硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

耳をすませば。 彼と彼女のその後  19

2013-07-27 06:02:51 | 日記
司朗さんの物語はこれでお終いとなったが、おばさまは久しぶりの会話を楽しむかのようにご長男の久貢さんのお子さんやお孫さんの話などをされた。私はこの場が斎場である事を忘れるほどにおばさまの話を楽しみ、いつしかこの家族の一員になったような不思議な感じがしていた。

しばらくすると、係員さんの案内が入り、皆で炉の前に移動した。炉の前に立つとさっきまでの楽しさが嘘のように厳粛な趣になった。係員の手によって炉の扉が静かに開けられ骨と骨灰が引き出された。台上にはもう司朗さんはいなかった。そこにあるのは、かろうじて留められている骨格だけであった。

皆の手によってお箸で砕けた骨を足から順番に小さな白い壺に納められてゆく。あんな小さな壺にその身が返ってゆくのだ。人間だって自然の一部なのだから、どう足掻いた所でその身はいずれ朽ち果てる。世は定め無きこそいみじけれなのだ。

頭ではわかってるけれどそれがどうしても上手く受け入れられない。親族の人たちは私にも声を掛けてくれたけれど、私はなんだか怖くなって遠慮してしまった。

骨上げが終わると、喪主であるお父さんが親族の皆さんに挨拶をした。西さんは登志子さんの両手の小さな箱に納まっているけれど、皆の心の中で生き続けてゆくのだ。そして、他のために生きた司朗さんはきっと神の右の座に行く事が出来るだろうと思った。

3日後に追悼ミサが教会で行われるというので、私も参列させてもらってもよいか登志子さんに尋ねると、快い返事を頂けたので参列することに決めた。

葬儀は無事に終わり、私は天沢君の厚意に甘え最寄りの駅まで送ってもらうことにした。すると、

「雫さん。気をつけなさい。聖司はもう少年ではなくて、イタリアの伊達男だからね。」

登志子さんはそう言って笑った。

「ひどいな。その言い方!」

「あら。だって、こんなに可愛い娘さんをイタリアの伊達男がほっておくわけがないでしょう。」

「あのですねぇ。雫は可愛いけれど、僕はイタリヤの伊達男じゃないよ。」

「あら、そう。でも、イタリア娘を何人も泣かせたんでしょ。」

「え~っ。そんなデタラメな話。何処で聞いたのさぁ。」

天沢君も笑っていた。そんな二人のやり取りを見てなんて素敵な親子なんだろうかと思った。朗らかに微笑む登志子さんとお父さんは軽く会釈をし「気をつけてね。ではまた。」と、挨拶をされた。

「こちらこそ。今日は大変お世話になりました。ありがとうございます。」

私は深々とお辞儀をし、二人と別れた。すると、今度はおばさまと甥っ子さんがやってきて

「今日は本当にありがとう。あなたがいてくれたから司朗さんの話が沢山できたわ。私自身も思い出せた事があって有難かったわ。では、また会いましょう。」

そういって、ご挨拶をしてくれたから、

「私も西さんの話を沢山聞けて、とてもうれしかったです。しかも斎場にまで押しかけてきた事を赦してくださり、ありがとうございました。」

と、言ってまた深々とお辞儀をすると、おばさまが手を振りながら甥っ子さんと奥さまと一緒に帰って行った。