武内 ヒロク二

このブログは、武内ヒロクニの絵の紹介や、家での出来事を妻が語ります。
日々、徒然。

BAR 夜の窓・作品紹介385

2015-06-18 14:15:05 | Weblog


この絵を見た時、なんかドキッとしました。
タイトルは「BAR 夜の窓」とあり、ヒロク二さんのバーめぐりが昇華されているのか?と、思ったりしました。
ヒロク二さんが語ってくれる話の中に、若かりしの頃のお酒談義がある。
この文章は、ヒロク二さんに質問して、その言葉を書き起こしたものから紹介します。

「オールシュックアップを聞いて、ジュークボックスで聴いてジンフィズをやたらに飲んで、
吐くという、それでサルトルを読んだ気になっている。
三宮のどん底やね。マスター、友人のM君と飲みあるくというやつ、さらに酔う為に
走るという・・・。神戸のバーはカクテルを作るというおおわらわの時代だから、
まあ飲んだのは、ハイボールやジンフィズだけど、まあそこへダスターコートという、
白いダスターコートを着て、タバコを吸うわけ」。

それが、高校時代だそうです。

「まあ、やっぱりプレスリーや本当にロックンロールの時代だった。
酒場、夜の窓とかね。そんなマッチが裏路地に、落ちている。
しょんべん臭い路地裏に。
よく酒飲みがごろごろと夜の街にぶったおれていて、それは木造のじゃんじゃん市場というのが
そごうの前にあるわけよ。そごうの前にね、市電が走っているのだけど、そのかたいっぽうに
じゃんじゃん市場の中に『じゅんいち(漢字は不明)』という酒場まがいの売春まがいのブロックが
あってね。なにをやっているのか分からないタタミをしいた座敷があり、怪しいおばちゃんや
姉さんがいたわけだから、そりゃ、酔っ払いと売春の地域だったんでしょう」

不良をめざしていたヒロク二さんの酒談義の1つを紹介しました。
でも、いろんな事を観察していて、その頃の雰囲気を伝えてくれるので、へーとか、ホーとか言いつつ聞いています。
ヒロク二さんは、デートの時に「アブハチ」というバーによく連れていってくれました。
27歳の私には、ちょっと静かめの大人のバーという感じのするバーでした。
急に変わりどころでは、外人バー(年配の白人系のマスター)の所や、おしゃべりの中に出てくる「どん底」
などのバーへいっては、絵のことを話していたように思います。
(ちなみに、私もお酒は強いよ。酔っ払わせてという手は使えない女だ)
いつも、思い出を作ってくれるヒロクニさん。
私は、伊丹市、徳島、小学校から宝塚市という田舎者なので、
神戸という都会の匂いを教えてくれるヒロクニさんといるのが楽しかったことを改めて再発見。


こちらの写真は、「カメラが撮らえた 兵庫県の昭和」から抜粋。

昭和28年の
三宮バー街

神戸市三宮の歓楽街で日本人のギター流しを
楽しむ米軍水平達(朝日新聞社提供)

ヒロクニさんは、進駐軍向けのジャズをラジオで聴いていた思い出も語ります。
学校へ行くより、ラジオでジャズを聴くのに有益に感じていたせいか、
あまり学校へいかず、独自の勉強に忙しかったそう。
いろんな音楽を聴く人ですが、最近は改めて「マイルス・ディビス」を聴いて、感動しています。
そのせいか、親米というか「アメリカ」が大好きです。
私が「アメリカにも陰りが見えてきたねぇ」と言おうものなら、
「そんなことない!」と一喝されます。
やはり、アメリカの音楽、絵画、映画(白黒のもの)など、
好きな文化に対して友情のものようなものを感じているのだなァと思う次第です。



梅雨に入って、我が家にもあじさいの花が咲きました。
1つのあじさいから、何故かうすいピンク色とうすいブルーの花が咲いています。





コメント
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