地元目黒区北部の菅刈公園、西郷山公園、駒場公園、駒場野公園に加えて東京大学教養学部駒場キャンパスをめぐるコースです。住区別でみると烏森住区には大きな公園がありません。鎌倉街道沿いの宿山があり、鎌倉時代から住んでいる人が多かったと考えています。東山住区は駒沢練兵場の跡で官舎が多く立ち並び公園はありませんでした。最近官舎が整理され小学校が拡張されたり、東山公園が拡張されたりしています。菅刈公園と西郷山公園は菅刈住区にあり、西郷従道邸の一部です。駒場住区は江戸時代幕府の鷹場で、幕末幕府がフランス式軍隊の練兵場にしようとしましたが一揆などで実現せず、明治政府が駒場農学校を設立しました。本郷の東京大学を拡張する際土地交換で加賀の前田家が駒場に引越してきてその跡地が駒場公園。農学校から分かれた東京教育大学(現在は移転して筑波大学)の一部が駒場野公園です。
目黒川とアトラスタワー
この三年このアングルでたくさん撮ってきましたが、アフターコロナで通常の生活へ戻る模索の中、少なくしてきた電車移動を伴うウォーキングが徐々に増えてこのアングルの写真は減ってくるでしょう。すこやか歩こう会の活動も久しぶりに三週連続して20人越えとなりました。
鵜
鵜を撮ってみましたがここにもアトラスタワーが写り込んでいました。五月にはこの辺りで生態調査も行われます。目黒区のサイトから引用します。
目黒川でアユ捕獲!「いきもの発見隊」開催(平成30年5月20日)
更新日:2018年5月31日
5月20日(日曜日)、目黒川船入場で「いきもの発見隊」を開催した。このイベントは、区内在住、在学、在勤者を対象に、普段は入ることの出来ない目黒川に入り、川にいるいきものたちを捕獲、観察してもらい、身近な自然に対する理解を深めてもらうことを目的に開催しているもので、平成9年度からスタートし、今年度で22年目を迎える。例年好評のイベントで、今回は276名の参加希望があり、親子連れを中心に、抽選に当たった85名が参加した。
爽やかな風が吹く休日の午後、長靴を履き、たも網を手に持った参加者は、講師(魚類研究者)の君塚(きみづか) 芳輝(よしてる)氏から、いきもの捕獲のアドバイスと川に入るうえでの注意点について説明を受けた後、いきものが沢山いそうなポイントめがけて思い思いに川に足を踏み入れた。
川底には藻などが生えており、油断をすると滑って転びそうになるが、最初こそ慎重に歩いていた参加者もすぐにいきもの探しに夢中になった。開始早々、「捕まえた!」と声が上がり、駆け寄ってみると4センチほどのアユが網に入っており、捕まえた子どもは嬉しそうに魚を見せてくれた。川は濁りなく、天候にも恵まれ、川面を注意深く見ながらゆっくり歩いていると魚の姿が視認出来る。しかし、たも網を川に入れて近寄るとすぐに逃げられてしまうため、親子や子ども同士で協力し合いながらいきものを捕まえる姿があちこちで見られた。
川から上がった参加者は、日除けテントの下で、区の職員から区内の自然や環境について座学を受けた。目黒川の透明度については、長いシリンダーに目黒川の水を入れて子ども達に上から覗き込んでもらい、捕まえた川のいきものがどんな環境で生きているかを感覚的に理解してもらった。参加者は説明を聞きながら、普段身近にある区内の自然について再確認している様子だった。
その後、川で捕獲したいきものの観察会が行われ、参加者の捕まえたいきものが何という名前でどのような形をしているのか、改めてじっくりと観察してもらった。いきものは種類ごとに水槽に分けられ、子ども達はその姿を熱心にスケッチし、描き終えた後も長らくその姿をじっと眺めていた。
今回のいきもの発見隊では参加者とスタッフにより10種類のいきもの(アユ、スミウキゴリ、ビリンゴ、ボラ、マハゼ、マルタ、ミシシッピアカミミガメ、モクズガニ、アメリカザリガニ、クサガメ)が捕獲され、「スミウキゴリ」が最も多く捕れた。かつては水質汚濁がひどかった目黒川だが、平成7年以降、東京都によって清流復活事業(落合下水処理場から高度処理水を目黒川に流し、きれいな水の流れを取り戻す事業)が行われると、水質が改善され、東京湾からアユやハゼなどの魚が上ってくるようになり、現在では多くの種類のいきものが観察出来るようになっている。
東京地方裁判所中目黒庁舎(ビジネス・コート)
はし田屋中目黒店
目黒川をさかのぼります。
菅刈公園の白梅
クロガネモチ(実)
フユザクラ
オオイヌノフグリ
菅刈公園でトイレ休憩。菅刈小学校も近くにありますが菅刈はこの辺りの小字ではなく、目黒区から世田谷区にかけて存在した荘園です。区内初の小学校が八雲小学校でそれに対抗して誰かが「菅刈」を命名したのかな。その後は下目黒小学校、碑小学校、中目黒小学校と設立され小字が学校名となっています。ちなみに設立当時の菅刈小学校は寿福寺近くにありました。現在のフジトピア目黒祐天寺の場所と考えていますが確証ありません。
西郷山公園
カワヅザクラ
坂を上って西郷山公園。ようやく咲きはじめましたね。
モンスーンカフェ
サミットストア 代官山鉢山町店
旧山手通り沿いにサミットがオープンしました。イメージで名前を付けるなら南平台店ですが、ぎりぎり鉢山町なのですね。でも鉢山町だとどこだかわからないので代官山を持ってきた。個人的には目黒川と渋谷川の浸食で残った淀橋台地の縁を代官山山脈と呼んでいるのでこの命名は良い。地図で見るとこのあたり「町」がつく町名が多いです。円山町、神泉町、南平台町、鉢山町、鶯谷町、猿楽町、代官山町。丁目がつかない単独町名には「町」をつけるのでしょうか?目黒区では中央町一丁目とかあるので、命名規則は謎です。
ビギ
レクサス渋谷
ビギの建物は元々ビギでPINK HOUSEになってBIGIに戻ったような気がします。はじめにBIGIのロゴを見た時「ビッグ1」だと思っていて、王貞治さんが金田正一さんの近所で会社をやっているのかなぁと思いました。ファッションには疎いんです。
松見坂
これまで「山賊が松の上から旅人を見張っていて、道玄物見の松と呼ばれていました」などと説明していました。この山賊「大和田道玄」は和田合戦で敗れて武士から山賊になったことは最近知りました。道玄坂の名の由来というのは諸説ある中で有力とされるもの。大和田は町名としては残っておらず桜丘町になりますが、渋谷区文化総合センター大和田やフレッシュオーワダ 渋谷駅前店に名残があります。大和田、道玄坂、松見坂と名を遺した山賊ということになるのかな。
駒場バラ園バラ育成中
炊事門
バイオネスト
立派な松
矢内原門跡
大学の建物
イチョウ並木
フサカ
野球場
グランドでサッカー
北門
COVID-19で教養学部構内を通行できない時はつらい歩きでしたが、今年度はじめから通行できるようになりこのコースは改めていいコースだなと思います。「フサカ」は調べると多くの論文が発表されています。
フレッシュネスバーガー一号店
駒場公園和館
アオキ
この紐は?
いつも思うんだけど、これで木が割れるのを防いでいるわけじゃないでしょう。
洋館
重要文化財(建造物)
平成25年(2013)8月7日指定
留学や駐在武官としてヨーロッパ滞在の長かった前田利為侯爵は、駒場本邸(洋館)を内外の賓客をもてなすにふさわしい邸宅として、昭和4年(1929)に竣工しましたが、当主一家の住居でもありました。設計は高橋貞太郎です。鉄筋コンクリート造地上2階・地下1階で、当時最新の設備を取り入れる一方、外観はイギリス貴族の館であるカントリー・ハウス風の意匠とし、伝統的で重厚なイギリスのチューダー様式でまとめています。外装は石川県小松産の凝灰岩である大華石(たいかせき)やスクラッチタイルで装飾されています。第二次世界大戦中に前田侯爵が戦死し、戦後は一時期連合国軍GHQが司令官の事務所などとして使用しましたが、内外部とも創建当時の状態をよく留めています。隣にある和館とは、外廊下でつながっています。
駒場バラの会の人達
洋館庭門及び塀
重要文化財(建造物)
平成25年(2013)8月7日指定
洋館の玄関廻りと、南の芝庭などの庭園とを区切る塀です。洋館から車廻しの円周路の沿って西へ延び、中央にパーゴラ(腰掛付き)と西寄りに庭門を設けています。洋館と同様に大華石やスクラッチタイルで装飾されていますが、門扉、鉄柵、パーゴラ、腰掛などは失われています。南の芝庭では、かつては園遊会が開かれ、また侯爵の家族が乗馬やスキーを楽しんだと伝わります。洋風の芝庭の周囲には築山が築かれ、その奥の園路周辺には石灯篭など和風のしつらえが配されています。
駒場公園の紅梅白梅
クリスマスローズ
ハルザキクリスマスローズでしょうか?
駒場野公園
へのへのもへじ
ロウバイと水源池
こちらでゴール、ストレッチをして解散です。
羽田に着陸する旅客機
南風の日の夕方このあたりが着陸航路になります。
この日は焼売酒場なかめで反省会。いつでも一時間千円とは思い切ったシステムですが、回転は良さそう。美味しくいただき、楽しい時間を過ごしました。
すこやか歩こう会ではひきつづき会員を募集しています。目黒区在住以外の方も歓迎いたします。
まずは一緒に歩けるか、試しに一度参加してください。
sukoyaka[アットマーク]v08.itscom.net([アットマーク]は@へ変換してください)宛にメールをいただければ、直近の活動予定をお知らせいたします。
すこやか歩こう会活動スケジュール
目黒川とアトラスタワー
この三年このアングルでたくさん撮ってきましたが、アフターコロナで通常の生活へ戻る模索の中、少なくしてきた電車移動を伴うウォーキングが徐々に増えてこのアングルの写真は減ってくるでしょう。すこやか歩こう会の活動も久しぶりに三週連続して20人越えとなりました。
鵜
鵜を撮ってみましたがここにもアトラスタワーが写り込んでいました。五月にはこの辺りで生態調査も行われます。目黒区のサイトから引用します。
目黒川でアユ捕獲!「いきもの発見隊」開催(平成30年5月20日)
更新日:2018年5月31日
5月20日(日曜日)、目黒川船入場で「いきもの発見隊」を開催した。このイベントは、区内在住、在学、在勤者を対象に、普段は入ることの出来ない目黒川に入り、川にいるいきものたちを捕獲、観察してもらい、身近な自然に対する理解を深めてもらうことを目的に開催しているもので、平成9年度からスタートし、今年度で22年目を迎える。例年好評のイベントで、今回は276名の参加希望があり、親子連れを中心に、抽選に当たった85名が参加した。
爽やかな風が吹く休日の午後、長靴を履き、たも網を手に持った参加者は、講師(魚類研究者)の君塚(きみづか) 芳輝(よしてる)氏から、いきもの捕獲のアドバイスと川に入るうえでの注意点について説明を受けた後、いきものが沢山いそうなポイントめがけて思い思いに川に足を踏み入れた。
川底には藻などが生えており、油断をすると滑って転びそうになるが、最初こそ慎重に歩いていた参加者もすぐにいきもの探しに夢中になった。開始早々、「捕まえた!」と声が上がり、駆け寄ってみると4センチほどのアユが網に入っており、捕まえた子どもは嬉しそうに魚を見せてくれた。川は濁りなく、天候にも恵まれ、川面を注意深く見ながらゆっくり歩いていると魚の姿が視認出来る。しかし、たも網を川に入れて近寄るとすぐに逃げられてしまうため、親子や子ども同士で協力し合いながらいきものを捕まえる姿があちこちで見られた。
川から上がった参加者は、日除けテントの下で、区の職員から区内の自然や環境について座学を受けた。目黒川の透明度については、長いシリンダーに目黒川の水を入れて子ども達に上から覗き込んでもらい、捕まえた川のいきものがどんな環境で生きているかを感覚的に理解してもらった。参加者は説明を聞きながら、普段身近にある区内の自然について再確認している様子だった。
その後、川で捕獲したいきものの観察会が行われ、参加者の捕まえたいきものが何という名前でどのような形をしているのか、改めてじっくりと観察してもらった。いきものは種類ごとに水槽に分けられ、子ども達はその姿を熱心にスケッチし、描き終えた後も長らくその姿をじっと眺めていた。
今回のいきもの発見隊では参加者とスタッフにより10種類のいきもの(アユ、スミウキゴリ、ビリンゴ、ボラ、マハゼ、マルタ、ミシシッピアカミミガメ、モクズガニ、アメリカザリガニ、クサガメ)が捕獲され、「スミウキゴリ」が最も多く捕れた。かつては水質汚濁がひどかった目黒川だが、平成7年以降、東京都によって清流復活事業(落合下水処理場から高度処理水を目黒川に流し、きれいな水の流れを取り戻す事業)が行われると、水質が改善され、東京湾からアユやハゼなどの魚が上ってくるようになり、現在では多くの種類のいきものが観察出来るようになっている。
東京地方裁判所中目黒庁舎(ビジネス・コート)
はし田屋中目黒店
目黒川をさかのぼります。
菅刈公園の白梅
クロガネモチ(実)
フユザクラ
オオイヌノフグリ
菅刈公園でトイレ休憩。菅刈小学校も近くにありますが菅刈はこの辺りの小字ではなく、目黒区から世田谷区にかけて存在した荘園です。区内初の小学校が八雲小学校でそれに対抗して誰かが「菅刈」を命名したのかな。その後は下目黒小学校、碑小学校、中目黒小学校と設立され小字が学校名となっています。ちなみに設立当時の菅刈小学校は寿福寺近くにありました。現在のフジトピア目黒祐天寺の場所と考えていますが確証ありません。
西郷山公園
カワヅザクラ
坂を上って西郷山公園。ようやく咲きはじめましたね。
モンスーンカフェ
サミットストア 代官山鉢山町店
旧山手通り沿いにサミットがオープンしました。イメージで名前を付けるなら南平台店ですが、ぎりぎり鉢山町なのですね。でも鉢山町だとどこだかわからないので代官山を持ってきた。個人的には目黒川と渋谷川の浸食で残った淀橋台地の縁を代官山山脈と呼んでいるのでこの命名は良い。地図で見るとこのあたり「町」がつく町名が多いです。円山町、神泉町、南平台町、鉢山町、鶯谷町、猿楽町、代官山町。丁目がつかない単独町名には「町」をつけるのでしょうか?目黒区では中央町一丁目とかあるので、命名規則は謎です。
ビギ
レクサス渋谷
ビギの建物は元々ビギでPINK HOUSEになってBIGIに戻ったような気がします。はじめにBIGIのロゴを見た時「ビッグ1」だと思っていて、王貞治さんが金田正一さんの近所で会社をやっているのかなぁと思いました。ファッションには疎いんです。
松見坂
これまで「山賊が松の上から旅人を見張っていて、道玄物見の松と呼ばれていました」などと説明していました。この山賊「大和田道玄」は和田合戦で敗れて武士から山賊になったことは最近知りました。道玄坂の名の由来というのは諸説ある中で有力とされるもの。大和田は町名としては残っておらず桜丘町になりますが、渋谷区文化総合センター大和田やフレッシュオーワダ 渋谷駅前店に名残があります。大和田、道玄坂、松見坂と名を遺した山賊ということになるのかな。
駒場バラ園バラ育成中
炊事門
バイオネスト
立派な松
矢内原門跡
大学の建物
イチョウ並木
フサカ
野球場
グランドでサッカー
北門
COVID-19で教養学部構内を通行できない時はつらい歩きでしたが、今年度はじめから通行できるようになりこのコースは改めていいコースだなと思います。「フサカ」は調べると多くの論文が発表されています。
フレッシュネスバーガー一号店
駒場公園和館
アオキ
この紐は?
いつも思うんだけど、これで木が割れるのを防いでいるわけじゃないでしょう。
洋館
重要文化財(建造物)
平成25年(2013)8月7日指定
留学や駐在武官としてヨーロッパ滞在の長かった前田利為侯爵は、駒場本邸(洋館)を内外の賓客をもてなすにふさわしい邸宅として、昭和4年(1929)に竣工しましたが、当主一家の住居でもありました。設計は高橋貞太郎です。鉄筋コンクリート造地上2階・地下1階で、当時最新の設備を取り入れる一方、外観はイギリス貴族の館であるカントリー・ハウス風の意匠とし、伝統的で重厚なイギリスのチューダー様式でまとめています。外装は石川県小松産の凝灰岩である大華石(たいかせき)やスクラッチタイルで装飾されています。第二次世界大戦中に前田侯爵が戦死し、戦後は一時期連合国軍GHQが司令官の事務所などとして使用しましたが、内外部とも創建当時の状態をよく留めています。隣にある和館とは、外廊下でつながっています。
駒場バラの会の人達
洋館庭門及び塀
重要文化財(建造物)
平成25年(2013)8月7日指定
洋館の玄関廻りと、南の芝庭などの庭園とを区切る塀です。洋館から車廻しの円周路の沿って西へ延び、中央にパーゴラ(腰掛付き)と西寄りに庭門を設けています。洋館と同様に大華石やスクラッチタイルで装飾されていますが、門扉、鉄柵、パーゴラ、腰掛などは失われています。南の芝庭では、かつては園遊会が開かれ、また侯爵の家族が乗馬やスキーを楽しんだと伝わります。洋風の芝庭の周囲には築山が築かれ、その奥の園路周辺には石灯篭など和風のしつらえが配されています。
駒場公園の紅梅白梅
クリスマスローズ
ハルザキクリスマスローズでしょうか?
駒場野公園
へのへのもへじ
ロウバイと水源池
こちらでゴール、ストレッチをして解散です。
羽田に着陸する旅客機
南風の日の夕方このあたりが着陸航路になります。
この日は焼売酒場なかめで反省会。いつでも一時間千円とは思い切ったシステムですが、回転は良さそう。美味しくいただき、楽しい時間を過ごしました。
すこやか歩こう会ではひきつづき会員を募集しています。目黒区在住以外の方も歓迎いたします。
まずは一緒に歩けるか、試しに一度参加してください。
sukoyaka[アットマーク]v08.itscom.net([アットマーク]は@へ変換してください)宛にメールをいただければ、直近の活動予定をお知らせいたします。
すこやか歩こう会活動スケジュール
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