80歳台後半の女性。気管支喘息重積発作がやっと軽快して、退院予定だった時に突然倒れて昏睡となった。脳底動脈に血栓が閉塞したが、その後血栓が細かく散って小脳梗塞と後頭葉の脳梗塞になった。脳幹部は生き残って助かった。
ベットで座位にはなれるが、嚥下障害で経口摂取はわずかにできるものの食事としてはとれない。簡単な会話はできるので、経管栄養を行って、在宅介護にもっていくことにした。
80歳台後半の男性。3日前に両側の誤嚥性肺炎で入院した。抗生剤投与で解熱して、酸素飽和度も改善してきた。ぼんやりとだが、開眼してこちらを見るようにはなった。仙骨部と腸骨部に浅い褥瘡がある。うまく肺炎が治ったとして、食事摂取はできるのだろうか。動けるうちは寝たきりの妻の介護をしていたらしいが、自分も動けなくなって、家族に介護力がなく自分も一気に寝たきりとなってしまった。
80歳前半の女性。認知症で施設に入所していたが、嚥下性肺炎で紹介入院となった。もう施設に戻ることはないだろうということで、施設の籍が切れたらしい。意外に抗生剤で肺炎が治癒して、嚥下できそうだった。しかし、食事を詰まらせてまた誤嚥性肺炎が再発した。再度の抗生剤投与で軽快してきたが、経口摂取は無理だろう。家族と相談したら、経管栄養は希望しないと言われた。なるべく自然な形で看取ってほしいという。少なめの点滴を続けて、可能な限り嚥下しやすいものを食べさせて、経過をみることになった。
90歳男性。一昨年に妻が死亡してからは一人暮らしだった。子供はいなかった。近くに住む親戚が面倒をみていたようだ。しだいにうごきが悪くなっていたが、転倒して動けなくなっているところを親戚が発見して救急要請した。搬入時、肩の打撲・擦り傷と手関節の打撲による腫脹があったが、それ以外には異常はなかった。点滴もしたが、暖かい病院で食事も出て、何かと介助してもらったのが効いたのだろう。だいぶ下肢の筋力は低下していたが、2か月リハビリをして、廊下を歩行器で自力歩行できるまでになった。穏やかな方で、それなりに会話もできた。施設入所の申込みをして待っていたが、やっと施設にショートステイできることになった。自宅には戻れないのでショートステイをつないで行って、いずれ恒久的な入所になる予定だ。
入院患者さんが80歳台から90歳台なので、治って自宅に戻るのが1/3、施設に入所するのが1/3、亡くなるのが1/3というところだ。
ベットで座位にはなれるが、嚥下障害で経口摂取はわずかにできるものの食事としてはとれない。簡単な会話はできるので、経管栄養を行って、在宅介護にもっていくことにした。
80歳台後半の男性。3日前に両側の誤嚥性肺炎で入院した。抗生剤投与で解熱して、酸素飽和度も改善してきた。ぼんやりとだが、開眼してこちらを見るようにはなった。仙骨部と腸骨部に浅い褥瘡がある。うまく肺炎が治ったとして、食事摂取はできるのだろうか。動けるうちは寝たきりの妻の介護をしていたらしいが、自分も動けなくなって、家族に介護力がなく自分も一気に寝たきりとなってしまった。
80歳前半の女性。認知症で施設に入所していたが、嚥下性肺炎で紹介入院となった。もう施設に戻ることはないだろうということで、施設の籍が切れたらしい。意外に抗生剤で肺炎が治癒して、嚥下できそうだった。しかし、食事を詰まらせてまた誤嚥性肺炎が再発した。再度の抗生剤投与で軽快してきたが、経口摂取は無理だろう。家族と相談したら、経管栄養は希望しないと言われた。なるべく自然な形で看取ってほしいという。少なめの点滴を続けて、可能な限り嚥下しやすいものを食べさせて、経過をみることになった。
90歳男性。一昨年に妻が死亡してからは一人暮らしだった。子供はいなかった。近くに住む親戚が面倒をみていたようだ。しだいにうごきが悪くなっていたが、転倒して動けなくなっているところを親戚が発見して救急要請した。搬入時、肩の打撲・擦り傷と手関節の打撲による腫脹があったが、それ以外には異常はなかった。点滴もしたが、暖かい病院で食事も出て、何かと介助してもらったのが効いたのだろう。だいぶ下肢の筋力は低下していたが、2か月リハビリをして、廊下を歩行器で自力歩行できるまでになった。穏やかな方で、それなりに会話もできた。施設入所の申込みをして待っていたが、やっと施設にショートステイできることになった。自宅には戻れないのでショートステイをつないで行って、いずれ恒久的な入所になる予定だ。
入院患者さんが80歳台から90歳台なので、治って自宅に戻るのが1/3、施設に入所するのが1/3、亡くなるのが1/3というところだ。