すずりんの日記

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小説「雪の降る光景」第2章5

2006年11月17日 | 小説「雪の降る光景」
 私とボルマンはお互いに顔を見合わせ、相手が自分と同じく呆れ顔なのを確認した。
「総統、・・・いきなり、何を言い出すんですか。」
ボルマンは、これほど不機嫌な総統がジョークなど言わないことはわかってはいたが、ジョークであることを祈ってわざと明るく返事をした。
「私の元に、ハーシェルがあの事件に関係しているといった密告があったのだ。」
総統の足音が止まった。
「ハーシェルはあの爆弾のことを前もって知っていた。だからあの場所にいなかったのだ。そう私に知らせてくれた者がいたのだ。奴は犯人の仲間だ。奴を逮捕しろ!」
総統は、私とボルマンに内緒話をするように顔を近づけてきたが、静かに興奮し始めた総統の声と手振りは段々と大きくなり、歯止めが利かなくなってきていた。
「奴は私を殺そうとしたのだぞ!今すぐ逮捕しろ!もしこの逮捕を阻止しようとする者がいたらそいつも共犯だ!そいつらもまとめて捕らえろ!今すぐにだ!」
総統は、急に狂ったようにそうまくし立てた。
 この一声で、総統が部屋の外で待機させていた2名のゲシュタポが、私とボルマンの指示を待たずに外に走り出し、他の10名ほどの兵士にも総統の言葉を伝えて車で八方に散らばっていった。私とボルマンはそれを止めることもできずに、ただ呆然と突っ立っていた。私は混乱する頭で、「おまえもハーシェルの仲間なのか!」という言葉が総統の口から出ることの無いような、差し障りの無い言葉を必死で探していた。
「総統、・・・我々はこのままここに残り、ハーシェル逮捕の連絡を待ちましょう。」
私はそう言うと総統の返事を待ったが、彼は無言のまま軽く頷き、愛人のエバのいる別室に向かった。
「ハーシェルには悪いことをしてしまったな。」
独り言のようにそうつぶやいた私の言葉を聞いて、ボルマンは私の肩を叩いてこう言った。
「しかし、総統の怒りが彼に向いたおかげで、私が助かった。」
「そうだな。」
私は、ハーシェルを失うよりもボルマンを失う方が、ナチスにとっても私個人にとっても大きな損害になるのだと冷静に結論を出し、届いて欲しくない連絡を待った。


(つづく)

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