すずりんの日記

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小説「雪の降る光景」第2章6

2006年11月21日 | 小説「雪の降る光景」
 その日の午後、ハーシェル逮捕の指示を受けたゲシュタポの1人から、彼を確保したとの連絡が入った。当然のことだが、ハーシェルは相当抵抗したらしく、彼も彼を確保した数人の兵士も、かなりの怪我を負ったらしかった。いくら軍の人間でも、あくまでも「逮捕」の命令しか受けていないのだから、当たり前のように人を殺してきたゲシュタポの必死の抵抗を防ぐことは、並大抵のことではなかったに違いない。
 ハーシェルは入れられた独房の中で、総統とボルマンへの面会を求め続けていた。そしてそれが実現できないことを知ると、
「ちくしょう!・・・またあいつの仕業か!」
そう言ったきり黙ってしまったのだそうだ。私たちがそのように報告を受けた時、彼がおとなしくなったことでとりあえずホッと胸を撫で下ろしているボルマンの横で、ハーシェルが最後に言ったその言葉が、私の胸に深く突き刺さっていた。「面倒なことにならなければ良いが。」・・・私はそう思っていた。しかし、「そうならなければ良い」と願う気持ちほど、時にあっけなく裏切られるものだ。そしてこの場合も例外ではなかった。この日の未明に、ハーシェルが独房を脱走したのだ。
 彼は必ず、私の前に姿を現す。そのことには確信があったが、だからといって私が前もってどのような対応をすれば良いのか、という点については、私は何一つ確かな答えを引き出すことはできなかった。

 彼が姿をくらましてから3日が過ぎた。彼は一向に消息がつかめず、私は相変わらず、彼と対面した時の対応に答えを出せずにいた。総統は、姿を見せぬまま自分を再び殺そうとするかもしれないハーシェルの名前が自分の耳に入るのを極度に恐れていた。ボルマンは、そんな総統に気遣いながらも、ハーシェルはどこかで死んだのだ、と思い込もうとしていた。そして私は、何も考えられずにいた。ただ、「ハーシェルは必ず、私の前に現れる。」ということだけは、私にとっては、火を見るより明らかなように思われた。

 彼に怯えていないとは言い切れなかった。しかし、怯え切っているという訳でもなかった。何か目に見えない運命のようなものに殉じるような、神聖な感じがしていた。・・・そう、その運命が、「死」そのものを意味するものであったとしても、である。彼が正々堂々と、正面から私を殺そうとするならば、そして彼が、私を殺した後「ナチスを裏切った者」としてのレッテルを貼られ、裁判で死刑の判決を受ける覚悟をしているのなら、私は喜んで彼に殺されようではないか。・・・恐いことなどない。なぜならば、私と彼はたぶんこうやって、今まで何度も生死を繰り返してきたのだから。


(つづく)


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