おっちーの鉛筆カミカミ

演劇モノづくり大好きおっちーのブログです
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そのうち、みなさんにお目にかかれたらうれしいです

障害物越走(オリジナル)

2009年04月04日 01時20分40秒 | 文章塾


「スタート」
 僕はその時の事を憶えていない。
 号砲は確かに鳴った筈だ。
 しかし僕はそれを憶えていない。
 だけどとにかく、僕は走り始めたのだった。
 最初、僕はどこへ向かえばいいのかすら分からなかった。
 でも声が聞こえた。
「向こうへ走るんだ」
 僕はその通りにした。
 ふと気が付くと、僕の隣にも、僕と同じ様に走っている者がいた。
 僕は彼を「友達」と呼んだ。
 走っている間は、僕は彼の相手しかしなかった。
 しかし暫くして、彼とは別れた。
 道が分かれたのだ。
 その後、道は人で溢れた。
 僕に友達が大勢できたのだ。
 その中に魅かれる相手がいた。異性だった。
「このぶら下がってるパンを口だけ使って食べるんだって」
 僕は背が高かったので、難なくクリアできそうだった。
「あたしちっちゃいから無理。もう手で取っちゃお」
 その子が手を伸ばした時、彼女のお腹の、裾の下からチラリと臍が見えた。
 でも僕は目の前の、ルールがある方を優先した。やり方が分かっている方を優先したのだ。
 僕はパンを口の中に入れて走った。「友達」は少し減ったみたいだった。
 暫く走ると平均台があった。
「そこから落ちたら不幸になるぞ!」
 観衆からの野次が飛んでくる。只の平均台なのに。
 僕はそれなりに恐怖とプレッシャーを感じながらも、それを無事渡り終えた。
 今度は網の中を潜るのだ。
 網の中に入ると薄暗くなった。
 ん? 何か僕は柔らかいものに触っている。
 嫌に気分が高揚してくる。
 どこからかいい匂いもしてくる。
 網の中に出口は見えない。
 網は手足に絡まる。
 僕はその時、初めて進む事を止めた。
 この快楽の、甘い泥の中、意識を失うまでそれを味わった。
 目を覚ました。
 嫌に頭がスッキリしている。
 空は晴れていて、光が眩しい。
 網から抜け出ると、誰かと手を繋いでいた。
 僕が笑うと、そいつも笑った。
 その頃の僕はなんだか力に満ちていた。
 慢心したのか、転んでしまった。
 膝から血が出た。
 小さな子供が、僕の事を心配している。
「大丈夫だよ」
 僕はその子供に言った。
 愛しかった。
 いつの間にか、僕は独りになっていた。
 もうすぐゴールだ。
 ゴールテープが迎えてくれる。
 あ、
 地面の茶色と空の青が同時に目に映った。
 その後の記憶は無い。



 僕はその手紙を鳥に託した。
 僕は今、何も無いところに居る。


   *  *  *


 「第33回文章塾という踊り場♪」への投稿作品のオリジナル(最初に書いた形)版です。
 今回のお題は、「死者についての文章」でした。難しかったです。
 この作品の文章塾投稿版と、それに対する塾生の皆さんのコメント、僕の返信は、こちらから。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
障害物越走なのは (矢菱虎菱)
2009-04-12 09:08:57
鉄槌さんも言ってましたが、私もこの文章、好きなんですよね。
障害物越走と一生をオーバーラップさせているところ、特にパン食いと青春の頃の感じを重ねたり、網くぐりを性体験に重ねたりするあたり。そして、鳥に託すところ。
障害物競走と書かれずに越走とされているのは、やっぱり人生、競走やら競争じゃないよ、というメッセージなのですか?
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障害物越走なのは 矢菱虎犇さんへ (おっちー)
2009-04-12 17:13:27
 そうです。きっとそうです(笑)
 とにかく「競争」という言葉はしっくりきませんでした。
 色々越えながら歩いたり走ったりするものだなと。
 だから、「走」という言葉も厳密に言うと合わないのかもしれないですね。
 それぞれがそれぞれ、ゴールまで進む。干渉はするけれど、最後は、結局はひとり。
 でも文章塾でも書きましたが、この文章は思い付きなので。お恥ずかしいです。
 でも好きだといっていただいて嬉しいです。また頑張れます。

 ありがとうございます!
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