第五章 再会(二)
バタム!
と大きな音を立てて、ピコタン絵画教室の扉が閉められた。
二人の男達は、将と30分ほどアトリエで話した後、教室を立ち去った。
将さんに、何の用件だったのかしら?
みどりは将とあの二人の男の関係が気になって仕方ない。
あまり良い感じはしない、と女の勘が言っている。
将さんに訊いてみればいいのか。
しかし、その勇気が出ない。
みどりは、教室で将と二人になると、なぜか言葉が出てこなくなる。
それは将がアトリエにこもって出てこなくなることも大きな原因なのだが、その原因は、みどりの内面にもあった。
水原将……
みどりにとって、将は不思議な、他の誰にも代替できない存在であった。
みどりにはよくわからないのだが、将には、絵の才能がケタ外れにあるらしい。教室の先生も、「将君には敵わない」と言ったことがあるほどだ。
でも将は、性格的にははっきり言って変わり者だった。
教室にいても、誰とも話さない事が何日も続いたかと思えば、何かの拍子に、たがが外れたように、興奮して一時間くらい喋くりまくることもある。
みなの前で、脈絡のない感情の爆発をさせる事も幾度となくあった。
だから、みどりも含めたピコタン絵画教室の生徒達は、将と距離をおいて接していた。
「触らぬ神に崇りなし」的な空気が確かにあったと思う。
しかし、みどりは勇気を出して、アトリエのドアをふすまを開いた。
「将さん……」
消え入るような声で、将に話し掛ける。
案の定、将の耳にその声は届いていないようだ。
みどりに背を向けて、キャンバスと向き合って芸術と静かな格闘をしている。
「ねえ!」
みどりが少しイライラして、少しだけ声を荒げた。すると、
「ん?」
将はみどりの声掛けに気付いたようだった。みどりの方を振り向く。
「アッ……えーと……ね、さっき、男の人二人来てたよね」
「ああ、いたよ」
焦って話しているみどりと対照的に、将の態度は冷静で、スキがない。
「将さんのお客さんだったの?」
「見てりゃわかるだろ?」
少しイラつく将。その様子の変化を見てさらに慌てて、挙動不審になるみどり。
将さんが相手だと、なんでこういう風になっちゃうんだろう。
「そうだけど、確認。だって、なんか感じ悪い人たちだったよ?」
「人を一目見ただけで判断するな」
「そうだけど……なんか大丈夫? 将さんの事が心配だよ」
「余計なお世話だ」
「そうだけど……」
鼻の奥がツンとしてきた。目頭が熱くなる。
あっ、泣きそうだ、私。
こんなことで泣くもんか。
「もういいよ」
みどりはそう言い残して、アトリエを出た。
頭の中では、さっきの「紳士」男の声を聞いた時に感じた懐かしいような感覚と、ゴロツキ男への嫌悪感と、将があの二人と何を話していたのかという疑問がぐるぐる渦巻いていた。
その時、
ゴンゴン!
教室の玄関のドアがノックされる音がした。
たぶんこれは……
「こんにちは~」
「毎度~」
修くんと慎平くんが来た。
みどりの表情は、自然にパッと明るくなる。
そのことを、本人は気付いていない。
元気で明るい田中みどりちゃんが復活した。
* * *
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そして、僕はこれを読みながら、みどりの視点で体験しているというよりも、舞台の上でみどりを中心に展開をしている舞台を見守っている舞台監督おっちーさんが見えるような気がするんです。客席側で腕組みして舞台を見つめているって感じ。
こういうのって自然とこれまでのおっちーさんの体験から自然に生まれているのでしょうね。
舞台監督……そうですね、映画で言うところの監督……細かく言って申し訳ないんですが、舞台監督というよりも、演出さん的な視点があるかもしれません。
あっ、でも、演出の視点よりもスタッフ的な見方をしているように読まれました?
それはそうかもしれない。
舞台監督はスタッフを統括する役目なんです。
基本として、役者ひとりひとりとコミュニケーションをとる必要は、それほどないんです。
役者を統括するのは、演出の仕事なのです。
やっぱり僕は照明とか、スタッフとして舞台の物語に関わることが多いですから、おっしゃる通り、そういった視点が身に付いているのかもしれませんね。
また、自分の文章に対する変わった見方を知って、興味深かったです。
ありがとうございます!