岡は校閲の仕事に誇りを持っています。
やがてデパートでバッタリ正宗と会った米岡は勇気を出してご飯でも食べに行かないかと誘います。


「第三話 校閲ガールのまわりのガールというかウーマン・藤岩」
「校閲ガール」で悦子と服を買いに行った時のことが藤岩の目線で語られるところから物語が始まりました。
カタブツと呼ばれる藤岩が語りだけに冒頭のくどい語りぶりが印象的でした。
心の中でのキャラが面白く、「私には結婚を約束した東大卒の彼氏がいるのだ。ふはははははざまあごらんあそばせ頭と尻の軽い低俗な女どもめ!」などと見た目のカタブツぶりからは想像もつかないようなことを豪語していました。

藤岩は己の見聞を広げようとしていました。
そんなわけで悦子について行って服を見立ててもらったようです。
また、米岡から貝塚の意外な一面を聞いて驚く場面がありました。
貝塚は売れっ子作家から20万部くらい売れるベストセラーを出し、その売り上げで初版4千部の赤字になる可能性の高い本の企画を通そうとしていました。
ベストセラーを出すとそういうことができるらしく、貝塚は売れない作家の本を世に送り出し一時的にでも救ってあげようとしていました。
これを聞いた藤岩は少しだけダメ先輩のことを見直していました。

藤岩には「くうたん(本名は綾小路公春(あやのこうじきみはる))」という恋人がいます。
藤岩は「りおんたん」と呼ばれています。
くうたんは学習塾の講師をしながら大学で文芸批評家の研究を続けているとのことです。
そして非情に偏屈な人で、「文学は死んだ」と言っていました。
今生きている作家で百年後に残る人なんていない、レベルが低いとのことです。
くうたんは藤岩の出版社での仕事のことも「文学を金儲けの手段とする俗物」と言っています。
これに対する藤岩の考えは印象的でした。
俗物は文学を商品にして金儲けをしなければならない。そうしないと今生きている作家が飯を食えずに死ぬ。
これはそのとおりです。
いくら作家が至高の文章を書いたとしても、それを売ってお金にしてくれる人がいなければ作家は困窮して死にます。
反対にいくら出版社が強固な販売体制を作ったとしても肝心の作家が原稿を書いてくれなければ売るものがなくて会社が倒産します。
この両者は両方が揃わないと力が発揮できない関係にあると思います。
なのでくうたんの文学をお金にすることを俗物として蔑む考えには違和感を持ちました。

悦子の家での鍋パーティーの時、くうたんのことを聞いた森尾は「そんな男とは付き合わない」と言っていて、私もそれが良いと思いました。
やがて藤岩は用事があって訪れた東京大学でくうたんが他の女の人とベンチで顔を寄せ合いひとつの本を覗き込んでいるところに遭遇します。
浮気の疑惑が持ち上がりました。


「第四話 校閲ガールのまわりのサラリーマン・貝塚」
貝塚は冬虫夏草社の五十六賞の「待ち会」に来ていました。
待ち会は担当する作家とともに受賞か落選かの連絡を待つことです。
冬虫夏草社の五十六賞のモデルは文藝春秋社の直木賞(正式名称は直木三十五賞)だと思います。
貝塚の担当する宮元彩子は落選してしまい、その場に集まっていた担当編集者達に当たり散らすヒステリーぶりが凄かったです。
お前らの力不足が原因だと土下座を強要し罵詈雑言を浴びせかけ、こんな凄まじい作家が現実にいるのかなと思いました。
貝塚もだいぶまいっていました。

貝塚は田巻悠太という、5年前に冬虫夏草社の新人賞を取った後は埋もれてしまった人の単行本をどうにかして出してやりたいと思っています。
悦子目線で見る横柄で最悪なキャラとの違いに驚きます。
田巻はブラック企業の捨て駒として働き2年前に胃潰瘍を患い会社を辞め、現在は介護施設のパートとして働いています。

貝塚によると冬虫夏草社で新人賞を受賞した作家には月に原稿用紙150~200枚のノルマを課しとにかく書かせて様子を見て、商品になる作家だけを残し、それ以外は容赦なく切り捨てるとのことです。
酷いやり方だなと思います。
ブラック企業に務めていて書く時間のなかった田巻は半年で冬虫夏草社から切り捨てられてしまいました。

森尾をデートに誘った貝塚は完膚なきまでに打ちのめされます。
「あたしが文芸の編集者のこと嫌いだって、見てて判りませんか?」
「なんであなたたちの態度って、そんなに偉そうなの?」
私も「書店ガール」で似たようなことを読んだ影響で文芸の編集者には漠然と態度が横柄で偉そうなイメージがあります。
もし実際に偉そうな人が結構いる場合、その偉そうな態度が作家の怒りを買いどんどん心を閉ざされてしまうことがあるような気もします。


「第五話 校閲ガールのまわりのファンジャイ」
校閲部部長の茸原渚音(たけはらしょおん)50歳が語り手です。
「校閲ガール トルネード」を読んだ時に苗字が茸原とありウケたのですが、今回は名前がまさかのしょおんなのが衝撃的でした。

あえかな囀り(さえずり)という言葉が出てきて、これも普段使わない言葉なのでどんな意味か調べてみたら「か弱く、頼りないさま。きゃしゃで弱々しいさま。」とありました。

茸原は10年前に校閲部が設立された際に異動を願い出た時のこと、そのさらに前に文芸部で仕事をしていた時のことを思い出します。
その時の文芸部長について茸原は次のように述懐していました。

「良くも悪くも「編集者」だった。彼も彼なりにいろいろ考えてやってるんだろうけど、見る人が見れば目が笑ってないことに気づく。発言がすべてうわべだけのものだと判ってしまう。」

こういう人はたまにいます。
言葉と雰囲気に、調子の良さとは裏腹の腹黒さがにじみ出ています。

かつて茸原は文芸部長から桜川葵という作家の担当を引き継ぎました。
桜川葵は人の本質を見抜くタイプとのことで、部長のうわべだけの言葉の不誠実さを見抜き、「あんたには原稿を渡せない」と言われるまでに信用されなくなっていました。

その桜川葵が現在は病気で入院していて余命いくばくもないことを知り茸原はお見舞いに行くことになります。

「葵さん、あれだけ僕にひどい仕打ちを与えておきながら、あなたは勝手に死んでしまうというのですか。ねえ葵さん、そんなのは絶対に許さない。」

茸原が胸中でこう語っていたことから、二人の間にはかなりの因縁があることが予想されました。
桜川はかなり面倒なタイプの作家で、恐ろしいほどに編集者の茸原を振り回していました。
病的なまでの振り回しの末、桜川は自身にとって最後の作品となる「目を塞いで見える果て」という小説を書きます。
彼女の半生にまつわる私小説とも捉えられる物語とのことで、主人公が8歳から23歳まで15年間を過ごした閉鎖病棟での暮らしが克明に描かれていました。

茸原によると「作家には心療内科系の疾病の罹患者が少なからず存在している。」とありました。
桜川葵はその中でも深刻な状態だったようです。
そして心療内科系の病気で苦しんだ経験が常人には書き得ない文章表現力となる場合があるようです。
やがて「目を塞いで見える果て」を書いた後脱け殻のようになっていた桜川葵が事件を起こします。


「番外編 皇帝の宿」
作家の本郷大作が語り手で、「校閲ガール」で奥さんが出ていった時の本郷目線での話となります。
番外編だけあって短めの話でした。
この話では奥さんの亮子とのなれそめが明らかになります。
本郷大作32歳、亮子24歳の時の話でした。
現在では物凄くきつい印象の亮子ですが当時はかなり初々しさがありました。
そしてその初々しさからは予想もつかないことを言っていました。

私が必ずあなたを日本一の作家にしてみせます。だから私を傍に置いてください。必ず役に立ちますから。

完全に告白で、この亮子の決意は凄いと思いました。
こんなことを言える女性と結婚できて本郷大作は幸せ者だと思いました。
そんな亮子が「あなたの浮気相手達にお会いしてきます。」という書き置きを残し家を出て行ってしまったため本郷大作は慌てます。


「あの場面での、相手方の目線」を織り混ぜながらの話は本編ともつながりがあり分かりやすくて良いと思います。
身の回りで接している人達の向こう側にはその人達の物語があることに思いを馳せさせるような作品です。


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「校閲ガール トルネード」宮木あや子

2016-11-12 16:48:31 | 小説


今回ご紹介するのは「校閲ガール トルネード」(著:宮木あや子)です。

-----内容-----
河野悦子、ついに憧れのファッション誌編集に!?
アフロとの恋の行方は?
ファッション誌の編集者を夢見る校閲部の河野悦子。
恋に落ちたアフロヘアーのイケメンモデル(兼作家)と出かけた軽井沢で、ある作家の家に招かれて……
そして社会人3年目、ついに憧れの雑誌の編集部に異動!?

-----感想-----
※「校閲ガール」のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。
物語は次のように構成されています。

第一話 校閲ガールと恋のバカンス 前編
第二話 校閲ガールと恋のバカンス 後編
第三話 辞令はある朝突然に 前編
第四話 辞令はある朝突然に 後編
第五話 When the World is Gone ~快走するむしず

「校閲ガールと恋のバカンス」
悦子は三年目になりました。
冒頭、悦子は花粉症になったようで、酷い鼻声で声が歪み何を言っているのかよく分からない状態でした。
景凡社受付嬢の今井セシルからは「うわー河野さんブサイクー」と言われていました。
さらに悦子は景凡社の男性向けファッション誌「Aaron(アーロン)」にモデル出演するため編集部に顔見せに来ていた是永に鼻栓している姿を見られてしまったりもしていました。
付き合っているのかいないのか微妙な状況なだけに自身の失態に動揺していました。

悦子は森尾登代子からハクツーとの合コンに誘われます。
花粉症にかかりさらに是永とのこともあるので断る悦子ですが「残念だねー。『Lassy』の担当営業も来る予定だったんだけど」と言われたら速攻で「行く」と言っていました。
ハクツーは最大手の広告代理店で、この名前は現実世界での業界1位の電通と2位の博報堂を合体させたものだと思います。
ハクツーについて悦子は胸中で次のように語っていました。

最大手広告代理店「ハクツー」の営業との合コンは必ず12時前に終わる。彼らはそのあと帰社して仕事してるからだ。
本当に、いつ寝てるんだろう。

電通で入社一年目の24歳女性社員が上司からのパワーハラスメントと長時間残業で精神的に追い詰められ、自殺した事件が明るみに出た後でこの小説を読んだので生々しさがありました。
たぶん著者の宮木あや子さんは「毎日めちゃめちゃ頑張ってるなあ」という意味で悦子にこの言葉を語らせていると思います。
ただ事件の後に「本当に、いつ寝てるんだろう。」の言葉を見るとゾッとするものがあります。
電通は1991年にも「電通事件」という社員が過労で自殺する事件を起こしています。
ツイッターで見かけた伊藤絵美さんという臨床心理士の方がツイートで次のように書かれていました。

「企業でメンタルヘルスについて講演する際に必ず紹介する1991年の電通事件(2年目の社員が過労自殺。残業140時間超え。上司は不調に気づいていたのに対処せず。安全配慮義務違反。最高裁で和解。1億6800万の和解金)。まさか全く同じことを繰り返すとは。最悪としか言いようがない。」

電通はたしかに利益を見れば最大手の広告代理店ですが、その利益が地獄のようなブラック労働を強いることで産み出されているのは酷いと思います。

悦子は森林木一(もりばやしきいち)という元々はライトノベルを書いていた若手の文芸作家の雑誌の連載原稿を校閲しています。
この作家は初回から誤字脱字や単語の重複が多く、校閲をするのが結構大変です。
そして悦子はこの作家の誤字脱字や単語の重複にある法則があることに気付きます。

ゴールデンウィークが間近に迫った頃、是永からデートの誘いが来て悦子はかなり喜んでいました。
行き先は軽井沢の貸別荘です。

一方、森林木一の原稿の校閲では、気付いた校閲時の法則に則って言葉をつなげていくと、「私はそこから動けない。助けてくれ」という内容の、助けを求めているような言葉が浮かび上がります。
悦子は森林木一はどこかに捕まっていて無理やり小説を書かされているのではという疑問を持ちます。

その頃森尾は自身の企画が「C.C」の読者アンケートであまり良い結果を得られず落ち込んでいました。
悦子は居酒屋で森尾の悩みを聞いてあげます。
その中で、森尾も大学時代の友達と軽井沢の別荘に行くと聞き動揺する悦子。
是永との楽しいバカンスになるはずが、波瀾の展開になる予感がしました。

軽井沢にて色々ドタバタがあり悦子と是永は竜ヶ峰春臣という作家の別荘で行われているランチパーティに行くことになります。
貝塚と森尾もこのパーティに来ています。
伊藤保次郎という、竜ヶ峰春臣の孫で景凡社に今年コネ入社したナンパすることイタリア人のように口が達者な人も来ていました。

そのパーティには森林木一も来ていて、是永が森林の家に招かれたため、是永と悦子は森林の家に行くことになります。
家に行くと森林とともに森林の内縁の妻の飯山という女性が登場します。
白いトレーナーの袖口が赤く汚れているのを見て悦子は飯山が森林からDV(家庭内暴力)を受けているのではという疑いを持ちます。
飯山は10年も内縁の妻を続けていると言っていました。
DVの疑いと校閲時に浮かび上がった「私はそこから動けない。助けてくれ」のメッセージから、悦子はあのメッセージは飯山が書いたのではと考えます。
メッセージの謎に謎に迫るミステリーな展開になっていきました。


「辞令はある朝突然に」
悦子は6月から「Lassy noces編集部」に異動になります。
この雑誌は「Lassy」の結婚情報に特化した季刊増刊で、編集長は「Every」の副編集長だった楠城かづ子。
予期せぬまさかの編集部への異動に悦子は喜びます。
ただしこの人事はあくまで人手不足による臨時雇いであることを悦子の教育担当となった綿貫から聞かされます。

「Lassy」本誌の編集長は榊原仁衣奈(にいな)と言います。
その榊原仁衣奈が度々「Lassy noces」の編集部にやってきて楠城編集長に因縁をつけてきます。
二人の編集長同士の対立が凄いです。
「Lassy」の編集長だけあり、風も吹いてないのに裾が翻るGUCCIの今季のワンピース、床に穴が空かないか心配になるほど華奢なルブタンのピンヒールでの登場シーンが文章だけなのにカリスマ的なものを感じさせました。
この圧倒的に緊迫した職場の空気にはさすがの悦子もだいぶ疲弊していました。

悦子と是永はお互いの呼び方が「えっちゃん」「ゆっくん」になっていました。
正式に付き合うことになりだいぶ新密度が上がっていました。

悦子の父が倒れて実家の母から連絡が来ます。
翌日の始発で悦子は実家のある栃木に向かいます。

悦子が病室で生死の境を彷徨う父を見て父との数少ない「家族の記憶」を思い出している時、父の「グアムでも行くか」という精一杯の家族サービスを冷めた気持ちで断ったというのがありました。
私が子供の頃父の「キャッチボールでもするか」という家族サービスを断ったのを思い出しました。
後年あれは父なりの家族サービスだったのだなと思い至りましたが当時はにべもなく断ってしまっていました。

母が父の急を知らせようとした時に悦子の携帯が切れていたこともあり母は悦子にあれこれと文句ばかり言っていました。
そんな母の言葉を聞いているうちに悦子は榊原と楠城の対立について閃きを得ます。
悦子の予想を見て、たしかに榊原のようなタイプの人はいると思いました。

またこの話では校閲部の部長のエリンギの本名が茸原だと分かります。
名前までキノコなのかと思い少し面白かったです。


「When the World is Gone ~快走するむしず」
冒頭、悦子は聖妻女子大学時代の友達の結婚式に行きます。
その際、同じく式に呼ばれていた真奈美という人が悦子との会話で見せた嫉妬による嫌味が印象的でした。

「モモちゃんすっごく幸せそうだったね」
「そうだね、素敵な結婚式だったね」
「でも、旦那さんちょっとキモいねよね。私だったら一緒に歩くのやだなあ」
「……そう?」
「外資の証券ってお給料すっごくいいらしいけど、あんなにいい子だったモモちゃんがお金目当ての結婚とか地味にショック。ねえ、悦子ちゃんのワンピース可愛いね、どこの?」
「ありがとう、ドルガバ。思い切って清水の舞台から飛び降りたら全身骨折だよ」
「へぇー。出版社ってお給料いいんだね。でも一月にレモンってちょっと季節外れじゃない?それに結婚式って本当は柄物NGなんだってよ」

モモちゃん(桃花)に対しては旦那がキモい、さらにはお金目当ての結婚だと批判しています。
そして悦子に対してはワンピースの柄が季節外れだ、さらには柄物はNGだと嫌味を言っています。
どちらの会話でも「でも」を使いそこから批判や嫌味を展開しているのが印象的です。
まず話題を振って、それに対して相手が何か答えたところで持論を展開し出すというやり方をしています。
これは私の嫌いなやり方でもあります。
また一連の会話の中で「お給料いい」が二回も出てきていて強い嫉妬心があることが分かりました。
結婚式という晴れの日の時くらい嫌みや嫉妬にまみれるのはやめられないのかなと思います。

悦子は貝塚にご飯に誘われます。
貝塚は「接待用に開拓しときたい店があんだよ、ひとりで行くのもかっこつかないから、おまえ付き合え」と言っていましたが、その様子からはデートに誘う口実として言っているように見えました。
度々校閲部にやってきて悦子と口喧嘩ばかりしている貝塚ですが何だかんだで悦子のことが気になるのかなと思いました。

森尾が辞めるという大事件もあります。
受付嬢の今井セシルが受付前を通りかかった悦子を捕まえてそのことを教えてくれました。
一方是永はモデルとして成功しますが同時に小説家としては挫折の時を迎えていました。
悦子の自分の夢見ていたこととは違う場所に、彼の居場所があったのだ。という述懐が印象的でした。
そして悦子も自身のこれからについて考えていたことがありました。

森尾も是永も悦子もそれぞれの道に進んでいきます。
重要な決断をしたそれぞれの人生がより良いものになっていってほしいと思いました。


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山本屋本店 味噌煮込うどん

2016-11-08 22:55:00 | グルメ


名古屋駅のエスカ地下街にある「煮込うどん 山本屋本店」という味噌煮込うどんの専門店に行きました。
味噌煮込うどんも名古屋の名物とのことで、今回ついに食べてみることにしました。

私は味噌煮込うどんに九条ネギをトッピングしたのを注文しました。
写真のようにぐつぐつと煮立った味噌煮込うどんが運ばれてきました。
味噌のつゆは程よくコクがあり深い味わいでした。
しかもしつこくはなく、すいすい飲めるつゆに仕上がっていました。
具はねぎ、油あげ、かまぼこ、生卵です。
卵をとくとコクにまろやかさが加わります。

味噌煮込うどんは何人かの人がお勧めしていて、麺が結構なかたゆでのため初めて食べると驚くかも知れないとも聞いていました。
食べてみるとたしかにかたゆでで、芯の部分は茹で上がっていなかったです。
ただしとんでもなく硬いほどではなかったです。
麺に歯ごたえがあり、それが味噌のつゆとよく合っていました。

味噌の煮込みと聞くと漠然と重そうなイメージがありましたが、そんなことはなくとても美味しかったです。
ちなみに最初は「山本屋総本家」というお店に行こうとしたのですが、かなりの行列になっていたためこちらの山本屋本店に来ました。
名前が似ているので系列店かと思いきやなんと、山本屋総本家とは全くの別会社とのことです
どちらも山本屋を名乗りしかも全くの別会社とは興味深いところです。
いずれ山本屋総本家のほうの味噌煮込うどんも食べてみたいと思います

「夜行」森見登美彦

2016-11-06 17:16:32 | 小説


今回ご紹介するのは「夜行」(著:森見登美彦)です。

-----内容-----
旅先で出会う謎の連作絵画「夜行」。
この十年、僕らは誰ひとり彼女を忘れられなかった。
彼女はまだ、あの夜の中にいる。
森見登美彦10年目の集大成!
『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』『きつねのはなし』代表作すべてのエッセンスを昇華させた、森見ワールド最新作!

-----感想-----
10月下旬、秋の京都を舞台に物語が始まります。
冒頭の語り手は大橋という男です。
物語は次のように構成逸れています。

第一夜 尾道
第二夜 奥飛騨
第三夜 津軽
第四夜 天竜峡
最終夜 鞍馬

学生時代に通っていた英会話スクールの仲間たちと「鞍馬の火祭」を見物に行こうという話になり、当時の仲間たちが京都に集まります。
大橋の呼びかけでみんなが集まりました。
中井、藤村、武田、田辺と続々と仲間が集まります。
この5人に長谷川さんという女性を加えた6人は10年前の秋、一緒に叡山電車に乗って鞍馬の火祭りに出掛けました。
その鞍馬の火祭りで長谷川さんが忽然と失踪してしまいました。
残る5人で集まって鞍馬の火祭りに行くのはその時以来です。
5人で集まったこの日大橋は昼間長谷川さんに似た人を見かけていました。
長谷川さんによく似た人物は柳画廊いう画廊に入っていき、そこでは岸田道生という画家の個展が行われていました。
驚いたことに大橋以外の4人もみんな岸田道生という画家のことを知っているようで、その名が出ると気まずい雰囲気になっていました。
この画家には何かあるなと思いました。
そこからそれぞれが岸田道生にまつわる過去のことを語っていきます。


第一夜の語り手は中井。
今から5年前のこと。
妻が家を出て行ってしまい尾道に滞在しているため、中井は様子を見に行きます。
高台にある古い一軒家で知り合いの女性が経営する雑貨店を手伝っているとのことです。
中井がその雑貨店「海風商会」に行くと、妻そっくりの妻ではない人がいて驚くことになります。
雑貨店を後にして宿泊のために予約してあるホテルに行くと、ロビーで岸田道生の銅版画に遭遇します。
その銅版画は天鵞絨(ビロード)のような黒の背景に白の濃淡だけで、暗い家々のかたわらをのぼっていく坂道が描き出されていて、坂の途中に一本の外灯があり、その明かりの中にひとりの顔のない女性が立ち、こちらへ呼びかけるように右手を挙げています。
顔がないというのが不気味だと思いました。
中井は「見ていると絵の中へ吸い込まれるような気がした。」と胸中で語っています。

中井の妻は家を出ていく前、怖い夢を見ていました。
その妻の見た夢と、現在の海風商会の女の人の状況がそっくりなのです。
ホラーな、怖い雰囲気の物語でした。


第二夜の語り手は武田。
武田は大橋より一つ下で、メンバーの中で最年少です。
4年前の秋、武田は増田さんという勤め先の先輩に誘われ増田さんとその彼女の川上美弥さん、そしてその妹の瑠璃さんの4人で飛騨高山へ出掛けます。
その道中、講演会に行くミシマという初老の女性が車の故障で困っていたため同乗させることになります。
ミシマは顔を見るだけでその人の未来を見ることができる特殊な力を持っています。
そのミシマが4人のうち2人の方に死相が出ているから今すぐ東京に帰れと言います。
しかし4人は真に受けず、そのまま飛騨高山に行き、民芸品店で働く美弥の先輩の内海のところに行きます。
内海もミシマのことを知っていて、本名は三島邦子だと教えてくれました。
飛騨高山ではそれなりに知られた人で、2人に死相が出ていると聞き、先輩は心配します。
この2人が4人のうち誰と誰なのかが気になるところでした。
語り手の武田は今回の鞍馬の火祭りに行く集まりに生きて参加していることから、残る3人のうち2人が死んでしまうことが予想されました。

増田と美弥は付き合っているのですが頻繁に険悪な雰囲気になり、飛騨高山でもそうなってしまいます。
内海さんと話している時、途中で増田が席を立ってしまい、なかなか帰ってこない増田を探しに瑠璃も外に行きます。
その二人を探して武田と美弥が歩いていると、喫茶店で増田と瑠璃を見つけます。
そしてそこで「夜行ー奥飛騨」の銅版画に遭遇します。
またしても目も口もなくマネキンのような顔の髪の長い女性が立っていて、こちらを招くように右手を挙げています。

やがて男性陣と女性陣で二手に別れて岐阜と富山の県境にある猪谷という駅に向かうことになります。
ミシマが言っていた2人の方に死相が出ているという言葉とグループ分けの人数が一致していて嫌な予感がしました。
死相が出ているというので、どのタイミングで人数が欠けることになるのかハラハラしながら読みました。
また、トンネルの入り口の横では白い服を着た美弥にそっくりな女性がこちらに向かって手を振っています。
4人が宿泊する宿も他の客が誰もいない妙に静かな宿で、これも嫌な予感がしました。


第三夜の語りは藤村玲子。
三年前の2月に青森へ行った時の話です。
藤村の夫は鉄道が好きで、藤村と夫、夫の同僚の児島君の三人で「あけぼの」という寝台列車に乗り、上野から青森に行くことになります。
ちなみに第三夜は文章の雰囲気ががらっと変わって女性らしい語りになっていて、この変化ぶりが上手いなと思います。
三人が児島の個室に集まってワインを飲んでいると、窓の外に火事のようなものを見ます。
そして児島君は燃える家の隣に女の人が立っていて、手を挙げて自身を招いているように見えたと言っていました。
青森に着くと児島君の様子がおかしくなり、まるで最初から知っていたかのように藤村と夫を緑色の屋根と白い壁の二階家に案内します。

藤川は銀座の画廊に勤務していて、昨年末、岸田道生の銅版画の展示会を開催したことがあります。
藤村が岸田道生のマネージメントを担当していた京都の「柳画廊」と打ち合わせをしていました。
その時展示されることになった「夜行」という連作の中に「津軽」というタイトルの銅版画があり、児島君が案内した家はその絵に描かれていた家にそっくりなのです。
絵の中の三角屋根の家では二階にある窓の一つから顔のない女性が身を乗り出して手を挙げています。
「夜行」の連作では常に顔のない女性が手を挙げているようです。
そして現実の世界でも絵とリンクするかのように謎の女性が手を挙げてこちらを招くような場面が出てきます。
やがて恐ろしい展開になったのを目の当たりにして、藤村は長谷川さんが失踪した時のことを思い出します。
また、岸田道生には「夜行」と対になっている、「曙光」という秘密の連作があるとのことです。
「夜行」が永遠の夜を描いた作品だとしたら「曙光」はただ一度きりの朝を描いた作品だと岸田道生は語っていたようです。
しかし生前、岸田道生はその「曙光」を誰にも見せなかったとのことで、どんな絵なのか興味深かったです。


第四夜の語り手は田辺。
二年前の春、愛知県と長野県を結ぶ飯田線に乗った時の話です。

長野県の伊那市に行った帰り道、田辺が飯田線にいると、反対側のボックス席で女子高生とお坊さんが語り合っているのが目に留まります。
そのうち田辺は女子高生に声をかけられ、会話に加わることになります。

お坊さんは他人の心を見ることができるとのことです。
信じていない田辺に対し、お坊さんはかなり具体的なことを言い田辺を驚かせます。
ただしこれにはからくりがありました。

田辺は岸田道生と知りあいでした。
しばらくは会わなくなっていましたが長谷川さんの失踪事件のあった年の暮れ、田辺はバーで岸田道生と再会します。
長谷川さんについて「どちらかといえば内気で、自分だけの「夜の世界」を胸に秘めているような人」と言う田辺に対し、岸田が興味深いことを言います。

「そういう人は『神隠し』に遭いやすい感じがする」
「天狗にさらわれたとでも言いたいのか?」
「場所が場所だからね。それに祭りの夜でもある」
「俺は信じないからな、そういうの」
「まあ、たとえばの話だよ」

天狗にさらわれると聞くと「有頂天家族」の弁天が思い浮かびます。
元々は鈴木聡美という人間ですが琵琶湖畔で天狗にさらわれ天狗の力を身に付けることになりました。

田辺が飯田線に乗ったこの時、岸田道生が死んでから5年が経っているとありました。
お坊さんは女子高生に得体の知れない雰囲気を感じているらしく、田辺にそのことを言っていました。
たしかにこの女子高生には世間一般の女子高生とは違う異質な雰囲気があります。

やがて「夜行」の連作の一つ「天竜峡」が登場。
この銅版画の中にも女の人がいました。
お坊さんは本名を佐伯と言い、佐伯も岸田のことを知っています。
そして銅版画の中の女の人について恐いことを言っていました。

「岸田の描いた女はみんな鬼なのさ。だから顔がない。こいつらは岸田の魔境で生まれた怪物で、最後には絵から抜け出して岸田を喰っちまったんだ。あいつには本望だったんだろうがね」

絵から抜け出してというのが貞子を思わせるものがあり恐かったです。
さらにこの話ではまた「曙光」の名が登場していました。田辺も佐伯もその名前は知っていますが実際の絵を見たことはないとのことです。


最終夜の語り手は大橋。
大橋以外の4人が岸田道生にまつわる過去のことを語り終わったところです。
貴船の宿で語り終わったメンバーは叡山電車に乗って鞍馬駅に行きます。
この話でも「曙光」の名前が登場し、大橋はこの日の昼下がりの画廊で画廊主の柳さんから「岸田さんには謎の遺作があるんですよ」とその名を聞いていました。

長谷川さんのことがありみんな鞍馬に出かけるのを躊躇っていて出発が遅れたため、鞍馬の火祭りは終わり、観光客たちが帰ってくるところでした。
5人もその流れに乗って帰るのですが、またしても失踪事件が起きます。
今度は複数の仲間が消えてしまいました。

途方に暮れた大橋はかつて長谷川さんと四条大橋から鴨川に沿って歩いた時、彼女が「世界はつねに夜なのよ」と言っていたのを思い出します。
この言葉は作品内で何度か出てきていて重要な意味を持つ言葉のようです。

一体何が起きているのか、宿に電話をしてみると、何と大橋名義でしていたはずの宿の予約までなかったことになっていました。
最終夜は驚きの展開です。

そして大橋は柳画廊のショーウィンドウに展示されていた「夜行ー鞍馬」という作品のことを思い出します。
これが謎を解く鍵と見た大橋は柳画廊に行きます。
そこでついに夜行と対をなす「曙光」の謎が解けることになります。


森見登美彦さんの作品は笑える楽しい作品が多いのですが、この作品はミステリーとホラーの要素がありなかなかシリアスな作品でした。
そこは「きつねのはなし」を思わせるものがあります。
そしてシリアスな雰囲気の中にこの先の展開はどうなるのだろうと興味を持つ面白さがありました。
作家生活10年を迎えた森見登美彦さんのこの先の活躍にも期待しています。


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モコモコうろこ雲

2016-11-05 21:51:36 | ウェブ日記
写真は先日撮影した朝の空です。
最近は雲の少ない清々しい秋晴れの空になることがよくありますが、この日の朝はうろこ雲が出ていました。
モコモコと、まるで羊の毛のようなうろこ雲が空に広がっていました。

東の空には太陽が顔を覗かせ、朝日がうろこ雲を照らしています。
雲は多くてもその向こうには青空が見え、朝の太陽がうろこ雲を明るく染めているので清々しい秋晴れの朝とはまた違うワクワク感があります。

夏の空でうろこ雲を見ることはほとんどなく、秋になると現れることがあります。
すらーっと薄く伸びる筋雲も秋になると現れます。
季節が変わると雲も変わり、空は季節ごとに色々な顔を見せてくれて面白いです。

最近は秋が深まってきたのでかなり澄んだ青空を見られることがあります。
「秋の空は高い」と言われるように、夏の入道雲に比べて秋の雲は高い位置に現れること、そして空自体も澄んでいることから、秋の空は夏よりもかなり天高くにあるように感じ解放感があります。
外を歩く時はそんな秋の空や紅葉していく木々を楽しみながら歩きたいと思います

「西一番街ブラックバイト」石田衣良

2016-11-03 18:52:25 | 小説


今回ご紹介するのは「西一番街ブラックバイト」(著:石田衣良)です。

-----内容-----
黒く塗りつぶされるな。
お前はダメ人間なんかじゃない。
多くの飲食店を経営するOKグループが若者を使い潰す方法は、"憲兵"が脅し、"腐った五人"が痛めつけること。
過酷な労働を強いられ、辞めることもできない。
池袋にはびこるブラック企業に、マコトとタカシが立ち向かう。
若者を使い潰すブラック経営者に、Gボーイズが怒りの声をあげる!

-----感想-----
「池袋ウエストゲートパーク」シリーズの第12作目です。
今作はタイトルにブラックバイトとあるように、ブラック企業の問題を扱っています。
ブラック企業といえば、大手広告代理店の株式会社電通で起きた、過酷なブラック労働(上司からの凄まじいパワーハラスメントと過酷な長時間労働により精神的に追い詰められる職場環境)により入社一年目の24歳女性社員が自殺した事件が記憶に新しいです。
物語は次のように構成されてきます。

西池第二スクールギャラリー
ユーチューバー@芸術劇場
立教通り整形シンジケート
西一番街ブラックバイト

今作も池袋西一番街にある果物屋の息子でトラブルシューターでもある真島誠の日常で様々なトラブルが起こります。
順番に各作品について感想を書いていきます。

「西池第二スクールギャラリー」
少子化により廃校になった小学校を美術品のギャラリーにし、そこに作品を展示するアーティストとその作品を巡る話です。
マコトは少子化について「おれは別に少子化なんて気にしない。みんなが人口を減らしたほうがいいと決めたんなら、それはそれでかまわない。」と語っていました。
これは私はそうは思わず、このまま少子化が続くと年金や医療などの現在の福祉制度を維持するのが不可能になり、弊害がそのまま国民に跳ね返ってくることから、やはり少子化は改善されるのが望ましいのだと思います。

この話の始まりは12月に入ったばかりの頃。
マコトと同じく豊島区立西池袋第二小学校の卒業生で、西一番街の奥にある和菓子屋「奥久」の一人娘、本岡小枝子がマコトのもとを訊ねてきて仕事の依頼をします。
小枝子はその小学校を改装して作られた「アートサポートセンターTOSHIMA」にギャラリーを作っていて、好きなアーティストの芸術作品を展示しています。
しかし作品の中の一つ、ゴジラによく似た立体造形が何者かによって壊されてしまいます。
小枝子はマコトに作品を守って、犯人を探してほしいと依頼します。
ゴジラによく似た立体造形は小門屋(こかどや)健一という現場の建設作業員的格好のアーティストの作品で、この作品だけが被害に遭っています。
しかも二度に渡って壊されていることからマコトは何かあるなと考えます。
また、小枝子は最初Gボーイズのキング・タカシ(安藤崇)にこの件を相談し、タカシからマコトなら何とかしてくれると紹介されて来ていました。

30歳の誕生日を迎えた日、建築現場で働く日々からアーティストになる決心をして40歳目前の今に至る小門屋に対し、マコトは次のような思いを抱きます。
人生の曲がり角でなにかを真剣に悩んで選ぶ。その先に待ってるのが吉か凶かは当人には絶対にわからないのだ。おれたちはみんな、その選択を日々繰り返しながら生きている。
シェイクスピアの名言「人生は選択の連続である」が思い浮かぶ言葉でした。
たしかに意識しているものもしていないものも、日々色々な選択をしています。

小門屋と話していてマコトは小門屋が何かトラブルを抱えているのに気づきます。
そこでマコトは小門屋に付きそうとともに何かおかしな動きがないか監視し、ギャラリーのほうはGボーイズが犯人の襲撃に備えて張り込みをすることになります。

マコトとタカシが地下鉄の東京メトロである人物の追跡をすることになった時、タカシがラインを使って地上の車で待機する仲間にメッセージを送っていました。
その様子を見て、「池袋ウエストゲートパーク」の小説内でも大分時代が進んだなと思いました。
1作目では19歳だったマコトやタカシも今では30歳が近い20代後半です。
マコトはタカシに軽口を言いタカシは冷ややかにあしらったりしながらも、何だかんだで安定の良いコンビぶりを発揮していました。


「ユーチューバー@芸術劇場」
Youtubeに動画をアップして生計を立てる人を題材にした話です。
季節は春を迎えた3月。
動画投稿サイトについて、「初めて出現したときは、哀れなネズミのようだった。そいつはほんの十年ばかり前の話だ。」とありました。
そしてその後、「それが今では、滅びゆく放送や出版全メディアの天敵になろうとしている」とありました。
石田衣良さんは出版側の人間ですが「滅びゆく放送や出版全メディア」とマコトに語らせているのが印象的です。
これはそのとおりで、ネットのブログやツイッターで個人が自由に情報発信できるようになったのと同じく、動画を発信するのもテレビのような既存メディアの専売特許ではなくなりました。
テレビ、新聞といった既存メディアにネットの台頭前のような力はなく、確実に衰退しています。
しかも捏造報道や偏向報道をよくやることから既存メディアから発信される情報への信頼が低下していて、それも衰退に拍車をかけています。
このまま行くとたしかに滅びる既存メディアが出てきても不思議はないです。

ある日、タカシがマコトに「ワンフォーティ流星(表記は140★流星)」に会ってどんなやつか、Gボーイズが仕事を受けて良い相手かどうか見てきてほしいと頼んできます。
職業はユーチューバーとのことでした。
池袋西口公園で流星に会ってみると鮮やかな蛍光イエローのパーカーを来た小太りで金髪の男で、本名は石丸流星と言います。

流星は有名なユーチューバーで、玉ねぎ丸ごと一個を何秒で食べられるかなど、意味のない馬鹿げた動画を色々アップしていますが、流星によると馬鹿げた企画のほうがたくさんアクセスされるとのことです。
流星はマコトにスマホ一台で動画が撮れて編集までできるようになったネット世界の革命について熱く語っていました。
「新聞やテレビ、出版や音楽といったメディアビジネスは津波のような変化に呑まれている最中なんだ」
マコトはこの言葉を聞いて「旧型メディアは恐竜のように、スマホというネズミに打ち倒されつつある。」と胸中で述懐していました。

ネットの世界で活躍する流星ですが、Gボーイズに仕事を頼むということはトラブルに見舞われているということです。
「戸田橋デストロイヤーZ」というゴリラのマスクを被ったユーチューバー集団がいます。
破壊が得意で何かを壊す動画をアップしてアクセスを稼いでいます。

その戸田橋デストロイヤーZから流星に脅迫が来ていて、あと3日後にある流星のユーチューバー三周年の記念日を台無しにしてやるとのことです。
流星は三周年記念に池袋の東京芸術劇場の一番長いエスカレーターから転がり落ちる動画をアップする予定で、それを成し遂げるまで流星を守るのがGボーイズの任務となります。
戸田橋デストロイヤーZを尾行していたGボーイズメンバーがハンマーで殴られ病院に運び込まれ、タカシは激怒。
その後は予想外の展開が待っていました。
タカシがマコトに良いことを言います。
池袋だよ。この街で起きることは最低のことから最高のことまで、なにひとつおれたちと無関係じゃないんだ。この街を傷つけるなら、おれは動く。Gボーイズもな。そいつはおまえだって同じだろ」
タカシやマコトの、地元である池袋への愛着が分かる言葉でした。


「立教通り整形シンジケート」
美容整形を巡る話です。
日本の美容整形市場は年間二千億円とあり、結構額があるなと思いました。

季節は7月終わりの夏。
カフェで雑誌のコラムを書いていたマコトが店を出ようとした時、女が声をかけてきます。
女の名前は夏浦涼(すずか)と言い、顔の下半分を覆う立体的なマスクをしています。
スズカは園田浩平という男にストーカーをされているため助けてほしいと相談してきます。
ただしマコトは園田浩平についてスズカが何かを隠していることに気付きます。

マコトはスズカからジェフ杉崎というおねえ言葉の男を紹介されます。
ルウェス西池袋という美容室で働くトップスタイリストで、さらに女の子の美を総合的にプロデュースする仕事もしているとのことです。
どうやら美容整形が絡んでいるようで、この人物に不審さを感じたマコトはタカシに電話してルウェス西池袋のことを何か知らないか聞きますが、タカシは特に何も知らないようでした。
そしてタカシのほうは「池袋4D美容外科」という病院のトラブルのことをマコトに話します。
度重なる手術と高額な施術代金、さらには術後の顔面トラブルにより、Gボーイズのキング・タカシのところに相談が何件か来ているとのことです。
ルウェス西池袋のジェフ杉崎、そして池袋4D美容外科とどちらも整形関係のトラブルがあることから、マコトとタカシは共同戦線を張り調査に乗り出します。
そして事件のからくりが明らかになります。

マコトはスズカの三次元立体マスクの下がどうなっているのか気になり、一度マスクを取ってみてくれないかと頼みます。
涼はマスクの下に強烈なコンプレックスがあり、ジェフ杉崎にもそこにつけ込まれています。

東池袋中央公園、別名「エンジェルパーク」が久しぶりに登場します。
シリーズ第1作目の「サンシャイン通り内戦」という話に登場した公園で、ここでGボーイズによる大きな集会が行われます。
Gガールズの中にも悪徳美容整形の被害に遭った子達がいて、集会に集まったメンバーの前で池袋4D美容外科の実態を訴えました。
そして池袋4D美容外科をアンタッチャブル(接触禁止)に指定し、Gボーイズ、ガールズ、その友達や関係者全てが今後一切この病院には近付かないようにすることが決定されます。
しかしスズカはコンプレックスから美容整形への思いは消えず、池袋4D美容外科で整形手術をしようとします。


「西一番街ブラックバイト」
ブラック企業の話です。
季節は12月の冬。
池袋には最近「OKカレー」や「OKチャーハン」など、OKグループの飲食店が次々とオープンしていて、西口だけで10店舗を超える勢いです。
OKカレーは290円、OKチャーハンは320円と安いのが売りです。

マコトが果物屋の開店の準備をしていると、谷口優(まさる)というOKグループの従業員が挨拶してきます。
OKグループの社長は大木啓介という男で、自身が書いた「大木啓介のポジティブに生きる365日名言集」などの本を新たな著作が出るたびに社員に強制的に買わせていて、しかも同じ本を最低でも3冊買わないといけないとのことです。
OKグループでは隔月で試験があり、試験問題は全て大木啓介社長の著作の中から出題されていて、成績下位20%の者は池袋駅西口でビラまきをしながらさらに大声で叫んで宣伝をしないといけません。
その上の20%は西口界隈のはき掃除に駆り出されていてマサルはそれをしています。
OKグループはやっていることが完全にブラック企業だなと思います。
はき掃除は「憲兵」と呼ばれる監視員にチェックされていて、マサルはこの人物達をかなり警戒していました。

タカシがマコトの果物屋にやってきて、一緒に西一番街を歩くことになります。
タカシの目的はOKグループの敵情視察をすることで、Gボーイズも二桁を超えるメンバーが働いていて、サービス残業、賃金の未払い、長時間労働などの苦情が殺到しているとのことです。
敵情視察で寄ったOKカレーで恐るべきブラック企業の実態を見ることになります。
店の裏で声がしたので様子を見に行ってみると、憲兵達が一人の社員を猛烈に脅していました。

「すみません。これからがんばりますから」
「いいから辞めろ。おまえは社会人失格だ」
「そうだ、人間のクズだ。うちの会社におまえの居場所はない」
「だったら、首にしてください」
「それはできない。あくまで、自己都合で辞めてもらう」
「それだと、失業保険がもらえ……」
「失業保険とか、ふざけんな。生意気なんだよ。おまえは会社にいる一秒ごとに損失をだしてるんだぞ。自分からさっさと辞めるのが筋だろうが」

気に入らない社員は憲兵達によって強引に退職に追い込まれるようです。
しかも無理やり退職させるのに会社都合ではなく自己都合で退職させようとしています。
これは会社都合での退職が増えると会社の評判が悪くなるからで、かなり悪質なことをしています。

やがて藤本光毅(みつき)という社員が地獄のようなブラック労働に耐えかねて自殺を図ります。
OKグループは「感謝と感動」を企業理念とし、社員達にも「仕事に感謝しろ」と過酷なブラック労働を強いています。
藤本光毅は「これ以上仕事に感謝も感動もできません」と言っていました。
マコトはその時のことを思い出しながら「だいたい感謝や感動は人に押しつけられるものじゃないよな。」と胸中で語っていて、これはそのとおりだと思いました。

またOKグループはアルバイトに対し、半年以内に辞める場合は違約金80万円を払うことという契約を結ばせています。
アルバイトの時給で払えるはずもなく、一度グループに入ったら半年は逃げ出すこともできずブラック労働をさせられることになります。
そうして若い人達を最大限こき使えるだけ使い次々と使い潰していきます。
社長や幹部など一部の者だけは儲かりますがそれを支える現場の人達は地獄という構図です。

またOKグループは言いなりにならない従業員をしめるために腐った五人、通称「腐ファイ」という武闘派集団を雇っています。
OKグループという最悪なブラック企業を倒すため、マコトはタカシから作戦を立てるように頼まれます。

従業員の自殺を受けて開かれた大木啓介社長の会見は従業員の死をも美談として利用するような酷いものでした。
また大木啓介社長は慈善活動としてインドネシアにエアコン付きの小学校を建設することなども言っていて、社員にはブラック労働を強い、それで得たお金で自分だけ良い顔をしようとする偽善ぶりが酷かったです。

大木啓介社長はビルから飛び降りて自殺した従業員について「残念ながら心に弱いところがあった」と言っていますが、私の解釈は違います。
ビルから飛び降りたら死にます。
それにもかかわらず飛び降りるには強い精神力が必要で、つまり心が強い人なのです。
ただしその強さが外部へではなく自分自身を傷つけるほうに向いてしまうため、自殺という悲劇が起こります。

冒頭で触れた大手広告代理店の株式会社電通で起きた24歳女性社員の自殺事件で、武蔵野大学の長谷川秀夫教授がフェイスブックで「月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない」と、会社ではなく自殺者のほうを非難してネットが炎上する事件がありました。
大木啓介社長の「残念ながら心に弱いところがあった」と通じるものがあります。
上に立つ人がこのような認識だからなかなかブラック企業がなくならないのだと思います。
自殺した人を「心が弱い」や「情けない」で片付けるのではなく、悪質なブラック労働の環境を改善するほうに意識を向けてほしいです。
希望を持ってその会社に入った人が絶望しながら自殺に追い込まれるのはあまりに不憫です。

※「電通の高橋まつりさん過労自殺事件について」の記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。


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