すずりんの日記

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小説「雪の降る光景」第2章4

2006年11月15日 | 小説「雪の降る光景」
 2月に入って1週間が過ぎた頃、総統の暗殺未遂事件が起こった。ナチスの2人の将校が、総統の乗る予定だった飛行機に時限爆弾を仕掛けたのだ。幸い、ブランデーの瓶の間にセットされたその爆弾は爆発せず、総統に怪我は無かった。が、その2人の将校の名前は、ついにわからず仕舞いだった。
 反ナチに寝返った人間が、ナチ党内にいる。しかも、総統のお膝元ともいえる軍内部の人間だ。私以外のナチ最上層部の数名を全員疑わざるを得ない状況だ。が、今すぐにその2名の犯人が誰かわからなくても、彼らは、作戦が失敗したことで少なからず追い詰められたはずだ。いずれまた、何気無い顔をして総統に近づいて来るだろうが、今は私たちが、彼らのことをすでにマークしていると思わせて、尻尾を出すのを待つとしよう。
 私はこの事件を、毎日当たり前のように目まぐるしく変わる日常の1つとして捉えていたが、総統は、そうは考えていなかった。この事件のあった時一緒にいた私とボルマンに対して、母親に助けを求める子供、まさにそんな様子で、私たち2人以外の全ての者に怯えていた。私とボルマンは、偶然ではあったが、総統の命が狙われたまさにその時その場に居合わせたことで、それまで以上の信頼を総統から受けることとなった。特にボルマンに対して総統は、たった一度きりではあったが、彼を「共産党のスパイ」と罵ったことを深く悔やんでいるようであった。総統はそれを口に出して言うことは無かったが、ボルマンはいち早くその想いを自分の胸に受け止めて、彼なりの満足感に浸っているようだった。
 私やボルマンだけでなく、総統のことを、総統と呼び崇めている全ての者に何らかの衝撃を与えたこの事件で、もう1人、総統との関わりを変えてしまった人物がいた。・・・ハーシェルである。彼は事件発生当時、総統の別荘で、各地に散っているゲシュタポたちに指示を与えていた。彼にとって不幸だったのは、総統がボルマンに対して言った言葉―――「共産党のスパイ」―――を思い出した時、同時にその時その場にいた、総統、ボルマン、私、そしてハーシェルの顔ぶれまで思い出してしまったことである。
「ハーシェルはどうしている。」
数日後、別荘で会った総統は、すでに暗殺に対しての恐怖心は薄れ、はっきりとした口調でそう言った。ボルマンと私を見据えたその顔は、落ち着き払っているようだったが、ゆっくりとした足取りで手を後ろで組みながら部屋を歩き回るのは、明らかに総統が不機嫌になっている証拠だった。
「ハーシェルはあの事件のあった日、どこにいたのだ?」
「彼はあの日は朝から別荘の方で待機をしておりましたが。」
私はあの日、別荘で彼の姿を見かけていた。ボルマンは前日より総統と行動を共にしていて、私だけ別荘から合流したのだ。私は総統の質問の真意を探ろうとしたが、総統の足音がコツコツと響いているだけだった。
「・・・ハーシェルを逮捕しろ。」


(つづく)


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