今回は西穂から天狗のコルに至り、天狗沢を下り岳沢小屋に下るルートを当初から計画した。
このルートは西穂から奥穂に到る稜線上で唯一のエスケープルートと言われている。確かに西穂奥穂の稜線では逃げ場はここしかない。いざとなればビバークしかない。ちなみに実質の所要時間は西穂山荘から西穂経由で天狗のコルまでは6時間、天狗のコルからジャンダルム経由で奥穂高山荘までは4時間で合計10時間程度で、これに休憩時間が加わる。天狗のコルから岳沢小屋までは約2時間。もちろん所要時間には個人差が大きく、リュックサックの重量が大きく影響する。
岳沢小屋から天狗沢経由で天狗のコルまでのルートは、一昨年は畳岩尾根の途中まで行き、装備の初歩的ミスで引き返しているので、一応は天狗沢の登り下りの経験がある。昨年は同じルートを登りジャンダルム、奥穂経由で穂高岳山荘まで行った。ジャンダルムの頂上で新潟から来られたクライマーと遭遇し写真を撮って頂き談笑したことは楽しい思い出だ。
天狗のコルには避難小屋あとの石組みが崩れて残っている。
ここから天狗沢を急下降するが、浮いた岩石がほとんどで非常に悪い。下降の取り付きでは下降角度が大きく最も危険だ。畳岩尾根側の一枚岩の下部と浮いたガレた岩クズの境界にラインをとって下り、辛うじて足場を確保できる。岩クズの上を進むとローラーに乗ったように止まることなく滑り落ちてしまう。
天狗沢の下りは昨年及び一昨年の状態に比べて非常に悪い。西穂山荘の職員と、携帯電話で予約を入れた岳沢小屋の職員にも今年は非常に悪いので注意するようにアドバイスを得ていた。今年は震度6クラスの群発地震が付近で発生していて、落石には十分注意するように勧告を受けていた。今年は登高下降のルートに踏み跡は全然ない。全て落石に覆われている。天狗の頭と畳岩尾根に挟まれた沢筋は狭く、上部からの落石で一撃を受ければひとたまりもない。耐えず上部から落石がないか、全身の感覚を研ぎ澄ませて注意しながら下った。幸い午後も時間を過ぎていたので、落ちるものは落ちてしまっていたのだろう、また幸運にも恵まれ落石にあうことがなかった。
ここで無意識に「有難う、皆さん!ここまで生かしてくれて有難う!」と大きな声で天狗のコルの方向に叫びを上げた。神仏、先祖、身内、これまで私に係わった皆さんに!周りには人は誰もいない天狗沢で、沢筋の上部に向かって感謝の言葉を叫んだのだ。自分でも意外だった。無意識の中で感謝の言葉を叫んだのは生まれて始めてだった。
岩場では何でもない個所で失敗するとよく言われる。リスクとは何だろうと考える。慎重にステップを確認しながら時間をかけて下り、岳沢小屋に到着した。
岳沢小屋に宿泊した後、翌日は前穂高岳へピストン往復、またはジャンダルム経由で奥穂までを考えていたが、今回は断念することにした。
翌朝は晴天に恵まれ、天狗沢を見ながら、充実した山行を思い出しながら上高地に下った。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます