
大雪となりて果てたる楽屋口 安藤鶴夫
寄席が始まる頃から、すでに雪は降っていたのだろう。番組が進んで最後のトリが終わる頃には、すっかり大雪になってしまった。楽屋に詰めていた鶴夫は、帰ろうとした楽屋口で雪に驚いているのだ。出演者たちは出番が終われば、それぞれすぐに楽屋を出て帰って行く。いっぽう木戸口から帰りを急ぐ客たちも、大雪になってしまったことに慌てながら散って行く。その表の様子には一切ふれていないにもかかわらず、句の裏にはその様子もはっきり見えている。今はなき人形町末広か、新宿末広亭あたりだろうか。いずれにせよ東京にある寄席での大雪である。東京では10cmも降れば大雪。これから贔屓の落語家と、近所の居酒屋へ雪見酒としゃれこもうとしているのかもしれない。からっぽになった客席も楽屋も、冷えこんできて寂しさがいや増す。寄席では、雪の日は高座に雪の噺がかかったりする。雪を舞台にした落語には「鰍沢」「夢金」「除夜の雪」「雪てん」……などがあるが、多くはない。癖の強かった「アンツル」こと安藤鶴夫の業績はすばらしかったけれど、敵も少なくなかったことで知られる。多くの演芸評論だけでなく、小説『巷談本牧亭』で直木賞を受賞した。久保田万太郎に師事した。ほ【大雪】 たいせつ
二十四節気の一つ。立冬の30日後、小雪の15日後で、陽暦では12月7、8日頃に当たる。この頃になると、いよいよ寒さも本格化し南国からも霜の便りが届く。
例句 作者
大雪の鵯聞いてゐる墓の虚子 対馬ひさし
大雪や暦に記す覚え書き 椎橋清翠
大雪や棕梠葉鋭くひろがりて 柴園芳衛
かに「とどのつまりは電車に乗って日短か」の句がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)