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獄凍てぬ妻きてわれに礼をなす 秋元不死男
季語は「凍つ(いつ)」で冬。戦前の獄舎の寒さなど知る由もないが、句のように「凍る」感じであったろう。面会に来てくれた妻が、たぶん去り際に、かしこまってていねいなお辞儀をした。他人行儀なのではない。面会部屋の雰囲気に気圧された仕草ではあったろうけれど、彼女の「礼」には、夫である作者だけにはわかる暖かい思いが込められていた。がんばってください、私は大丈夫ですから……と。瞬間、作者の身の内が暖かくなる。さながら映画の一シーンのようだが、これは現実だった。といって、作者が盗みを働いたわけでもなく、ましてや人を殺したわけでもない。捕らわれたのは、ただ俳句を書いただけの罪によるものだった。作者が連座したとされる「『京大俳句』事件」は、京都の特高が1940年(昭和十五年)二月十五日に平畑静塔、井上白文地、波止影夫らを逮捕したことに発する。当時「京大俳句」という同人誌があって、虚子などの花鳥諷詠派に抗する「新興俳句」の砦的存在で、反戦俳句活動も活発だった。有名な渡辺白泉の「憲兵の前ですべつてころんじやつた」も、当時の「京大俳句」に載っている。ただ、この事件には某々俳人のスパイ説や暗躍説などもあり、不可解な要素が多すぎる。「静塔以外は、まさか逮捕されるなどとは思ってもいなかっただろう」という朝日新聞記者・勝村泰三の戦後の証言が、掲句をいよいよ切なくさせる。『瘤』所収。(清水哲男)
【凍土】 いてつち
◇「凍土」(とうど) ◇「凍上」(とうじょう) ◇「凍上り」(いてあがり) ◇「大地凍つ」(だいちいつ)
凍った土をいうが、寒さの厳しい地方にみられる現象。土は凍って硬く、凍結層が厚くなると隆起現象を起し道路や建物に被害をもたらす。日が射しても、なかなか凍土は緩まない。
例句 作者
凍土や俵を漏れし炭の屑 石橋忍月
凍土をすこし歩きてもどりけり 五十崎古郷
凍土を踏みて淋しき人訪はむ 小坂順子
凍土をなほ縛しむる木の根かな 富安風生
凍土行く生きものの耳我れも立て 村越化石
道凍てし夜と云ふものゝ中にあり 高浜虚子