硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  9

2013-07-17 07:49:51 | 日記
しばらく皆が沈黙していた。それぞれがそれぞれの西さんを回想していたのかもしれない。

「お父さんは・・・優しい人だったのね。」

「はい。私の言葉では言い尽くせないほどです。」

「怒られた事はなかったの?」

その問いかけに、記憶の底に埋もれていた出来事が蘇ってきた。

「あっ。そういえば。本当に一度だけ怒られたと言うか、厳しく諭された事があります。」

私の思い違いかもしれないけれど、その時、皆の顔が一瞬微笑んだ気がした。

「どんな事で諭されたの?」

「どんなに頑張っても仕事が上手くいかなくて、人間関係にもくたびれていたときに、死んでしまった方が楽だ。というような事を漏らした事があったんです。もちろん自殺しようという気はなくて、本当に軽い気持ちで言ったんです。そうしたら、とても厳しい顔をして、『そんな事は冗談でも言ってはダメだ。』と言われたんです。」

「お父さんらしいわね。」そう言う登志子さんの横に座っているお父さんも大きくうなずいた。

「それで、『君は死について真面目に向き合った事がありますか。理不尽な暴力によって人の命が失われた結果、何が残るか考えた事がありますか。』と、言われたんです。私・・・言葉を失ってしまって、すぐにごめんなさいって謝ったんです。だからそれ以来どんなに辛くても死にたいって言わない事に決めたんです。・・・おかげでちょっとだけ強くなりました。」

そう言って照れ笑いをすると皆も微笑んでいた。西さんのご親族は温かな人ばかりで良かったと思った。

「西は、クランケから絶大な信頼を得ていたからね。分かる気がするよ。」

「クランケ?」私がそう呟くと、お父さんは登志子さんの方を見た。登志子さんが静かにうなずくと、お父さんはその事について語り始めた。

「西は、元はドクターだったんだよ。アンティークショップは以前からやりたいと思っていたらしく、ドクターを早々にリタイアして始めたものなんだ。オペの技術も一流で手先が器用な人だったから楽器や家具、時計等の修理も難なくこなせたようだ。」

西さんが医者だったなんて初めて聞いた。そして、どんな先生だったのか知りたくなっていた。