硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  23

2013-07-31 07:53:00 | 日記
私の住まいは変わらずあの集合住宅だ。両親は私が就職した頃にすでに結婚していた姉が一戸建ての二世帯住宅を購入し、姉と旦那様の勧めでそちらに引っ越した。その際に私も職場の近くにアパートを借りて独り暮らしを始めるはずだったが、私はここがとても好きだったから両親からそのまま譲り受けた。

少し重い扉を開け、明かりのスイッチを入れると部屋が照らし出される。外に出かけた時、いつもこの瞬間がほっとする。
時計を見ると7時になろうとしていた。もうすぐ彼が帰ってくる。夕食の準備をしなければ・・・。 慌ててコートを脱いでハンガーに掛けた瞬間、さっきの出来事が脳裏によみがえってきた。

「そういえば、さっき天沢君にハグされたんだったっけ・・・。」なんだかドキドキしてきた。

「ダメダメ。しっかりしろ私。」

自分にそう言い聞かせて食事の支度を始めた。今日の予定は分かっていたから、昨日作っておいた彼の好きなカレーと、ツナサラダというシンプルなメニューだ。
食事の準備も終わり、一息つくと、彼が仕事から帰ってきた。

「ただいまぁ。」

「おかえりなさい。」

「お腹ぺこぺこ。おっ、今日はカレーだね。」

「うん。一日寝かしてあるから、更に美味しいと思います。そしてツナサラダです。」

「おおっ。好きなものばかりじゃん。雫さんありがとう。」

「どういたしまして。あっ、先にお風呂に入る?」

「う~ん。先にご飯かな。」

「じゃあ、用意するから着替えてきて。」

「おう。」

此処に私の日常がある。平凡でささやかだけれど幸せだ。もし、杉村君に出逢わなければ、取り戻せない過去を引きずってぐずぐずとした日々を送っていただろう。

「いただきます。」

「どうぞ。召し上がれ。」

「ふふふっ。美味いね。」

「へへへっ。本当に? ありがとう。」

むしゃむしゃと美味しそうにカレーをほおばる彼。すると突然、

「ところで、西さんのお葬式はどうだった。」

突然の問いに食べていたカレーが詰まりそうになった。何一つやましい事なんてないはずなのに動揺してしまった。