冬川や朽ちて渡さぬ橋長し 寺田寅彦
辺境の川にかかる橋は別として、車輛が頻繁に通るような橋は、今どきは耐震性も見かけもずいぶん立派なものになってきている。ここで詠まれている橋は木橋か土橋か、いずれにせよ老朽化してしまって、人が渡ることが禁じられている橋であろう。冬であれば、人が通らない橋は一段と寒々しく眺められ、渡れないということで実際以上に長い橋のように感じられるのだ。おそらく、その川は郊外を流れているのであろう。川はいつもより水かさが増して、白々と流れているかのように想像される。だからなおさらのこと、橋の老朽化が強く印象づけられ、いっそう長いものに感じられるのであろう。寒さのなかにも、古き良き時代の風景を感じさせてくれる句である。俳人としてもよく知られている寅彦は、二十歳の頃に俳句を見てもらうために夏目漱石を訪ね、いくつかの俳句が「ホトトギス」に掲載された。漱石には「谷深み杉を流すや冬の川」がある。『俳句と地球物理』(1997)所収。(八木忠栄)
【冬の川】 ふゆのかわ(・・カハ)
◇「冬川」 ◇「冬川原」
冬の川と言えば、水嵩が少なく、流れも細く、或いは所々途切れたりして細々と流れている姿が思い浮かぶ。川の中の洲や川原石も目立つが、季語としては流れに視点が置かれている。荒涼たる景色ではあっても、流れる水を見るとほっとする思いもある。
例句 作者
家の裏ばかり流れて冬の川 細見綾子
仰向けに冬川流れ無一物 成田千空
沿ひ行けば夜の雲うつる冬の川 山口誓子
冬の河浅みの澄みのけふも暮る 松村蒼石
冬川の末はひかりとなりにけり 谷野予志
冬川鳴るただ冬川の鳴るばかり 菅原鬨也
流れ来るもの一つなき冬の川 五十嵐播水
冬川のひびきを背に夜の伽 石原八束
冬河に新聞全紙浸かり浮く 山口誓子
冬川に出て何を見る人の妻 飯田蛇笏