10月1日から4日まで、和歌山県の田辺市で開催された「第3回 田辺・弁慶映画祭」にキネマ旬報映検審査員として参加。東京から新大阪まで新幹線で2時間半、新大阪から紀伊田辺まで特急で2時間半、計5時間余りの長旅だったが、初めて訪れる土地への好奇心と映画漬けの3日間を過ごすことができてなかなか楽しかった。
以下に、それぞれの作品のあらすじと寸評を。まずは、初日に見た3本から。
『彼方からの手紙』監督:瀬田なつき 主演:スズキジュンペイ
不動産屋に勤める30歳目前の吉永。同棲している女性もいるが、なんとなく人生に疲れを感じている。そんな彼の前に謎の少女が現れ、かつて父と一緒に住んでいた部屋が見たいと言い出すが…。
現在、過去、未来が交錯する映画だけに、時の流れの描写などに粗削りで独り善がりなところも見られたが、興行を意識していない、大学の卒業製作だと思えばまずまずの出来か。スズキジュンペイが、何となく人生に疲れた主人公を好演していた。ファンタジーは観客を納得させるのが難しいが、瀬田監督は、もう少し整理ができれば素質はあると感じた。ぜひ、後々、商業映画として自身でリメークしてほしいと感じた。
スズキジュンペイ、どこかで見たことがあると思って本人に確認したら、『9/10 ジュウブンノキュウ』(06)という映画に出ていた鈴木淳評と同一人物だった。
『未練坂のヤドカリ』監督:小林総美 主演:石野由香里
夫に浮気され捨てられたヒロイン。彼女はトイレ掃除婦として働き、空家になった家を見ながら思い出に浸るのが日課だ。そんな彼女が、ある日、廃ビルで不思議な女子高生と、鎖につながれた外国人と出会う。
パワーは感じるが、独り善がりが目立つ。人の不幸は、他人から見ればブラックユーモアということなのか。セリフを少なくし、映像で説明しようという気持ちは分かるが、作り手のイメージだけが先走った映像が多いと、逆に観客は戸惑う。良く言えば即興的だが、悪く言えば行き当たりばったりな映画という印象を持たされた。
『バンドゥピ』監督:シン・ドンイル 主演:マブブ・アロム、ペク・ジンヒ
いつも不機嫌な女子高校生ミンは、バスの中で拾った財布を持ち逃げしようとしたことで、財布の持ち主でバングラデシュから出稼ぎに来たカリムと知り合う。やがて2人は互いに恋心を抱くようになるが、ミンはカリムを通して出稼ぎ労働者の過酷な現実を知ることになる。バングラデシュからの移民労働者と多感な女子高生との恋、友情がドキュメンタリー的な要素も含みながら描かれる。原題はベンガル語で“真の友達”という意味とのこと。
劇映画になり切っていない前2作を見た後だけに、この映画はちゃんと映画になっていると感じさせられ、安心して見ることができた。主役の2人がとてもいい。特にこれがデビュー作だというペク・ジンヒが多感な乙女心を表現して秀逸。ワンパターンの悲恋ものだけでなく、韓国の現実を知らせてくれるようなこうした映画こそもっと見てみたい。ただ、卒業製作や自主製作のものと、こうした興行を意識した映画を同列に並べて比べるのは酷だと思った。
2日目はさらに2本。
『ベオグラード1999』監督:金子遊 ドキュメンタリー
全共闘ジュニアの監督が、新右翼「一水会」の木村三浩に接近し、その活動のドキュメンタリーを撮り始める。監督は、新左翼的な信条とナショナリズムの間で揺れながら、徐々に街頭抗議を続ける木村の存在に引かれていく。
戦争、内戦という重い題材と、自殺した彼女に対する個人的な思いを交差させたことで、テーマがぶれてしまった感がある。また木村三浩という人物の魅力に引っ張られ過ぎてしまったのも残念。ただし、ユーゴスラビアの様子や街頭演説、デモの映像は刺激的だった。
『ナーダムを探して』監督:宝力徳 主演:周倜
インターネット中毒の14歳の少年ザオは、ある日、治療のために無理矢理、内モンゴルの大草原に送られてしまう。パソコンどころか、電気すらないパオ(移動テント)で1週間を過ごすことになったザオは、パオの主人の娘キキゲをモンゴルの年に一度のお祭りであるナーダムに連れて行くという名目で脱走を試みるが…。タイトルのナーダムとはモンゴルの祭りのこと。
監督デビュー作ということで、多少テンポの悪さがあるのは否めないが、全体的にハートウォーミングな味わいがあり、好印象を持った。広大な草原を舞台にした少年と少女のロードムービーとしても面白い。父子の和解劇としては類型的だが、素直な感じで描かれ、思わずホロリとさせられた。
審査
コンペティション部門は、以上、アジアの若手監督(40歳以下)の5作品が参加し、韓国の『バンドゥビ』が特別審査員賞と映検審査員賞をダブル受賞。東京国際映画祭チェアマン特別奨励賞は、日本の瀬田なつき監督の『彼方からの手紙』、市民審査賞は宝力徳監督(中国)の『ナーダムを探して』となった。
個人的には、完成度は『バンドゥビ』、好感度は『ナーダムを探して』、将来性では『彼方からの手紙』を推したので順当な審査結果となったが、実際に作り手たちの話を聞いてしまうと、単純に映画の完成度や好みだけでは計れなくなるところがあり、ちょっと困った。