第1章 出逢って初めて(2)
いつの間にか、その男は慎平の後ろに立っていた。
慎平は絵を見るのに夢中になっていて、その男の存在にはしばらく気が付かなかった。
しかし、男が慎平の隣に並んだ時、慎平はその男の存在感に一瞬で嫌悪を抱いた。
なんだこの感じは!?
気のせいかとも思ったが、確かにこの男が隣に立った時から、悪寒のような、落ち着かない、誰か嫌な奴にジッと見られているような感覚が、慎平の皮膚を、神経を、侵していた。
暫くして、男は音も無く慎平と絵の間に入ってきた。
絵が見えないじゃんか。おい! 邪魔だよ!
慎平は思ったが、この男の不気味な存在感に少しの恐怖感を覚えていたのか、慎平にしては珍しく、口には出さなかった。
男は、胸のポケットから棒のようなものを取り出した。
マジックペン?
チラッと見えた。
そう、今男が手に持っているのはマジックペンだ。
男は今よりも更に大賞作品に近付き、……一体何をしようというのか? 何をするか分からない、切羽詰った、殺気の様な雰囲気を慎平は男から感じていた。
『ガリガリガリッ……』
突然男は絵に襲い掛かり、ペンで何かを描き込み始めた!
「えっ!?」
慎平は呆気にとられ、止めることも、その場から立ち去る事もできないでいた。
これからどうなってしまうのか、目の前で起こったあまりに非現実的な出来事に、少し、背徳の期待感を抱き始めていたのかもしれない。
程なく美術館の警備員がそこに駆け付けた。
「なにをやってるんだ!」
まったくだよ。こいつなにモンだ?
慎平はこの事件のギャラリーを決め込むことにした。一部始終を、この目で見届けてやる。
男は警備員の怒声を無視して、まだ何かマジックペンで描き込んでいる。
「やめなさい!」
騒ぎを聞きつけて、別のスタッフも現場へ走って来た。
「ペンを放しなさい!」
「ホットケ!」
今、初めて慎平は男の声を耳で聞いた。
なぜか、どこかで聞いたことのある声のような気がした。
まだ声変わり前の少年のような、音階の高い声。少し不快に耳に残る、その声質。
何処かで……小学校の頃の友達の声だろうか? それとも中学?
濁りのない、よく響く、その声。
「絵から離れろ! 手に持っているのを放せ!」
「嫌だ! あんたらにそんな権利あるのか!」
お前はどんな権利でそんなことしてるんだよ。
慎平は心の中で突っ込まずにはいられなかった。声には出さない。